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アダプティッドチャイルドは荒野を目指す  作者: 白い黒猫
深まるごとに色移ろう秋
30/75

月はどっちに出ている

 九月になったからといって、急に涼しくなるものでもなく暑くるしい日は相変わらず続いていた。何というか、夜になってもこんなに暑苦しいという部分では、関東って大変だなと思う。

 二学期になると部活をやっている人間にとって気になりだすのが文化祭の存在。学校から一応その分の予算をもらっていることもあり何かをしなければならない。

「まあ、ウチの部は、映画を二本上映して、簡単な展示物というのが今までやってきたことだけど、何か良いアイデアがないかみんなソロソロ考えておいてくれ」

 部長の言葉に皆、ウーンと眉をよよせるが何か良い意見が出てくるわけもない。

「ところでさ 月は?」

 考えるのに早くも飽きた北野が、永谷達に聞いてくる。一時間くらい文化祭の会議をしていたはずだけど、まだ部に来ないなんて珍しい。

「ん? 確か佐藤先生に美術室に呼ばれてたみたいだけど」

 永谷と小倉が首を傾げる。

「なんで、佐藤に?」

 佐藤先生というのは、地元ではチョットした画家であるらしい美術の先生。とはいえググっても何故か十二件くらいしか出てこないくらい社会的知名度は低く、いつもダボっとした冴えない格好をしている。進学校であるために、授業もみな息抜き程度に参加している所があり、この学校においてはかなり陰の薄い先生である。

「さあ~?」

 小倉も訳が分からないらしくそうぼんやりとした口調で答える。


 結局その日、月ちゃんは部活には来なかった。その為英語のノートが借りられなかった北野は、『明日の英語が~』帰りに叫んでいた。

『今日、どうしたの? 部室にこなかったけど……』

 帰りの電車で、月ちゃんあてのメールそこまで書いて、なんか若干責めているようにも感じて消す。

『今日、部活で文化祭についての話し合いがあったんだ。

といっても、意見が纏まらず各自、何か良い案を考えてくるという感じ。

月ちゃんも何か考えておいてね』

 無難な所で、そんな感じで送信する。

 返信を待ったけどその日は結局なく、次の日の朝に、何処がというわけではないけれど、いつもよりテンションの低いメールが帰ってきた。

『メールありがとうございます。

何処の部も文化祭に向かって頑張っているんですね。

何か頑張って考えます』


 いつものように、クラスメイトに挨拶をして教室にはいり自分の席につく。そのタイミングで清水が入ってくる。

「おっはよ~あれ、珍しいお前一人?」

 清水はキョロキョロと辺りを見渡す。確かに今日は珍しく薫がまだ来てない。昨日も元気だったし風邪をひいたというわけではないだろう。心配するような状況でもないので、いつものように清水と他愛ない会話を楽しむ。

