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迷子の大人たち

 期末テスト前ということで部活は休みになる。かといってまっすぐ帰る気にもなれず、薫と図書館で勉強する事にした。

 僕は日直の仕事を終わらせてから図書館へと少し遅れて向かう。テスト前、『暑い自宅よりも涼しい図書館』と同じ事を考える人が多いせいか、図書館にはかなり多くの学生が集まっていた。


 薫はどこかな? と探していると、左奥の柱の奥にある机のところに、見慣れた後姿を見つけ近づく。近づくとクスクスと声を抑えて笑う薫の声が聞こえる。なんで笑っているんだろう?

 柱の陰になっているところに、もう一つ小さい人影があるのが分った。その人物はコチラを見て嬉しそうに笑う。月ちゃんだった。薫もコチラに気が付き手をふる。

「あれ? 月ちゃん?」

「たまたま一緒になって、勉強教えてもらっていたんです」

 月ちゃんは小さい声で説明してくれた。

 僕は頷き、薫の前の席に座り、ノートを広げ勉強する事にする。

「じゃあ、次、コレ解いてみよう」

 薫が、月ちゃんの参考書を指差してそんな指示を出している。月ちゃんは「はい」と良い子の返事をして、問題に取り組みはじめる。必死で考えているのか眉間にしわがぎゅっとよっている。薫はそんな月ちゃんを嬉しそうに見つめてから自分のノートに向かう。なんかクラスメイトに教えている時とはちがって、薫は楽しそうだ。

 逆に月ちゃんは、しかめっ面でノートを見入っている。

「月ちゃん、大丈夫? 分からないの?」

 苦戦している感じの月ちゃんに小声で話しかけると、ハッと顔を挙げて、首をブルブルと横にふる。

「いえ、なんか今、うっすら答えが見えてきました。大丈夫です」

 真面目くさった口調で答え、またノートに向かい、なにやら数式を組み立てているようだ。薫はその様子をこっそり、伺いながらニヤニヤしている。

「出来ました!」

 月ちゃんの言葉に、薫が「どれどれ」とノートを覗き込む。

「あっいいかも、ん、でも、ここの式間違えているよ、だから……あれ? ゴメン、ノートかして」

 薫にしては珍しく、悩んだ様子で、月ちゃんの出した答えをジッとみつめ、そしてその下に式を新たに加えはじめる。最初から計算しなおしているようだ。

「ん? あれ? ……月ちゃんここの部分の。この数値どっから出してきたの?」

 月ちゃんは薫の手元を覗き込み、そして首をかしげる。

「え? ……なんとなく」

「なんとなくって……」

 僕も前に乗り出し、月ちゃんのノートを覗き込む。跳ねる様な文字の月ちゃんの式と、丁寧で整った薫が解いた式を比べてみる。薫の式をみて、なるほどと月ちゃんの解いた式をみて、あれ? と思う。途中式間違えているのに、答えがなぜか合っている。

「あれ? あってる?」

「いやいやいや、コレ、正解とはいえないでしょ。ココで謎の数字が出てきて答えが結果あっているだもの。ミステリーだよ」

 月ちゃんは、ノートを引き寄せ、二つの式をシゲシゲつめている。

「もしかして、月ちゃん、数学苦手?」

 僕の言葉に、心外な事いわれたという顔をする。月ちゃんは目を見開き、首をブルブルと横にふる。

「好きですよ! 中間も九十二点とれましたから。調子いいときは結構いけるんです」

「調子って……悪いときは?」

 薫の質問に対して、月ちゃんは、ヘラっと笑う。笑ってごまかすということは、言いにくい点数なんだろう。

 思わず薫と僕は笑ってしまう。おかげで周りの人から、ジロリと睨まれてしまった。


 二人で教えて、月ちゃんは数学を好きなのは分った。でも理屈でなくフィーリングで数学と付き合っている。今まで七割実力で、三割は動物的勘で挑んでいたようだ。その勘が結構馬鹿に出来ないところが、この子の不思議なところである。採点する先生をかなり悩ませる答えを書いてくる生徒に違いない。


 閉門の時間まで三人で勉強して、一緒に駅まで向かう。家の方向が逆なために、僕は一人ホームに入ってきた電車に飛び乗った。反対側のホームで仲良く並んでコチラに手をふる二人の姿を見て僕は、またモヤモヤした気持ちになる。そして二人の姿が見えなくなるまで見つめ続けた。


