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青い春

 僕が通っている、聖徳学園は都内でも有数の進学校であるけれど、カトリック精神に基づく教育理念が根底にあり、比較的育ちの良い家庭の生徒が多かった事もあり、校内の雰囲気は穏やかである。ドラマに出てくるような喧嘩が起こるわけでもなく、陰湿な虐めがあるわけでもなく、僕は平和な学園生活を送っていた。

 一応、より優秀な生徒が集められたとされる特進クラスにいる僕は、逆にこんなノンビリ平和で過ごしていいわけはない。もっとバリバリと勉学に励みより上を目指す為に頑張るべきなのだろう。岩手では、秀才で通っていた僕だけど、所詮田舎での事。ココにきてからはクラスでも中の中くらいの順位。でもこの低すぎ高すぎないこの位置が俺には心地よかった。

 祖母の薦めで、わざわざ東京の高校に進学したものの、僕には具体的な将来の目的はない。実家の旅館を継ぐ気はさらさらないし、もうしっかり一員となって働いている姉の方がよっぽど立派に旅館を切り盛りしていくだろう。夢もなければ目的もない僕は漠然と毎日を生きていくしかなかった。何のための勉強で、何のための学生生活なのか? そもそもこの時代にその意味を分かっている人ってどのくらいいるのだろうか? みな同じ色の制服に身を包み、いかにも青春を謳歌しているかのように振る舞う。つまらない訳ではないけれど、本当に心の底から楽しいかというとそうでもなく、心の中のモヤモヤを隠しつつ教室で何気ないふりして過ごしている。


 隣を見ると、薫は穏やかな笑顔で、クラスメイトに数学を教えている。

ドライなものの冷たいわけでもなく、人から頼まれたり頼られたりすると、無碍にはできない。そして今も丁寧に人に勉強を教えている。そこが、彼の良い所である。この高校を首席で入学し、それをキープし続けているというのは、どれほどの努力を陰でしているのだろうか? 未来をキッチリ見据えてそれに向かって真っ直ぐ歩むこの男には、自分のような漠然とした未来しか描けない事の不安なんてないのだろうな。

 僕の視線に気付いたのか、薫が『何?』という顔をしてくる。僕は慌てて首を振る。

 ようやく、解放され、ヤレヤレといった様子で薫が僕の所にやってくる。

「なに? お前も分からない所あるの?」

 僕は首を慌てて横にふる。

「いや、お前って、勉強の教え方が上手いなと感心していただけ」

 薫は思いっきり眉を顰める。俺の言葉に嫌気を感じているのではなく、コイツは褒めるとこんな顔をしてくる。コレが彼なりの照れの表情なのだろう。

「普通だろ? お前の方が、当たりも優しいし人にモノ教えるのって、向いている気がする」

「誰が聞いてくるんだよ。僕なんかに」

 その言葉に僕は苦笑するしかない。このクラスの人間で、分からないような問題に自分が答えられるかというと自信なんてまるでない。

「お前は、分かってないんじゃなくて、数学の問題なのに色々余計な事考えすぎるんだよ。馬鹿みたいに気をとられてさ、推理小説でもすぐにひっかけの方へといっちゃうタイプだろ?」


 余計な事か……。確かに僕の頭の中は、何が余計な事じゃないのか分からないくらい『余計な事』でいっぱいだ。 

 僕はムッとしたふりをする。そんな僕を見て薫が切れ上がった目を細め、ニヤっと笑う。

僕たちはいつもこんな感じで他愛ない会話をし、それを楽しんでいた。

 大人になって、こういった馬鹿な事、余計な物が、実は何よりも愛おしいものだったのだと気付く。この時の僕にそんな事分かるはずもなかった。大人になるというのは、抱えきれなくなったコレらを、次々そぎ落としてなくしていくものなのだ。

 そしてこの時の僕には何も見えてなかった、だから僕は自分に向けられる笑顔を、まんま受け取り、ただ無邪気にこの時代を楽しんでいた。


監督・脚本:豊田利晃

青い春

製作国:2001年日本

映画配給:ゼアリズエンタープライズ

キャスト:松田龍平

新井浩文

高岡蒼佑

大柴祐介

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