 始業ベルが鳴るまであと一分というタイミングで薫は教室に入ってきて、ニカっとした笑顔で挨拶してくる。ホラ何も変わらない。

 いつものように、担任が入ってきて、いつものように普通に授業が始まり日常生活が繰り返される。そして昼休みになり、いつもの三人で顔をあわせてお昼を食べる。

「そういえば、薫今日朝、遅かったけれど寝過ごしたの? また勉強しすぎとかで」

 清水の言葉に『なんだ? ソレ』と薫は笑いながら顔を横にふる。

「じゃあ、どうして遅かったの?」

 薫はそう聞かれ、何故かチョット困った顔をする。そして僕の方の顔をチラっとみて、その後何故か清水の顔もみて黙り込む。

「なんだよ、その顔、隠し事か~」

 清水の言葉に薫は、大げさに溜息をつく。唇を突き出して何やら悩んでいるような表情をみせる。

「まあ、お前らも無関係ではないから、話しておくけど、月ちゃんと会ってたんだ」

 僕も清水もポカンと薫の顔をみる。

「いやね、昨日メールで月ちゃんがなんか悩んでいるぽかったから、話を聞いていてあげてて」

 その言葉を聞いて、驚きというには強すぎるショックを感じていた。

「ん? 何の悩み? 恋とか」

 薫は清水を何故か睨む。

「いや、月ちゃんさ、なんとかアートコンクールとかいうので賞とったらしくて」

「すげ~じゃん」

 ショックで何も言えずになっている僕に薫は、視線を向けてくる。

「ほら! ヒデ 夏休み月ちゃんアートスクールに通っていただろ? あの時書いたものをみんなで応募したらしい」

 月ちゃんが『キャンパスに筆で描くってなんか楽しい』とか言っているのを思い出した。パソコンでアレだけ絵が描けるのだから、普通の絵も上手なのは頷ける。

「アイツもなかなかやるなぁ~!」

 清水の言葉に、薫は頷く。

「それって、学生として学校名を書いて応募したから、学校の方に連絡がきたらしい。で、佐藤が月ちゃんの絵の才能に気付き、美術部にスカウトしてきているらしい」

「は?」「え!」

 清水と僕は同時に声をあげる。

「で、でも月ちゃんはもう映画研究会に入部しているよ!」

 僕は慌てて、薫にそう言う。清水も『だよな~もう遅いだろ』とつぶやく。そしてうちの学校は部のかけもちは許していない。

「そうなんだけどね~ほら、美術部って今かなり危ないだろ?」

 薫の言葉に僕と清水は首を傾げる。はっきりいって興味もなにもない美術部がどうなんだとかいうのがまったく分からない。

「部と同好会のギリギリラインを保っているというのかな、で、なんだかの受賞経験のある部員をいれて嵩増しして来年の部としての活動に繋げたいと思っているみたいだ」

 その変の事情はよく分かる。もともとウチの学校は部活が活発ではない。それだけに映画研究会も似たような状況である。今年大量に新入部員が増えたから助かったものの、そうでなかったら今ごろ同好会として細々と活動しなければならなかった。

「だからといって、余所の部の部員もっていくのは、駄目だろ! 月ちゃんだってウチの部で楽しんでいるんだし」

 清水の言葉に僕は同意する。しかし薫は何故か目をそらす。

「そうなんだけどね~。でも彼女夏休みに思いっきりキャンパスに絵を描くことにも、面白さを覚えてきたみたいで。それに映画同好会の方は抜けても部として存続するけれど、美術部の方はギリギリといいう事情もあるし……それで迷っているみたい」


 何だろう、この衝撃は。何処に僕が動揺しているのか分からない。学校において月ちゃんとの唯一の共有時間であった部での時間を奪われること? それともそれを自分には、まったく相談もしてくれず薫にしたこと? 

「あのさ、このこと二人に話したのは、月ちゃんにも他の部員にも黙っていて。だけどそういう事情があるから二人でなんとなく見守ってやってよ」

 薫はそう言葉で俺達に頭を下げる。

(なんで薫に月ちゃんの事でお願いされなければならないのだろうか?)

 心の中で何とも言えない不快感がわき上がる。でもそれを表面に極力出さないように耐える。

 そんな僕の気持ちなんて見えてないのだろう、薫は脳天気にみえる明るい笑顔を僕に向けてくる。

「あのさ、ヒデ。月ちゃんにとって、今の映画研究会で過ごす時間ってスッゴク大好きで大切な時間なんだよ。だからこそ迷っている。僕は月ちゃんが絵を真剣にするのって悪くないと思う。だから前が月ちゃんに一番いい路を示してあげてよ」

 薫が言わんとしている意味が分からなかった。それは月ちゃんに退部を勧めて、美術部への入部を促せって事? そんなの嫌だ! 生まれて初めてだった。ココまで友人に激しい怒りを感じたのは。

 でも僕は、何故か此方を気にして顔をのぞき込んでくる薫に難しい顔で黙り込んだまま、何も言葉を返せなかった。

「ま、コレばっかりは月ちゃんが決めることか、ちとウチの部としては痛いけど」

 清水の言葉にも僕は頷けなかった。


 放課後、月ちゃんは何もなかったかのように部に出席してきた。いつもの笑顔でいつもの調子で明るくみんなと話をしている。僕はそんな月ちゃんをぼんやりと見つめていた。月ちゃんはそんな僕にいつもと同じ笑顔を向けてきた。


月はどっちにでている

1993年 日本  95分

監督・脚本:崔洋一

キャスト:岸谷五朗

ルビー・モレノ

絵沢萠子

小木茂光

有園芳記

國村隼

遠藤憲一





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