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アダプティッドチャイルドは荒野を目指す  作者: 白い黒猫
深まるごとに色移ろう秋
35/75

燃える秋

「そうだ、先輩!」

 なんとも微妙な空気になってしまい、二人の間に沈黙が落ちていた。それを壊したのは月ちゃんの声だった。

「ん? 何?」

 その言葉に僕は慌てるように答えてしまう。月ちゃんはチョット緊張したようにコチラを見ている。

「当番が終わった後に何か予定ありますか?」

 薫はたしか午後いっぱい、文化祭補助員の当番とかでふさがっているし、清水は入れ替わりで当番になる。なので一人でノンビリ文化祭を楽しもうかなとか思っていた。

「いや、無いけど……どうして?」

 月ちゃんは、ジッと僕を見上げるそして小さく深呼吸してから口をひらく。

「なら、一緒に回りませんか?」

 それって楽しいしチョット嬉しいかも。そう思っていたら返事が後れてしまった。それを否定と取られたのか月ちゃんは少し悲しそうな顔をする。

「あ、あの、薫さんからケーキセットチケット貰っていて、それ一緒にと思ったのですが」

 おずおずとそう続ける月ちゃんを安心させるように笑顔を返す。

「楽しそうだね、一緒色々みるか。それに月ちゃんの絵みてみたいし」

 僕の言葉に月ちゃんは笑顔になり元気に頷く。

 三十分ほどして、交代のメンバーもやってきた。清水がからかうような視線を投げてきたけれど、僕はあえて反応せずに手だけをふって月ちゃんと教室を飛び出した。お腹すいていたので、まずは野球部の屋台で焼き蕎麦を食べて、他愛ないこと話ながら美術部の展示コーナーに向かう。


 美術室が、やや離れた特別校舎あることから盛況とはいえない感じで入り辛いものがあったけど、月ちゃんが部員と仲良いこともあり、歓迎ムードで展示室に入る事ができた。

 展示物は漫画っぽいイラストの人から、見た事のある校内の風景の油絵までと結構ジャンルがバラバラだった。あまり興味があるわけでもないけれど、部員の視線もあり一枚一枚僕は見つめながら移動する。一番奥の壁にA全くらいのサイズの目立つ絵があった。どこかの公園を描いたもので抜けるような青い空が印象的な作品。何故だろうその絵を見た瞬間、それが月ちゃんの作品だと分かった。先生の作品を抜いて、この作品が一番この展示室の中で上手だったからとかいうのではなくて、日だまりの中の暖かい風景であるのに、突き抜けるように広がっている空の色の所為か何処か寂しさを感じる透明感のある空気が流れている。その感じがなんか月ちゃんぽかった。

「すごい!」

 もっと気の利いた事を言えれば良かったのだけど、そんな言葉しか出てこなかった。でもその絵の世界にどうしようもなく引き込まれるような錯覚を覚える。ただジッとその絵を見入ってしまった。

 しばらく馬鹿みたいに絵を見つめていた。そんな僕をジッとみていたであろう月ちゃんの視線に気が付きやっと絵から視線を外す。

「いや、思った以上にすごい絵だったから」

 僕の言葉に月ちゃんは恥ずかしそうに俯く。

「本当に、すごいよ! 思わず引き込まれたというか、感動したというか」

 こう言うときに、上手い言葉を言えない自分に嫌になる。月ちゃんは恐縮したようにイヤイヤと首を横にふる。

「あ、そろそろ、喫茶いきませんか! 薫さん待っているし」

 照れているのだろう、月ちゃんはそうやって、絵の側から僕を引き離すように腕をとり引っ張り、そしてそのまま美術部を出る。気が付けば腕を組んだような状態に、出た後に気が付き、二人で『あっ』と声を出し離れる。そのままなんとも照れくさい気持ちで、黙ったまま薫が参加している和風喫茶店へと移動した。


 意外と盛況みたいで、店員全員が和装で忙しそうにラウンジを動きまくっている。背が高い事もあり薫はすぐに見つかった。髪の毛を後ろになでつけて和服を着ている薫はなかなか格好よかった。向こうもコチラに気が付いたようで、ブンブンと手を振ってくる。

