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夏のページ

 渋谷についたのは約束の時間の二十分程前だった。何処かに寄るには時間も少ない事もあり待ち合わせ場所に向かう事にする。待ち合わせ場所は流石にハチ公前だとベタ過ぎるし、人が多く逆に待ち合わせに不向きなスポットだということで、チョット外してモヤイ像前にした。

 僕はぶつかりそうな人混みを必死で避けるように歩いていく。それでも人にぶつかり移動距離のわりに思ったほどスムーズに進めない駅の構内に僕は人バテしてくる。


 渋谷は、最近はハリウッド映画においてロケ地となるだけあり、世界の人から見てアメージングでファンタスティックなシティーである。地方出身者の僕も慣れてきたものの、異様な街であることに変わりない。コレだけ多くの人間の行動の目的になりうる魅力がこの街にはあると言うことだろう。また何かのイベントがあるからではなく、それぞれの別の用事できていつもこの人混みと言う事が凄いと思う。


 モヤイ象の前についた時は十五分前だった。駅ホームから駅前にあるはずのコチラにくるだけの距離で五分もかかるとは、渋谷恐るべしである。

 流石にこんな早い時間だと、薫も月ちゃんも来てないだろう。僕は無事待ち合わせ場所に到着したことで一息つきホッとしながら、渋谷を行き交う人を眺める。

「あ、先輩!」

 すぐ隣で、いきなり声が聞こえギョッとしてみると、小柄の女の子が嬉しそうに僕を見ている。

その子はパッと見ショートヘアーに見えるけど、髪の毛を三つ編などで纏めアップにしているようだ。チョッピリ日に焼けた肌がナチュラルな花柄のハイウェストのワンピースによく似合っている。

「え! 月ちゃん? ビックリした、早いんだね」

 勿論、その子は月ちゃんなのだけど、なんでだろう私服の所為かいつもとちょっと雰囲気が変わってみえる。下ろしている長い髪をアップにしているからだろうか? なんというか女の子っぽくてちょっとドキドキしてしまう。

「先輩こそ! もう来られていたとは思いませんでした」

 月ちゃんは、目を細めニコニコ笑っている。

「あ、僕、なんかいつも早めに来てしまうんだよね」

 笑顔とか話し方はいつもの月ちゃんなのだが、僕は何故か軽く動揺しながら月ちゃんと話している。アップにしていることで、妙に目が言ってしまう耳とか首筋、制服とちがってシンプルなラインの洋服の為いつも以上に月ちゃんの華奢な身体を感じてしまうワンピース。ノースリーブの袖から韌やかに伸びる腕とか、なんでだろうそんな色っぽい格好しているわけでもないのに、何処に目をやっていいのか悩んでしまう。

「分かります! 私もいつも早めに来すぎて、困っちゃいます。今日もまだ誰もいないだろうな? と思ってきたら先輩がいて嬉しかったです」

 視線が定まらない僕が、怪しいのだろうか? 月ちゃんは首を傾げて僕を見上げてくる。

「先輩どうかしたんですか? 何か私の格好変ですか?」

 ちょっと不安げな彼女の顔に、僕は慌てて首をふる。

「いやいや、月ちゃんの私服が珍しくて。そういう格好していると女の子なんだなと思って」

 月ちゃんは、眉を寄せる。

「……はい、女ですので」

 そういって、フーと溜息をつく。女の子に向かって、今更『女の子なんだ』って考えてみたら失礼な言葉だった。月ちゃんは、元々男まさりとかいう事もない。むしろ女の子らしい方であるが、僕が後輩という認識でしか見てなかっただけである。

「あれ? もう十一時なのに、薫まだ来ない……遅いな」

 謝るのもさらに失礼な気もするし『可愛いからドキドキした』なんてもっと言えない。気まずさもあり、話をそらせてしまう。

「そうですね~」

 月ちゃんの視線が、僕から反れ雑踏へと移動したことで、僕はちょっと一息をつく。横を向いたことで、月ちゃんのうなじもみえる。月ちゃんの細い首に、汗で後れが張り付いているのを、僕はそこから目をそ、そらせなくなる。心の奥底でズクリと何かが蠢くのを感じた。僕はその疼きに動揺する。

「アイツはいつも、遅れてくるのだよね」

 僕は疚しさに似た気まずい感情から月ちゃんを必死に見ないようにして同じように雑踏へと目をやり、会話を続ける。いつもはなんともない二人っきりという状態が、今日は何故か居心地が悪い。いつも時間通りにこない薫が、いつも以上に憎たらしく感じる。月ちゃんは、そんな事感じてもいないのだろう、無邪気な笑みで嬉しそうに僕を見上げ語りかけてくる。そのあどけない様子がますます僕をソワソワさせた。

 月ちゃんの事を今までにない程、意識しているのに、気もそぞろな返事を返せなくなる。そんな事をしていて五分、駅の方から薫が慌てる様子もなくやってくる。いつもは対して気にもとめない薫の姿だけど、月ちゃんを見るのを躊躇う状況だけにいつになく観察してしまう。細身のブラックジーンズに、ラフな感じのモノトーンの太めのボーダーのロングTシャツを着ている。よく見ると、ボーダーの上にややネコの大きなシルエットが付いていている。今日はまだそこまでファンシーでもないけど、薫はよくこういう可愛い柄のTシャツ着てくるが、そういったものを違和感なく着こなしてしまうのが彼の凄いところだと思う。面白みもなにもない無難なファストファッションの僕とは異なり、洋服はモノトーンでありながら、リュックや腕時計やスニーカーを赤でポイントをいれてくるところは、お洒落なんだなと思う。でも僕にはこういう格好はとても出来ない。

「おっはよ~二人とも早いね~」

 薫は近づいてきて遅刻してきた人物とはとても思えない、とんでもない第一声を発した。


夏のページ

1989年 日本 92分

監督:及川善弘

キャスト:飯泉征貴

近藤大基

松田正信

三浦浩一

佐野史郎

小林かおり

桜金造

上田耕一

宮城千賀子

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