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アダプティッドチャイルドは荒野を目指す  作者: 白い黒猫
深まるごとに色移ろう秋
32/75

おいしいコーヒーの真実

 映画研究部って、基本的に凡人の集まりである。運動部とは異なりエースがいるわけでもないし、また勝敗もなければ、成果といった考え方もない。しかも普段は好き勝手にしているだけ。文化祭への参加が部みんなで行う唯一のイベント。

 なので、この準備期間というのはなかなか面白いものである。

 こういうイベントの時に約立つのは、やはりなんだかの技能をもっている人で、全体を上手く纏めることのできる部長や、パソコンに精通している高橋や清水、イラストやデザイン感覚の優れている月ちゃんは特に役に立っていた。僕はそれなりに古い映画を観てきていただけに、知識面では協力も出来て、それぞれの部員がどの映画のレポートをするかを割り振るなどの調整的な仕事を引き受けていた。新旧二つの映画セットで二人の人間で担当し一つのレポートを書くという形で進めることになった。


 僕の担当は『三時十分、決断のとき』と『決断の三時十分』。清水が『こんな地味なのを観たがるのはお前らくらいだ!』 といって強引に僕と月ちゃんに割り当ててきたことで、二人で組むことになった。こちらの映画は西部劇で、ある平凡な牧場主の男がたまたま関わった窃盗団のボスを護送し三時十分にコンテンションの町から出発するユマ行きの電車に乗せないといけないという仕事を請け負うという物語なのだが、コレがなかなか渋いながらに面白い。また基本同じ設定でありながら、牧場主がそういう危険な仕事を引き受ける動機、ラストといった面で違いがあり、異なった味わいを残す。

「いや~どちらも面白かったですよね! また二つの映画の違いがハッキリしているだけに比較検討はしやすいですよね」 

 隣に座っている月ちゃんはニコニコと間近で笑っている。狭い部室の中で、それぞれコンビで別れて会話しているために、いつもより距離が近い。秘密の会話をしているわけではないのに、部屋の中でそれぞれが様々な会話をしているので、ついつい小さい声で顔を近づけて会話することになってしまう。

「でも、問題は何処をメインに論じるかですよね」「何をもって語るかですよね」

 同時に同じような事をいい、思わず二人でクスクス笑ってしまう。みんなの視線が集まり僕は、咳払いをして再び話し合いを再開することにする。

「月ちゃんは、どっちが好きだった?」

 その言葉にニカと笑う。

「当然、新昨の方!」

 同じ意見だったので僕は頷く。旧作は良い感じの世界を作り上げているのに比べ、新作はいろんな意味で熱くて魅せている。

「主演二人の、やりとり痺れますよね」

「だよね、ラッセルクロウのああいう悪の魅力もいいけど、クリスチャン・ベイルのあの奥に秘めた男気いいよね」

 月ちゃんも同じだったようで、深く頷く。

「真逆の人生を生きた男が、互いに関係を深めつつも馴れ合わないあの緊張感のある関係に私はもうドキドキです」

 息を感じるくらいの距離で可愛く話してくる月ちゃんに、僕は別の意味でドキドキしている。月ちゃんが無邪気に話しているだけに、キメが整っていて奇麗な肌なんだなとか、柔らかそうな唇だなとか考えてしまい、なんか申し訳ない疚しい気持ちになってしまう。他のメンバーはどうなんだろうかと、視線を部室にむける。女性の人数が圧倒的に少ないこともあり、男女ペアになっているのは四組だけだけど、どこも皆男性が先輩なこともあり、うまくリードして話をすすめているようだ。こんなに妙に意識しているのは僕だけなのだろうか? ふと強い視線を感じみてみると、井上の隣にいる北野が僕を睨むように見ていた。人からそんなに嫌悪のこもった視線で見られるなんて事がなかったので動揺する。僕はどう反応して良いのか分からず引き攣った笑顔を北野に返す。北野はプイと視線をそらし、井上との会話を再開させたようだ。

「星野先輩?」

 月ちゃんの声で、視線を戻す。僕が誤魔化すように笑うと月ちゃんはホッとしたような顔をする。

「いや、チョット喉渇かない?」

 その言葉に首をちょっと傾げてから、ニコっとする。

「じゃ、お茶いれてきます。何が飲みたいですか?」

 そう言って立ち上がる。なんか先輩風吹かせて飲み物を入れさせたような感じになってしまった。

「え、ゴメン」

 でも月ちゃんは嬉しそうに笑っている。

「私も同じで飲みたいと思っていたので」

「……なら、珈琲で」

 彼女もいつも飲んでいるのがソレだったので、インスタントだし一緒に作るのが一番楽かなと思ってそう答える。

「はい!」

 そして月ちゃんは、棚から僕のカップと月ちゃんのカップを取り出して、それぞれにインスタント珈琲をティースプーンすり切り四杯入れて、そこにクリープを一杯入れてお湯を注ぐ。僕が好きなチョット濃い目な珈琲にミルクを落とした味の珈琲がやってくる。僕はアレと思う、月ちゃんはいつもブラックで飲んでいたような気がしたから。

「ありがとう。 月ちゃん、今日はミルク入り?」

 月ちゃんはヘラっと笑う。

「今日はそんな気分なんです」

 フフフフと月ちゃんは、悪戯っぽく笑う。

「なんか、ミルクの入った珈琲って秋って感じだしね」

 二人で微笑みあって。二人で同じ味の珈琲を飲む、なんかそれが嬉しかった。たとえそれは、インスタント珈琲をティースプーン三杯、クリープを一杯いれ同じ分量のお湯を注げば誰でもこの味になるはずのものでも、僕にはその珈琲が特別な飲み物に思えた。

 また北野の鋭い視線を視野の片隅で感じる。でも何でだろうかこの珈琲を飲んでいる僕にはもうそんな視線に動じることもなかった。月ちゃんの煎れてくれた珈琲は暖かかったし、糖分なんか一切はいってないのに美味しくてなんか甘い。


おいしいコーヒーの真実 (Black Gold)

2006年 イギリス・アメリカ合作

キャスト:タデッセ・メスケラ

監督:マーク・フランシス、ニック・フランシス


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