黄色い星の子供たち
薫と月ちゃんとの勉強会は、楽しいものの僕を悩ませ気分は落ち込ませる。しかし反比例して成績は上昇させた。
自分って、元々感情的な方ではないが、いつになく感情を揺さぶらせている。しかし、それは生活そのものに支障をきたす事もなく冷静さは残っているようだ。周りの状況や自分自身を妙に冷めた視線で観察している自分を感じる。というか僕という人間がバラバラの感情に分裂していくようだ。月ちゃんをどうしようもなく好きな僕、薫という友人を大切に思う僕、月ちゃんと薫の関係を暖かく見守ってやるべきだと思う僕、薫を排除して月ちゃんを独り占めしたいと思う僕、今の中途半端だけど平和な時間を維持したいと思う僕、現状を壊したいと思う僕。どれも素直な僕の気持ち。
二学期の期末試験の後、ホームルームでもらった紙を僕は眺めていた。性格診断の結果である。
二学期の期末の期間中に、学校は何故かエゴグラムという性格判断テストを生徒にさせる。 気分転換の意味と、自分をここで一旦見つめ直してみようといった意味があるようだ。
『あなたは、思いやりのある方ですか?』
『あなたは我が儘な人ですか』
『人を押しのけて、自分のやりたい事をしてしまう方ですか?』
こういった質問に『はい』『いいえ』『どちらともいえない』という答えを出す事で、人間の性格を五つの要素をどれ程もつかで診断する。批判的な親(CP-Critical Parent)、保護的な親(NP-Nurturing Parent)、大人度(A-Adult)、奔放な子供(FC-Free Child)、従順な子供(AC-Adapted Child)を数値化する。大人度はそのまんま理性的であるかどうか、CPは厳格で父親的な側面で、NPは寛容な母親的な側面、FCは子供らしい天真爛漫さを示し、ACは素直な従順な子供らしさを示す。一年の時の僕は、NPとACが高くグラフがNの形を示す、自分を抑える環境に過剰適用しようすとするタイプと診断された。イメージとして『我慢強い嫁』タイプと書かれ首を傾げたものだ。もっと自分に自信をもち積極的になれというアドバイスは成る程と、納得する。ただ注意されたのが、ACの高さが気になる所なので、もう少し自分の意見を持ち大らかに青春を楽しむようにとも言われた。
去年の結果を意識したからだろうか? このテストを受けているときはやや強気な選択枝を選んでしまった。強気というより『どちらとも言えない』という選択を減らしたというべきかもしれない。その甲斐か分からないが去年より緩いNができあがっただけである。基本的な性質は変わっていないらしいが、お人好しタイプに何故かお節介が加わったくらい。一番高いのは相変わらずAC。
その診断に、まあ納得しつつ、それを鞄にしまい、僕は溜息をつく。
「何、ノンビリしてるんだよ! 早くいくよ~」
薫はテストが終わった開放感からか、いつも以上の能天気な笑みを浮かべ近づいてくる。テストが終わった事で、また三人で映画を観に行く事にしたのだ。僕らは連れだって待ち合わせ場所である図書館に向かう。そろそろ寒くなってきたし、待ち時間も困らないという意味では図書館という場所は待ち合わせには向いている。
図書館に入ると、月ちゃんは入り口近くのソファーに腰掛け、本を読むというわけでもなくジッと手にした紙を見つめている。僕らの姿を見てその表情はパッと輝き笑顔に変わる。その笑顔を嬉しく思いながらも月ちゃんはどちらに向かって嬉しそうに笑っているんだろう? とも思う。
「おまたせ」
月ちゃんは僕の言葉に、ブンブン首を横にふる。
「何を、そんなに真剣な顔で見てるの? 今日のテスト?」
薫の言葉に、ヘラっと月ちゃんは笑う。
「私過去は振り返らない女なので、そんな無駄な事はしませんよ! 今日返却されたエゴグラムの結果を見ていました!」
薫は眼を細め面白そうに月ちゃんの手元をのぞき込む。こういう結果って人がのぞき込んでも良いものなんだろうか? 僕はそう思い、あえて近づかなかった。月ちゃんの結果を見て、薫がアレっという顔をする。そして何故か嬉しそうに笑う。
「凄い! 月ちゃん、僕と形まったく同じ!」
月ちゃんは、ビックリしたように薫を見上げる。僕も意外過ぎるその言葉に驚く。
だって、二人の性格が同じだなんて思った事がないから。つい、月ちゃんの手元を覗いてしまう。圧倒的にACが高く、次に強いのがFC、そしてCPとNPが同じくらいで次に高く、Aと続き、緩いカーブを描くつぶれたJのような形。素人的に見てバランスは悪くないとは思う。僕との違いは僕よりもAがやや低く、FCが高いという感じ。
「コレって、どういうタイプだったっけ?」
