月光の囁き
「結局人は、欠けている自分を受けいれて、一人で生きて行くしかないんですよね」
いつもニコニコしていて脳天気に見えていた後輩が漏らした意外な言葉に僕は少なからず驚いた。
今僕がいるのは聖徳高校の学食。友達とお昼を食べていたら、部活の後輩が友達と一緒に学食にやってきた。俺の姿を見つけ人懐っこい笑顔を浮かべ、ペコリと頭を下げる。学食が人でいっぱいで、四人で入ってきた後輩グループは、四つ空いている席が見つからなかったようだ。僕の席の隣が空いているのをみて僕に断ってから、一緒に来た友達には『こっちで食べるね! だからその席で食べて! うん、後でまた!』と手を振ってから隣に座ってきた。『良いのかな?』とも思うけど、彼女も友達も笑顔だから大丈夫そうだ。
「星野先輩、昨晩お借りしたDVD見ましたよ! まさに、魂揺さぶられまくりでした。音楽がまた痺れますよね!」
後輩は友達に気をつかって三つしかない席を譲ったというのもあるようだが、それよりも放課後のクラブの時間まで待ち切れなかったみたいだ。僕が貸した映画について感動で目を輝かしながら熱く語りだす。
自分が薦めた映画をえらく気に入ってくれたようだ。小柄でキョトンとした目をクリクリとさせ語るその様子がハムスターとか兎とかいった小動物みたいで、何とも可愛い。僕の前で一緒にお昼食べていた友人も楽しそうに彼女を見ている。
貸した映画は『ヘドウィック・アンド・アングリーインチ』という映画。東ドイツ出身のドラッグ・クイーンが自分の魂のもう半分とも言うべき相手を求めてさ迷うというロックミュージカル映画。極彩色に彩られた衣装に身を包み、観客に向かって愛、魂の孤独を叫び歌い上げるこの映画、面白いけどかなり薦める人を選ぶ作品である。
性転換手術に失敗し中途半端な性を持つド派手な衣装に身を包む主人公に、そんな彼女にかしずくように付き従う男装のバンド仲間、という感じでパッと見た感じアブノーマルな登場人物ばかりな感じなので、人によってはひく。実際隣にいる友人に物語を話し、薦めたけど、眉を顰め苦笑してDVD借りるのをやんわりと断ってきた。しかし後輩はいたく気に入ったようで目を眩しいくらいキラキラさせて、熱く感動を語っている。
後輩は主人公であるヘドウィックに感情移入し、ヒロインが抱える孤独と渇きに深く共感しているようだ。どちらかと言うと、いつも人に囲まれ笑っているイメージの後輩が、ここまでヘドウィックという人物に惹かれるのが意外だった。真っ直ぐな黒い長い髪でどちらかというと地味な顔立ちで真面目な彼女と、華やかな衣装に身を包む寂しがり屋な癖に意地っ張りで我が儘なヘドウィックというヒロインは真逆な人間に思える。
そして、一頻り語ったあと、大きく溜め息をつき、先程の言葉を漏らしたのだ。
「ん?」
つい僕は間抜けな声上げる。
「あのラストの素直な感想なのですが、星野先輩は違う解釈しました?」
抽象的なラスト、ヘドウィックが運命の相手と定めたトミー・ノーシスと融合したと取るのか、現実を受け入れありのままの自分で生きて行くと取るのか難しい所があるけど、俺も彼女と同じ解釈をした。ただ驚いたのは、背も低く中学生と言っても充分通るような幼い感じの後輩が、ビックリするくらい大人びた目でそんな事を言ってきたからだ。
「いや、僕もそう思ったけど、月見さんの口からそんな言葉が出るのが意外だったから」
「意外……ですか?」
キョトンとした顔で、首を傾け僕を見上げてくる。この子って、本当に真っ直ぐ人の目をみて話してくる子だ。チョットそういう所にドキドキしてしまう。
「もっと無邪気に難しい事考えずに、映画を観るタイプかと」
「無邪気に真剣に観てるだけです!」
真面目な口調で、何故か威張るように胸をはった。いつもの惚けた後輩の雰囲気にホッとする。
「こないだ、ヒデが言ってた映画ってコレ? 何かこの子の話聞いていると面白そうに感じてきた! 次貸してよ、いいよな?」
僕達の会話を楽しそうに聞いていた友人が、珍しくこういった話題に参加してきた。見た目の柔らかい感じとは異なり、彼は意外と気むずかしい所がある。必要以上他人との接触をあまり好まない。
