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友だちのいる孤独

 『明日、君がいない』この映画は、素晴らしい映画ではあるものの、高校生である自分が観ていてかなり辛いものがあった。映画の上映が終わった映画館で、僕らはそれぞれ言葉をなくし放心していた。

 ある日の二時三十七分に舞台となる高校において、一人の学生が自殺する。冒頭で誰かが自殺をはかり亡くなったのは分かるものの、それが誰だか分からない状態で時間は遡る。

 監督が若い事と、自身の実体験を元に作られていることもあって、高校生の姿が酷く生々しい。普通学園ドラマ映画というと、アイコン化された登場人物が出てきて、それがいかにもといった行動をしていく。しかしこの映画は一見、優等生、ラグビー部の人気者、チアをしている花形ギャルとお決まりの人物に見えて、良い子とか、悪ガキとか、落ちこぼれとかそういった一つの言葉で表す事が出来ない、多様な面をそれぞれがもっている。共通しているのは、皆自分の事で精一杯で視野が狭く、それぞれが悩みを抱え複雑な感情というのを秘めている。無邪気に人の事傷つけるくせに、自分は傷つきやすく脆く繊細。誰もが一見普通に日常生活を送っているものの、片思い、同性愛である自分、将来への不安、妊娠と、誰が自殺してもオカシクないと思わせる何かを心に抱えている。嫌な緊迫感のまま物語は二時三十七分へと向かって進んでいく。そしてラストある人物がその部屋に入っていき、嗚咽しながら手首を切り死んでいく様子を、観客はただ呆然と見つめるしかない。


 明かりのついた劇場で、僕はどうしたものかと両端にいる二人の様子を伺う。

 薫は、顔をしかめ口に手をやりジッ何も映し出してないスクリーンを見つめている。左の月ちゃんは肩を奮わせ下を向いている。彼女は声を押し殺して泣いていた。泣いている女の子にどう接したらいいのか、戸惑う。

「月ちゃん、大丈夫?」

 そっと声をかけると。月ちゃんは涙をハンカチで拭いてから、顔をあげヘラっと笑う。

「大丈夫です、私単純だから影響受けやすくて、映画みて直ぐ笑うし泣いてしまうし」

 真っ赤な目が、コチラを見上げてくる。僕は彼女の泣きはらした瞳に動揺する。小さい子供をあやすように、笑顔をつくり彼女に返す。

「いやいや、コレは僕もちょっとキツかった、仕方が無いよ」

「だね~。でも月ちゃんが羨ましい。泣けるって。僕がココで泣いたらヒデも月ちゃんも退くだけだし」

 薫も僕越しで月ちゃんをみて、悪戯っぽくそんな言葉を言ってくる。思わずその言葉に二人で笑ってしまう。

「いえいえ、薫先輩って感受性の豊かな人なんだなと、私も先輩も薫さんの事ますます好きになりますよ」

 月ちゃんの言葉に、薫がチラっと僕をみて、「ホントにそうか?」と聞いてくる。退くことはないかな? と思い頷く。

「まあ、そうかな」

 月ちゃんはやはり泣き顔でいるのが恥ずかしかったようで、顔洗ってくると化粧室へと走っていった。そんな後ろ姿を薫が見つめ溜息をつく。

「彼女はこの映画の誰に感情移入したんだろうね。この作品、凄い映画だと思うけど、今の僕らが見るにはチョット早かった感じだよね」

 薫が唇を突き出すような顔でそんな事を僕に言ってきた。

 ある意味、タイムリーで高校生をしているだけに、登場人物の気持ちが良く理解できる。そこは良いのだが、それだけに彼らの悩みが生々しく観えてしまう僕らの心に突き刺さってくるのだ。

 そして、自分達のすぐ近くに、簡単に手にはいる自殺という逃げ道があることを意識させてしまう所があった。その事実がチョット怖い。

「確かに、もう少し大人になって、あの頃はこんなんだったねと言えるくらいの時代に、観るべき映画だったね」

 僕は頷く。月ちゃんも戻ってきて、ファミレスでお茶をすることにした。映画を見た後であるに関わらず、映画についての話は一切しなかった。三人はこの映画の物語を避けるように脳天気な話題ばかりを楽しみ、はしゃいでいた。

 この時、この映画の話を通してもっと深く話し合っていたら、三人の関係ってもっと違ったものになっていたんだろうか? と僕は後になって良く思うことがある。

 そしたら、薫をあんな形で失うこともなく、月ちゃんをあんな形で泣かせることもなかったのにと……。


 この映画を一緒に見て、その感情を共有した僕らの間には妙な絆が出来たように思う。このイベントをきっかけに三人で出かけることが多くなった。三人で思いっきり遊び、笑い、じゃれ合って、無邪気に青春の一ページというべき時間を過ごすことになった。


 ※   ※   ※ 


『群の中で、孤独に苛まれる動物って、人間くらいなのだろう。この作品の中では登場人物の誰もが、世界から孤立している自分に苦しんでいる。』

 

 後日、彼女が書いた映画の感想は、冷静な文章でありながら映画の空気そのままの衝撃を与えるものだった。言葉の後ろに月ちゃんの心の叫びを感じたのは僕だけなのだろうか?

 感情をストレートな言葉に示さず述べてくる、月ちゃんの映画に対する感想やつぶやき。でもその中に彼女自身の心がストレートに表現されているという事が段々分かってきた。

『群の中で、孤独に苛まれる』

『欠けている自分を受けいれて、一人で生きて行くしかない』

 脳天気な笑顔を浮かべながら、彼女は寂しさに震えていた。彼女だけではなく、僕も、薫もみんなどうしようもない廓寥とした心を抱えてこの時代を生きていた。

 仲良く大好きな友達がいて、笑い合いながら、幸福を手にできない人間って、なんて複雑な生き物なのだろうか? 

 大人という年齢になって、僕は孤独から脱せられたとは思わないけれど、その状況に慣れて前ほど寂しいと思わなくなっていく。どんな状況も慢性化していくと、人間は意外と順応できるものならしい。


『物語の中にある映画館』にて解説あり

明日、君がいない

http://ncode.syosetu.com/n5267p/


友だちのいる孤独

1991年 日本 63分

監督・脚本:稲木淳

キャスト:

田渕裕之、伊藤正、石橋森人、関口健


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