小さな贈りもの
ネイチャー系の作品というのは、壮大な風景の中で躍動感たっぷりに動いている姿はたまらなく爽快なものだ。それに音楽も心地良い。こういう作品は観るというより、より能動的に楽しむ物。それだけに眠くなるのも良く分かる。
僕は映画館の中で、僕の肩に凭れ心地よさそうに眠る薫をどうしたものかと悩んでいた。
今日は薫に映画のチケットがあると誘われて、珍しく二人だけで映画に来ていた。新聞屋さんで貰ったらしいその映画がコチラの作品だった。
薫は気ままなようで人一倍努力している。色々疲れているんだろうなと思い起こさないでそのままにしておいた。
しかし流石にその体勢だと、映画に集中できない。
チラリとみると薫の整った顔が間近にある。男同士なので流石にドキドキする事はないけれど、改めて見て、思った以上に整った顔や、まつげも長さに素直に感心していた。格好いいのに気取ってなくて、見た目と違って無邪気で可愛くて、一緒にいても楽しい。薫のように生まれてきたら、もっと自分にも自信も持てて楽しいんだろうなと思う。
映画が終わり、薫は大きく伸びをする。そしてコチラをみ見て照れを隠すようにヘラっと笑う。
「どうする? この後」
最近はずっと月ちゃんと薫の三人で映画いっていただけに、二人っきりで出かけるのも久しぶりである。そう聞く僕に、薫はニヤリと笑う。
「行きたい所あるから付き合って~」
別に行きたい所とかあったわけではないので、僕は頷く。何故か連れて行かれたのはファンシーな雑貨ショップ。どちらかというと女の子が喜びそうな感じで実際女性客しかない。ここに男二人で入るってチョット勇気がいるけれど、薫は鼻歌まじりで入っていく。そして楽しげに、棚にある可愛い小物を見つめていく。
「ねえねえ、ヒデ、コレ月ちゃんにいいと思わない?」
薫が笑いながら、可愛いヘアアクセサシーを振ってくる。
「え?」
薫は眉を潜めて、大げさに溜息をつく
「来週さ……月ちゃんの誕生日だろ?」
「あっ!」
僕は薫に言われて思わず声を出す。九月十二日だった。僕の誕生日と月と日を逆にした日。携帯を見つめ、ニコニコしていた月ちゃんの姿を思い出す。
「お前は何選ぶ?」
薫はニコニコ俺に笑いかけてくる。
「え?」
でも、そんなの僕があげたらオカシクないだろうか? 単なる先輩後輩の関係で。
「だって、お前誕生日を知っているんだろ? それで何もないって冷たくない?」
そういうものだろうか? こういう気遣いの出来るから、女性からモテるのかもしれない。
「え、じゃあ、一緒に」
僕の言葉に薫が思いっきり顔を顰める。
「もしかして、便乗しようとしている? お前」
なんでそこまで嫌そうな顔をするんだろうか? その方が自然な気がするのに。
「いや、そういう意味ではなくて、そのほうが」
薫は目を細めて、チロっとコチラを探るように見つめてくる。
「馬鹿か……。僕は個人的に月ちゃんにプレゼントしたいの! だから乗っかってくるな!」
この時は、何とも思わずに笑って流したこの言葉が、後々僕の心にずっと引っかかる事になるとはこのときは思いもしなかった。
そして、薫とアレでもない、コレでもないと二人で店を回り、薫は携帯できる月模様の入った趣味の良いミラーと櫛のセットを選んだようだ。
そして僕は……。女の子にプレゼントなんてした事がない。どういったモノが喜ばれるのだろうか? まったく分からない。馬鹿みたいに悩んでいる僕を急かすことなく薫は付き合ってくれた。
ショッピングモールを悩みながら、歩いていいたら、なんか視線を感じて立ち止まる。
それが、ぬいぐるみ屋さんの前にいた大きいテディーベアだと気が付く。
「ぬいぐるみも良いかもね~」
薫はもう決まってしまったこともあり、ただ無邪気にショッピングを楽しんでいるようで店に中に入って、適当に商品を見てニコニコしている。僕は何か良いものがないかとジックリとぬいぐるみを見ていく。意外にぬいぐるみって高いものだと知る。財布の中身を考えると、抱きしめられるくらい大きいものは無理で、片手で持てるサイズのものしか手が届きそうもない。いや、でもそんな大きいぬいぐるみをそもそも、プレゼントするほうがオカシイかもしれない。
