夏の終止符
岩手での夏休みは、観光地の商売人の子供が多かった為、僕もそうだったが家の仕事手伝わされる事が当たり前で、夏休み遊びに来る人は眺めても、自分が遊んで楽しむ物ではかった。
去年は一時帰郷したので慌ただしい夏休みだったが、今年は人生で初の自由な夏休みとなった。
毎週のように映画だ、イベントだと連れ立って出掛け、薫の家や清水の家と行き来して遊んで友情を深め、充実もしていて、僕がそれまでの人生で一番楽しいと思った夏休み。
僕がいつになく、はしゃぎ、のぼせるように浮ついていたのは夏の暑さの所為だけでないだろう。僕はこの夏、恋に気が付き戸惑い、浮かれ、軽い躁状態だったのだろう。
そして新学期が始まり、再び日常生活が戻ってきたとき少し僕は冷静になる。そして日常生活においての月ちゃんとの距離感に悩むことになる。部活があるので毎日会えるのは嬉しい。でも、三人とか四人だけで会っている時とは異なり、学校という集団の中だと、夏休みのままの距離感で接していると気恥ずかしいものが何故かある。
「星野先輩~!」
廊下で月ちゃんの元気な声がして、見てみると、五メートルくらい先で月ちゃんが嬉しそうに無邪気に手を振っていた。なんか嬉しくて僕も手を振り返す。それを見て、清水がニヤニヤ笑う。
「俺もいたんだけどね」
清水にそう話しかけられて、月ちゃんはポカンとする。
「え! 分っていますよ。だからお二人に手を振ったんじゃないですか」
月ちゃんはヘラりという笑顔に清水は苦笑する。
「『清水先輩~♪』って言葉は俺にはないんだ」
月ちゃんは、『あ』という顔をして困ったように笑う。
「だって、先輩そういう感じで名前呼ばれるの。いやじゃないですか?」
清水は『ん~』といいながらも意地の悪い笑みを浮かべている。
「まあ、そういう事にしておくか、じゃあ放課後な」
そう言って俺たちは別れ、それぞれの目的地に向かって歩き出す。
月ちゃんとの接し方を悩むようになったのは、こういった清水のからかいの言葉の所為であることが大きい。
部室でも、部活の映画サイトの記事が、夏休み一緒に見ただけあり月ちゃんと被りまくるというか殆ど同じ映画。さらには内容もかなり近い意見を述べていることが多かったようで、清水がその事をわざわざみんなの前で指摘する。しかも、一緒にディズニーランドに言った事もみんなにばらしてしまう始末だ。
「もしかして、二人は付き合ってるの?」
という山本さんの言葉に
「違います!」「違いますって」
と同時にハモって答えたから、さらにみんなから大爆笑される。正確に言うと北野以外はだが。
隣を見ると月ちゃんは顔を真っ赤にしてコチラを見ている。湯気をたてそうなほど、本当に赤くなっているその顔を僕は可愛いと思ってしまった。口の悪いヤツなら「茹でタコみたい」と言って笑うような、そんな顔でも、僕にはたまらなく可愛くみえた。
月ちゃんはいわゆる美人ではないし、どちらかというと地味なタイプである。にもかかわらず、どうしょうもなく可愛いく見えてしまうのは、彼女だからなのか? 僕が彼女を好きだからなのか?
「お二人さん~部室で見つめあって二人の世界作らないで~」
しばらく、無意味に二人で顔を見合わせていたようだ。
「作ってません」「作ってません」
またハモってしまい、部室が沸く。僕と月ちゃんはヤレヤレという気持ちで同時に『フー』とため息をつく。その状況は流石に僕らも面白くて二人で顔を見合わせて思わず笑ってしまった。飽きっぽい高校生の話題なんてコロコロかわっていく、気が付くとそれぞれの夏休みの話になっていた。みんなの注意が僕たちからそれたことでホッとする。僕はそっと隣の月ちゃんの方に視線をやる。すると月ちゃんもコチラをチラっと見つめてきていて、一瞬ドキっとする。
「あのさ」「あの」
同時に声をだしてしまい、僕はとりあえず彼女に言葉を譲る。
「先輩すいません、なんか、私の所為でこんな風にからかわれて」
彼女は僕が言おうとした言葉と同じ意味の言葉を言ってきて、僕は笑って首を横にふる。
「いや、コチラこそゴメン、僕なんかと、こんな風に言われて」
その言葉に月ちゃんは、ブルブルと首を横にふる。
「それは私の方が言いたい事で」
なんか、二人で笑ってしまった。
「ま、人の噂もなんとやらというから」
「ですね、それまでは、私達も一緒に楽しんでしまいますか」
彼女が僕と、付き合っていると勘違いされることを、恥ずかしがっていても嫌悪しているのではないのがその言葉で分かり僕はホッとする。僕がもっとイケメンか、調子の良い男ならば『なら、本当に付き合ってみる?』とかも言えたかもしれない。でも、この時の僕に出来たのは、こうして良い先輩であることを演じ、この長閑な時間を楽しむ事だけだった。
夏の終止符(Kak ya Provyol Etim Letom)
124分 2010年 ロシア
監督:アレクセイ・ポポグレブスキー
脚本:アレクセイ・ポポグレブスキー
キャスト:グリゴリー・ドブリギン
セルゲイ・プスケパリス