夢中になって、僕に語っていた為に、友人の存在を忘れていた後輩は、ビックリしたような顔で友人を見るが、ニッコリと笑い『最高ですよ、この映画!』と言葉を返す。
「自己紹介してなかったね、僕は鈴木薫! 月見さんだっけ? 宜しく」
薫がアイドルっぽい笑みを浮かべ、後輩へと向ける。別に薫は女たらしという訳ではないが、元々が端正な顔立ちをしている為に、笑うだけで女性受けのする芸能人なみの魅力ある表情になるのが羨ましいところである。いや、アイドル並の顔をした彼の場合、ただ無表情で立っているだけでも格好いいと言われるのだろうな。ハリウッド映画に出てくる、眼鏡かけた細身で小柄という典型的な日本人という風貌の僕とはエライ違いだ。
「月見里百合子です! 宜しくおねがいします」
珍しい事もあるものだ、薫が自分から名乗るなんて……しかも、あんなに僕に薦められても拒絶したくせに、こんなに観たがるとは……複雑な気持ちである。
「あ、ごめん、名前間違っていたね! ヒデがそう呼んでいたから、つい」
「私の名前、親密度が高い程短縮されるみたいなので、短縮大歓迎です」
ニコニコっとなんとも穏やかに笑いあう二人。薫は目を細めて本当に楽しそうだ。何でだろうか、どちらかというとドライで冷めている薫と、陽気でお人好しな月見里百合子が、この時、良く似て見えた。
「月ちゃーん! 次体育だから、そろそろ行った方が良いよ」
友達から声がかかり、月見里百合子はそれに明るく応えてから、俺達に向き直る。
「では、お邪魔しました。そろそろ行きますね!」
ヘラっと笑って、頭をペコリと下げる。
「じゃ、月ちゃん、またね!」
友達につられてなのか、薫は最初からかなりの短縮系で月見里百合子に別れの挨拶をする。脳天気な笑顔を薫と俺に返し、月見里百合子は去っていった。
彼女の姿が見えなくなると、猫のような切れ上がった目を細めクククッと笑いだす。
「ヒデが言っていた、映画研究会の救世主という後輩って、あの子だろ?」
僕は、頷く。
そう、映画研究会は先月まで存続の危機を迎えていた。三月に三年生が卒業した事で部員五人になってしまい、新入生を最低でも一人以上確保出来なければ同好会に降格と言う状況。友人である薫にも幽霊で良いから入ってくれ! と頼み込んだ所思いっきり渋い顔をされ、『そういった人間関係ってなんか煩わしいから』と断られていた。
そんな時に、勧誘する前に部の扉をノックし入部を名乗りあげてくれたのが、月見里百合子であった。しかも彼女は良い意味で人を巻き込む事が上手い人物だったようだ。二日後にはクラスメイトの女の子二人を入部させ、一週間後、隣のクラスの友達とかいう男子学生を三人入部させ、映画研究会は一気に人数が増え盛り上がる事になる。しかも彼女が引き入れたメンバーは、無邪気で明るいだけでなく協調性もあり基本真面目なタイプで、先輩としてかなり扱いやすくて助かる後輩だった。
新入部員六人の打ち解けた仲良い様子から、てっきり同じ中学出身なのかと思ったが、皆違う中学で高校入ってから仲良くなったという。どうやら月見里百合子が起点で人間関係が作られたようだ。同じクラスなら兎も角、なんでクラス跨いで一ヶ月チョットでここまでの友情を築けるのか、俺には不思議でたまらない。それが月見里百合子という人間の持つパワーなのかもしれない。現に見た目とは異なり人見知りの激しい薫までが彼女に好意をもったようだ。本当に不思議な子である。
「面白い子、なんかお前に似ているね」
薫はニヤニヤと笑いながら、俺を見つめる。
この友人には、僕という人間がどういう人物に見えているのだろうか? 僕はあれほど脳天気でもないしパワフルでもない。彼女という人間は好きだけど、自分に近い物があるとは、その時は思ってもいなかった。俺は薫の言葉に、なんとも納得できないものを感じながら首を傾げた。
『物語の中にある映画館』にて解説あり
ヘドウィック・アンド・アングリーインチ
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月光の囁き
監督・脚本:塩田明彦
原作:喜国雅彦
キャスト:水橋研二、
つぐみ
草野康太
関野吉記
井上晴美
藤村ちか
相沢しの
真梨邑ケイ
しみず霧子