全部のパターンなんて覚えていないから、二人に思わず聞いてしまう。二人は顔を見合わせて困った顔をする。
「隠れ内向的な人みたいな……」
薫がボソっとつぶやくように言う。
僕はその言葉にキョトンとしてしまう。二人とも内向的というのと真逆なタイプである。陽気で無邪気で僕から見て羨ましくなるほど、自由に生きている。
『内向性が高いものの、周囲との摩擦を嫌う為に表面的にはニコニコしている。真面目で几帳面だが理屈ではなく直感で行動する事が多い。FCが高い為におおらかでのびのびしているように見られがちだけど、本音を抑えて行動している為にストレスを溜めやすい』
そんな感じの事が、グラフの下に書いてあった。その文章に妙に納得してしまう僕はいた。無邪気なようでいて、時折見せる月ちゃんの冷静な表情、このグラフを見てわかるように、子供らしさと親らしさの二面を持っている、でも時折理性がそれについていかない。でも、薫がこのタイプというのには、納得が出来なかった。
「月ちゃんらしいとは思うけど、薫も同じタイプなの?」
薫は僕の言葉に大げさに溜息をつく。
「分からないかな~ヒデには、この陽気に見せて中身が繊細な僕の事を。百合ちゃんは分かってくれるよね」
月ちゃんは、薫の言葉にクスクス笑いながら頷く。
「いいよ、お前なんて。心の友は百合ちゃんだけで」
月ちゃんがブっと笑う。
「ジャイアンですか!」
その言葉に僕も笑ってしまう。
「そういうお前はどうなんだよ」
薫が唇とつきだしてチラリとコチラを見る。月ちゃんも嬉しそうにコチラを見るので僕は仕方なく自分の診断結果を出し見せる。
「お人好しか~結構あってるな」
「でも、私らに比べてCPが低いだけで、性質としては近いといったら近いのかな? 人当たりはよいけれど色々我慢してる所がある。そして理屈よりも直感型とか」
「これを見ると、ヒデの母性的でいて、小言は言わないヤツという事だよね。コレならもう少し甘えても受け入れてくれるよ!」
二人はしげしげと僕の性格判断をみて好き勝手な感想を述べていく。
「でも、こうして性格を数値化するというのも面白いですよね。なんか星野先輩の事をより深く知れた感じで」
なんか心の中を晒されているようで落ち着かないきもちになる。月ちゃんの言葉に恥ずかしさはもう限界に達する。
「もう良いだろう! そろそろ行こう!」
顔が赤いのを感じながら、強引に用紙を取り戻し鞄に乱暴にしまい、僕は二人を促す。意外にも二人は素直に頷く僕に従った。薫はニヤニヤと、月ちゃんはニコニコと僕をみている。その視線も恥ずかしくて、三人は無言でその場を後にした。
図書館の建物を出ると月ちゃんは一旦立ち止まり眼をまん丸にして驚いたような顔をする。
「どうしたの?」
薫が不思議そうに月ちゃん問いかける。
「いや、銀杏がこんなに奇麗になっていた事に、今更気が付きました」
言われて景色を見ると、銀杏の葉が真っ黄色になっていて、しかもその葉が地面を埋め景色全体を黄色く染め上げていた。テスト期間で頭がいっぱいだった事と、最近は帰りも遅く暗かった事もあり、景色の些細な変化を僕は全く気が付いていなかった。
「確かに、凄いかも」
僕の言葉に、月ちゃんはニッコリ笑う。
「見て下さい、私達の通る道がゴールデンカーペットになっていて、黄金色に輝いていますよ。未来は明るい! って感じで素敵だと思いませんか?」
そのあまりにも無邪気な言葉につい笑ってしまう。月ちゃんの言葉ってなんでこんなにも気持ち良いのだろうか?こういう所がFCの高さからくる言葉なのかもしれない。
「じゃあ、ハリウッドセレブさながらに、笑顔で堂々と歩こうか」
月ちゃんは元気に頷く。
「……滑ってこけそうな道だけどね。しかも銀杏臭いし」
薫のボソっという言葉に、月ちゃんはガックリとした表情をする。
「薫さん、ここは乗ってくれないと、ねえ星野先輩! いいですよ! ゴールデンカーペットは二人で楽しみますから。薫さんだけ現実の臭い銀杏通りを歩いていたらいいですよ」
薫はブブっと笑う。
「どちらも一緒じゃん」
結局その時薫はどちらの道を思って歩いたのだろうか? 僕ら三人は真っ青な空の下、黄金色の道を通って駅へと向かった。この風景って僕の中では強烈なイメージとしていつまでも残る風景の一つ。
そんな最高の気分と一緒にこの風景は記憶に保存されている。
テストの終わった開放感もあり、この時は僕にしては珍しくポジティブで晴れやかな気持ちだった。
黄色い星の子供たち(La Rafle)
2010年 フランス・ドイツ・ハンガリー合作 125分
監督・脚本:ローズ・ボッシュ
キャスト:メラニー・ロラン
ジャン・レノ
ガド・エルマレ
ラファエル・アゴゲ