蒼い月
傾いた太陽が、学校の廊下を、真っ黒な長い影とハレーション気味な日だまり部分に塗り分けている。そんな廊下をロングヘアーの小柄な女の子が元気に歩いているのが見えた。チョット離れていたけれど、それが月ちゃんだと分かる。
月ちゃんの移動するにつれて、彼女の身体の上を窓枠の影が撫でていく。
「月ちゃんも今から部活?」
追いかけて声かけると、丁度日だまり部分で立ち止まった月ちゃんが振り返ってヘラっと笑う。
「はい! あっ星野先輩こんにちは! そうそう薫先輩から聞きました!」
僕はニコニコ笑う月ちゃんの顔を見ながら、『何故?』という言葉と『何を?』という言葉が頭に浮かぶ。
「『明日君がいない』、薫先輩もこられるんですね」
月ちゃんが、もうその事を知っている事にチョット驚いてしまう。薫は用事があるとかでサッサと帰ったはずだし、どのルートでその情報が彼女の元に届いたのだろうか?
「薫先輩からメール頂きました」
「あ、そうなんだ」
曖昧な返事を返していた僕に、月ちゃんは理由を聞かないうちに教えてくれた。
こっちの戸惑いには気が付いていないのか、月ちゃんはニコニコ笑っている。
「『三人で映画デートだね!』とか書いてくるんですよ。薫先輩面白いですよね。街でみかけたゆるキャラの写メを送って下さるんですが、ソレがまた最高で」
いつのまに、二人はメルアド交換していたのだろうか? そして気軽にメールしあう関係になっていたのが驚きだった。まあ毎日喋っていることもあり、薫のアドレス知っていてもそんなにメールを出し合ったりもしていない。それに月ちゃんのアドレスは今まで必要もなかったこともあり、僕は知らない。
「アイツは見掛けによらず、お茶目な所あるからね」
なんか引っ掛かるものを感じながら、僕は会話を続ける。
「そうですよね~。だからなのでしょうね。先輩だとか男性だとか気にせず緊張しないで普通に話せます」
「…………月ちゃんって、そんなに人と話すときに緊張するほうだっけ? 僕と話すときも、もしかして緊張していたの?」
思わず聞いてしまった僕の言葉に、月ちゃんは固まり、そして困った顔をした。
「……あ……いや、緊張というか。尊敬していますし、大好きですよ! あ……」
一瞬空いてしまった間を埋めるように、月ちゃんは慌てた様子で言葉を発して、目をそらしさらに慌てる。
その慌てっぷりから、彼女にとって自分が緊張してしまう相手だったという事を察してしまう。それなりに打ち解けていたと思っていたけど、薫のほうが彼女にとって近い存在だったようだ。
「ありがと」
僕は彼女を安心させるように、ニッコリ笑ってみせる。彼女は顔を赤くして下を向く。また、二人の間に気まずい沈黙が降りる。
「あ、待ち合わせの事とかもあるから、僕のアドレスも教えておこうか?」
何か酷く焦りを感じる。僕は彼女に薫のようにもっと近づきたいという欲求がわき起こり、そんな言葉を発していた。
「あ! はい!」
彼女は慌てた様子でポケットから携帯を取り出し、赤外線通信面を呼び出す。彼女の携帯に僕のアドレス情報が送信され、そして僕の携帯に彼女のアドレス情報が入ってきた。確認で彼女の情報を見ていると、誕生日、血液型などいった情報までちゃんと入力されている。妙に几帳面な彼女らしい。
「月ちゃん、誕生日九月十二日なんだ」
僕と同じように確認の為、画面を見つめていた月ちゃんはコチラを見て、嬉しそうに頷く。
「そうなんですよ。そういえば、先輩の誕生日は?」
興味津々といった様子の月ちゃんの目に、なんか照れくささを感じる。
「十二月九日だけど」
月ちゃんは驚いたように目を見開く。
「なんか、誕生日似ていますね」
ヘラっと心底嬉しそうな顔をする。誕生日、確かに数字は同じなものの、その日にちは三ヶ月程違う。コレは似ているというのだろうか?