そんな事考えていると、奥の棚の中断に、チョコンと首を傾げたウサギのぬいぐるみがあった。なんだろう、この雰囲気なんかカワイイ。僕はそれに引き寄せられるように手に取る。クリっとした黒く丸い目をしていて、耳だけが黒く垂れた耳の感じで、そこはかとなく月ちゃんっぽい。値段を見ると二千九百円。思ったよりも安い。
「カワイイね! それ」
薫も近づいてきてそのぬいぐるみをしげしげと見る。
「なんか、月ちゃんぽい?」
そして、首を傾げそういう事を言ってくる。
「やっぱ。薫もそう思った?」
薫は、ニヤリと笑う。
「いいんじゃない、コレカワイイし、月ちゃん絶対親近感わいて可愛がるよ」
薫のお墨付きももらえて、僕はソレを買うことにしてレジに持って行く。店員さんは、何故か僕をみてニコニコと笑いかけてくる。
「贈りものですか?」
その言葉に、今更のように照れながら頷く。
「ラッピングとリボンをコチラから選べますけど、どうされます?」
月ちゃんのイメージってどうなんだろう? 僕は少し考え、ブルーの包装紙に金のリボンでラッピングしてもらうことにした。
そして、なんとも可愛らしい紙バックに入ったプレゼントができあがる。思ったよりもラッピングすると大きくなるものらしい。買った後に、僕はコレを月ちゃんに手渡すことを考えるとなんかドキドキしてくる。喜んでもらえるのだろうか? 僕が急にプレゼントすることに月ちゃんは驚かないだろうか? いろんな事が心配になってくる。こうなると、薫のように小さくさりげなく渡せるサイズのモノにすれば良かったと後悔してくるけれど、このウサギはどうしても月ちゃんに会わせたかった。そんなドキドキを抱えたまま、休日は終わる。そして、僕は不自然な程揺らぎながら月曜日、火曜日と過ごし、月ちゃんの誕生日である水曜日となる。
どうやって渡そうか? 流石に部活の最中に渡すのはオカシイ。しかしクラスどころか学年も違う人間にさりげなく何かを渡すって難しい。学生鞄に例の包みを入れて、僕は通学途中にバッタリ月ちゃんに会わないかとキョロキョロと視線を走らせるけれど、そんなに映画みたいにタイミングよくいくわけはない。薫はどうやって渡すんだろうか? まさか、いきなり教室訊ねていって声かけて渡すなんて事は流石にしないだろう。
月ちゃんに偶然会うなんてこともなく教室に入ると、薫はもう来ていた。
「おっはよ~」
明るくいつものように薫は手をふってくる。いつも遅めにくる清水がまだ来ていないので、僕は挨拶してから薫に顔を近づける。
「ねえ、薫はどうやって月ちゃんにプレゼント渡すの?」
薫はポカンとした顔をする。
「あ、僕はもう渡しちゃった! さっき。ほら!僕は月ちゃんといつも電車一緒だから」
「……そうなんだ、僕はどうしようかな……」
僕はいろんな意味でその言葉に戸惑う。
「教室いって渡せば? あ、部活一緒なんだからその時、渡せばいいじゃん」
薫はあっさりとトンでもない事を言ってきた。僕は溜息をつく。
そして悶々としながら一日を過ごしていると、あっという間に放課後になる。もちろん、その間月ちゃんとバッタリ会うなんて事もないし、しかも教室移動の途中で会ったとしてもプレゼント持ち歩いているわけではないので渡せるわけもない。僕は異様に緊張しながら部室へと向かう。
「先輩、こんにちは!」
「おわ!」
いきなり後ろから声が聞こえ、僕は怪しい程大声で驚いてしまった。振り向くと月ちゃんが立っている。僕の反応に驚いたのか若干退いた顔をしている。
「あ、すいません、驚かせました?」
「か、考え事してたから。月ちゃんも今から?」
月ちゃんは、ニッコリと笑う。
「はい! 先輩もですよね? 一緒ですね」
