月より帰る
次の日、薫はいつものように普通に学校にやってきた。何で体調を崩したのかというのも結局良くは分からないままだった。『胃腸がチョット弱いみたい』という薫の言葉をそのまま信じた。
「昨日はありがとう。月ちゃんがお世話になって」
お礼を言う俺に、薫が可笑しそうに笑い首を横にふる。
「いやいや、可愛い後輩だから。あの子廊下とかで、いつも笑顔で挨拶してくれるんだ。『先輩!』とか言われると、結構嬉しいものだね。あんな後輩だけが手に入るなら部活も楽しそうだね!」
ん? 心になにか引っ掛かる。
「そう?」
ぼんやりと言葉を返す僕に、薫は妙に上機嫌でニコニコしている。
「そうそう、彼女のお母さん、見て笑ったよ。ソックリなんだもの」
薫は、月ちゃんの家に上がってお茶まで振る舞われたようで、その様子を楽しそうに話すのを、僕は黙って、ただ聞いていた。
月ちゃんの風邪はけっこう深刻だったようで、まるまるその週は学校に来れなかった。次の月曜日になって、少し窶れた姿で月ちゃんは部室にやってきた。でもヘラっとした笑顔はあの保健室の時の弱々しいものとは違って、いつもの彼女の笑顔で僕もホッとする。
「休んでいる間、録画して溜まっていた映画結構消化できたので、感想書いてきました」
USBメモリーを手に、威張ったように言う月ちゃんに、部長も笑う。月ちゃんがいると、部室がなんだかホンワカするように感じた。
「夏風邪って馬鹿が引くんじゃなかったけ?」
「まだ六月で、夏じゃないし」
嬉しいくせに、そんな事を言ってくる北野に、冷静に返す月ちゃん。この漫才なやり取りがないというのもあったのかもしれない。部室が元通り明るくなった。
「星野先輩!」
月ちゃんがそっと僕に近づいてきて、チョット首を傾けてヘラっと笑う。
「ん?」
僕はつられてその首の傾きに自分の頭を合わせてしまう。
「色々、ご迷惑おかけしました。本当にありがとうございました」
照れたようにそう言って、頭をペコリと下げる。僕は何もしてないのに、薫がやった事の半分が彼女の中では僕の手柄っぽくなっているようだ。
「いや、俺は何も。でも元気になって良かった。本当に……」
なんか、彼女の元気な表情が嬉しくて、しみじみとそんな言葉を返してしまった。
「星野先輩のお陰です」
月ちゃんは、ペカッ輝くような明るい顔で笑った。
「じゃあ、月ちゃん、その感想UPするから、メモリー貸して」
高橋が月ちゃんに声をかける。そしていつものように、気侭な映画研究部が始まる。
なんでもない日常がなんか楽しい。