携帯を弄くり、僕の情報に誕生日を加えているようだ。そんな情報彼女の何に役たつというのだろうか? と思うものの、その様子は可愛くて、思わず笑ってしまう。
先程チョット感じていた、引っ掛かりもなくなり、僕らはそのまま他愛ない話ながら部室に向かった。 いままでよりも彼女にチョット近づいたような気がすることが、僕には嬉しかった。
月ちゃんとの会話を楽しんでいた僕は、部室の前に見慣れぬ人影が立っているのに気が付いた。明るい茶色のウェーブのかかったロングヘアーの女の子で、背も高く可愛いけれど性格はチョットキツメで派手に感じる。ドアの前で入るべきかどうか悩んでいる様子で突っ立っている。その彼女が僕の視線に気が付いたのかコチラを見て、顔を何故か強張らす。ゆっくり身体ごとコチラに向けてくる身体が硬い動きをするのが分かった。
(え? 僕なんか、怖がらせるような事した?)
そう思い、月ちゃんに訊ねようとしたら、表情をなくし身体を強張らせている後輩の姿がそこにあった。
(月ちゃん? どうしたの?)
心でそう思ったものの、声をかけるのが躊躇われる様子だった。二人は互いに怯えたように見つめあっている。
「あ、あの、映画研究部に何か?」
妙に緊張した二人の様子に耐えきれず、見知らぬ女の子の方に声をかける。その子は初めて僕の存在に気が付いたような顔をして、心を落ち着かせるかのように小さく深呼吸した。その様子を月ちゃんは黙って呼吸をするも忘れているかのようにジッと見つめている。
「え、と、北野君がコチラにいると聞いて……」
「北野? ああ多分いると思うから呼んでくるね」
緊張したその女の子を安心させるように、なるべく優しい声で話しかける。
話している僕らの横を、月ちゃんはすっと通りすぎ、先に部室のドアを開ける。
「おぉぉお 月待ってたよ~! あのさ、今日寝ちまって生物のノート取りそこなってさ、だから写させて」
中から北野の元気な声がする。良かった北野はいるようだ。
「また~? まあいいけど、授業中寝過ぎでは?」
月ちゃんは、先程の僕らの会話聞いていたと思うのに。彼女の事に一切触れずに、北野と普通に会話をし始める。
「あ、北野、お前にお客様だよ」
僕は、二人の会話に割り込んで用件を伝える。
「え? あ、近藤? なんでココに?」
近藤と呼ばれた茶髪の女の子は、むくれたような顔でノートを突きだして北野をみる。
「今日、日直でしょ、アンタのサインもないと日誌提出できないの」
北野は『ああ』と納得したように頷き、脳天気に笑い。日誌を受け取る。近藤と呼ばれた女の子は極力視線を動かさないように北野とノートだけを見ている。月ちゃんはというと、ジッと近藤という女の子を睨み付けている。
「ワリイ、ワリイ」
北野はサインをしたノートを悪気もないような様子でサインだけして渡す。それをうけとった彼女は逃げるように部室から出て行った。
「今の北野のクラスメイト、うちの学校には珍しい、ギャルっぽくて渋谷が似合う感じの子だよね」
彼女が出て行った後、清水がそんな感想を言ってくる。確かに、のんびりした優等生タイプが多い学校にはあまりいない感じの女の子だった。流石に化粧とかしてなかったけど、明るい傷んだ髪の毛とか目立っていたように感じる。
「だからかな~アイツ、うちのクラスでも浮いているんだよな。なんか一人でポツンといることが多いし」
北野は頷きながら、そんな事言っていたが。今去った女の子より、月ちゃん事のほうが重要なようで、月ちゃんから差し出されたノートを嬉しそうに受け取っている。
「そうなんだ~」
月ちゃんは、北野の言葉に嬉しそうに笑っていた。いつもの明るい笑顔ではなく、その笑顔の暗いものを僕は感じる。
「月ちゃん、今の子と知り合い?」
聞いちゃマズイような気もしたけど、つい聞いてしまう。月ちゃんの顔から一瞬笑みが引く。しかし彼女はすぐにその顔はヘラっと一見脳天気に見える笑みへと変化させた。
「いえ、全然知らない子です」
明かにその表情も、言葉も嘘だと分かったけれど何も僕は言えなかった。クラスも違うようだし接点もまったくないであろう二人が何で、あんなただ事ならない様子になっているのだろうか?
しかも双方が互いに怯えていた。何か二人の間にあったというのは分かったものの、踏み込んじゃいけないような気がして僕はそのまま触れることは止めた。
蒼い月
MAD AT THE MOON
1992年 アメリカ
監督・脚本:マーティン・ドノバン
キャスト:メアリー・スチュアート・マスターソン
ハート・ボックナー
スティーブン・ブレイク
フィオヌラ・フラナガン