いつもの笑顔に、僕もホッとして笑い返す。でも、此所で会うというのは良いチャンスであることを思い出す。
「そうだね……月ちゃん!」
妙に力んだ強めの口調に、月ちゃんは姿勢をチョット正す。
「はい!」
「あ、今日、誕生日だよね? おめでとう! ……それで、コレ……」
鞄からプレゼント出すのに引っかかりチョット手間取ってしまったけれど、月ちゃんに紙袋を渡す。月ちゃんは目をまん丸にしたまま、大人しくプレゼントを受け取る。しばらく、そのままフリーズしてしまった月ちゃんに、やはり不自然だったのかと焦りが生まれる。
「先輩。覚えてくれていたんですね。それにこんな素敵なモノまで……」
月ちゃんはプレゼントを胸元に引き寄せ抱きしめる。月ちゃんがチョット泣きそうな顔になっているのに、少し慌てる。
「あ、月ちゃん? あ、素敵ってそんなモノでも」
「嬉しいです! ありがとうございます」
月ちゃんは、クシャっとした表情をして、そのまま頭を下げる。泣いているというか、照れているような、すごく表現に困る表情だけど、月ちゃんの喜びの感情から出てきた笑顔なんだというのが何か分かった。喜んでもらえた事で、僕もなんだかホッとする。嬉しいやら、照れくさいやら、くすぐったいやらで、月ちゃん同様変な顔をして向かい合っていた。
この時、校内だけに運動部の人達が活動する声がして、周りには廊下を行き交う他の学生の会話や足音などしていた筈なのに、僕の眼は何故か月ちゃんとチョット暮れかかった色を帯びた校舎の空気しか感じられなかった。
この出来事でどこか舞い上がっているのか、その後の記憶がなんか曖昧だ。いつものように部活があり、そしてそこでも月ちゃんが誕生日だということで皆からいじられるといった出来事があったものの、どういう会話がそこで行われたかという事もあまり覚えていない。他の人と会話していて、ふと目があった瞬間に月ちゃんの目が細まりニコっと笑う表情。帰りに僕のプレゼントを大事そうに抱えて帰る様子、そんな事を断片的に感じながら僕は家へと帰り着く。
携帯を見ると、メールが二通入っていた。一通はチャンと渡せたか心配する薫のメールと、月ちゃんからだった。
『今日はありがとうございました!
先輩のプレゼント、嬉しかったです。
家に帰って開けてみたら、こんなに可愛らしいウサギさんが出てきて感動しました。
家宝として大切にします!
ありがとうございました!』
顔文字もついて、いつもよりもテンションの高い内容が、月ちゃんが本当にプレゼントに喜んでくれているのが分かり、僕は思わずニヤニヤしてしまった。
なんか添付がついているのに気が付き、開いてみると、月ちゃんのベッドだと思われる場所で、僕のウサギがチョコンと座っていて、「ありがとうございます~♪」という紙を持っている写真が展開される。こういう写真を送ってもらえた事、月ちゃんの部屋の様子がチョット分かる事と、僕があげたぬいぐるみが月ちゃんの部屋にいるという事になんかドキドキしてくる。
その日はその画像の入った携帯を手に、今日の月ちゃんとのやりとりを思い浮かべながら、そのまま幸せな気持ちのまま眠ってしまった。
薫に返事を出すのを忘れた事を次の日、学校ついて薫の顔を見て思い出したけど、何故かもう知っていてニヤニヤとした笑いを返された。薫の携帯を見ると、『プレゼントありがとうございました! コレで女を磨きますね!』という文章にあのウサギが薫のプレゼントの櫛をもって、鏡をのぞき込んでいる写真がついていた。
僕はその写真を見て、ついにやけてしまったようだ。
「分かっている? デレデレした 気持ち悪い顔しているよ!」
薫にそう言われてしまった。僕は慌てて顔を引き締める。
小さな贈りもの(LARGER THAN LIFE)
1996年 アメリカ映画
監督:ハワード・フランクリン
脚本:ロイ・ブラント・Jr.
キャスト:ビル・マーレイ
ジャニーン・ガラファロ
マシュー・マコノヒー
リンダ・フィオレンティーノ
パット・ヒングル