 家に帰ると、珍しく玄関に祖母が出てこない。いつもなら祖母は僕を嬉しそうに迎えてくれる。しかし今日は誰かと電話しているようなので、僕は挨拶だけして二階へと上がることにする。なんか雰囲気からして母と話しているのを察する。祖母の顔に複雑な感情が浮かんでいる。

 祖母とは早くに夫を亡くした事で、かなり苦労して母を一人で育ててきた。そして母もそんな祖母の想いに答えよう必死で勉強し生きてきたようだ。そんな感じで祖母と母が二人で暮らしていた時代は、普通の母子にはない強すぎる絆をもった二人だったらしい。

「ひーちゃん、お母さんから電話よ! お話する?」

 二階に上がろうとする僕を、祖母が呼び止める。僕は祖母に小さく返事をして近づき電話を受け取る。

「秀明です。電話変わりました」

 そういえば、母と話をするのも久しぶりである。

「久しぶり、元気にやっているの?」

「はい」

 でも、一緒に暮らしていた時からもそこまで色々話をしてきたわけでないので、改めて電話を渡されても何を話して良いのか分からない。

「お婆ちゃんと、上手くやっている?」

「結構、仲良くやっているよ。一緒にテレビみたり買い物いったり」

 母の小さい溜息が聞こえる。

「……ごめんね、お前までお父さんと私とお婆ちゃんとの面倒な状況に巻き込んで」

 母の言葉に、僕は一瞬どう答えてよいのか分からず困る。

 実は、祖母は僕の両親とかなり折り合いが悪い。どんな母子よりも強い絆で結ばれていたはずの関係は、母の結婚によって見事に壊れてしまった。

 祖母にとって、近所でも評判の才女で最終学歴が東大法学部という母は自慢の娘だった。祖母は、母が小さい頃から苦労し努力してきたのを見守ってきただけに、その能力に見合った輝かしい仕事に就き人生を謳歌してもらうのが何よりも楽しみにしていたらしい。だからこそ、優秀な娘の為に、あらゆる事を犠牲にして頑張ってきた。


 しかし、大学の時にバイト先で板前として修業にきていた父と出会いが、祖母の夢を台無しにしてしまう。

 母が選んだのは、愛する男性の実家の旅館の若女将という道だった。その結果に祖母は納得できるはずもない。世界に羽ばたいて活躍出来るほどの能力をもった娘が、田舎の小さな旅館の女将をすることを喜べるはずもない。

「あんたは、娘の未来も夢を犠牲にしようとする自己中心的で最低な男だ」

 そんな感じの事を怒鳴り散らし、最後まで許すこともなく、結局結婚式にも出席しなかったようだ。 

 流石に孫が生まれた事で、母とは少しは打ち解けるようになったものの、祖母の失望は強く二十年以上たって尚、ぎこちない関係となっている。

 祖母にとって、僕は再び娘のように愛を注げ、そして自分の手で育て夢を託せる唯一の対象なのだろう。

「優秀な子供は、それに見合った教育を受けられる所にいくべきよ! だから東京にいらっしゃい! 私が面倒みて上げるから! こんな岩手のような田舎にいたら、折角の人生台無しにしてしまうわ」

 僕の学力を知った祖母が、あれほど来るのを嫌がっていた花巻までやってきて、僕に訴えかけてきた。父としても母としても、祖母を傷つけ続けたことに呵責に苛まれていただけに、強く反対の意思を言えるはずもない。思春期を迎え旅館の実家というものにますますの息詰まりを感じていた僕も、東京行きを強く望んだ事で僕は祖母と暮らすことになった。

「……そんな事ないよ。こっちにきて友達も出来たし、凄く楽しいんだ。僕はこっちの方があっているみたい」

 僕は、母に見えるはずもないのに、いつもの作り笑いをしてしまう。言っている事は嘘ではないけど、なんか言い訳というか、気を遣って言っているようになるのは何故だろう。

「……そう」

 相手の表情が見えない電話というのは、どう対処してよいのか悩むのは僕だとだけなんだろうか?

「そちらは変わりない? みんな元気?」

 コチラの事聞かれても、『大丈夫』としか言いようがないので、逆にそう切り出すことでその話題を変えることにした。しかし母親と息子の会話なんてすぐに話す事が尽き、どっと疲れを感じながら電話を切る。


迷子の大人たち (USED PEOPLE)

1992年 アメリカ

監督:ビーバン・キドロン

キャスト:シャーリー・マクレーン、キ

ャシー・ベイツ

ジェシカ・タンディ

マルチェロ・マストロヤンニ

マーシャ・ゲイ・ハーデン

シルビア・シドニー

ジョー・パントリアーノ

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