 薫自らが、僕らを席に案内してくれる。

「薫さん、着物姿が決まってる! 格好良い!」

 月ちゃんの言葉に薫はヘヘヘと、先程の営業スマイルとは異なった子供っぽい笑みで、チケットを受け取る。

「まあね、コスプレというのは少し楽しいかも! あっそうそう月ちゃん」

 月ちゃんは首を傾げ、薫を見上げる。

「さっき、月ちゃんのお母さんが迷っていたから美術室に案内しておいたよ! その時絵みたけど驚いたよ! あの絵の中に流れる空気感というの? 透明感あって気持ちいい世界最高だった! お母さん達も感動していたよ!」

 そうか、薫は月ちゃんのお母さんと顔見知りだったのを思い出した。それにしても薫って自分の感情を素直に言葉にするのが上手い。

 月ちゃんは赤い顔をして恥ずかしそうに顔をブルブルと横にふる。

「薫も見たんだ、本当にすごいよね! あの絵」

 何も答えられなくなっている月ちゃんの代わりに僕が答える。僕の言葉に薫はウンウンと頷く。

「だから、お母さんにも月ちゃんは才能あるから絶対そういった道進むべきだってすすめておいたよ」

 その言葉に月ちゃんはポカンと薫を見上げる。

「え?」

「もっと、絵を描くということに向かったほうがいいと思うよ! 折角の才能がもったいないよ」

 そう力説する薫に、月ちゃんは困ったような、照れたような顔で笑う。

「何か絵描いたら、僕に見せてよ! スッカリファンになっちゃったから! あっ、じゃあケーキセット二つね、すぐ持ってくるから」

 そう言いたい事だけ言って、薫は離れていった。僕は結局二人のやりとりに何の口を挟むことなくただ眺めていただけだった。月ちゃんはやや呆然とした様子で薫の背中を見つめている。薫は振り返って、そんな月ちゃんに明るい笑顔を返す。その笑顔をみて、月ちゃんがフッと笑う。

「鈴木先輩! こっち持ちきれなくて手伝ってくれませんか?」

 一緒に喫茶の仕事をしている女の子が、甘えたように薫に声をかけている。薫はニコリと頷き、彼女がもっているワゴンをパッととりそのままそれをもって去っていく。女の子からしてみたら、手伝って欲しいというよりそれをキッカケに会話をしたかっただけなのだろうが、さっさと目の前から居なくなった薫に悲しげな顔をしている。クラスでもそうだ、薫ってある程度心を許した相手以外には冷たくはないが、素っ気ない。


 しばらくして、コーヒーとロールケーキをニ個ずつお盆に載せた薫が笑顔で戻ってくる。

「チョット大きめに切っておいたから」

 薫は悪戯っぽく僕らに向かってニヤリと笑う。自由人の薫らしくてフっと吹き出す、

「お主も悪じゃのう」

 月ちゃんが、フフフと笑いながら薫にそうつぶやく。

「そういうお代官様のほうこそ」

 こういう掛け合いがこの二人は本当に上手い。僕らは三人でブブブと声を出して笑ってしまった。

「じゃ、お二人さん、ごゆっくりぃ~」

 薫は月ちゃんに、意味ありげに目配せをする。月ちゃんは、そんな薫に何やら「ん?」という顔をした後、可愛らしく睨みつける。何か僕には分からない視線だけの会話をしている。

 なんだろうか? この二人の仲の良さは。

『アイツって告白してきた子から、ちゃっかりタイプの子選んで付き合っているじゃん。あいつが付き合う子って、小柄でロングヘアーの子ばかりだろ?』

 昔、清水の言った言葉が頭の中で蘇る。僕の中で、なんとも嫌なモノが心の中からわき起こってくる。

「先輩? 食べましょうか!」

 なんかボーとしてしまっていたらしい、月ちゃんが声をかけてきた。僕は慌てて笑顔をつくり頷く。

「美味しいですね!」

 月ちゃんは、薫が大きめに切ったらしいロールケーキを一口食べて満足げに笑う。その笑顔に釣られるように僕も笑う。

 さっき感じた嫌な感情に僕は無理矢理でも遠くに追いやり、今目の前にいる月ちゃんに向き合う事にする。


燃える秋

1978年 日本 上映時間:137分

監督:小林正樹

キャスト:真野響子

北大路欣也

佐分利信

小川真由美

上條恒彦

三田佳子

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