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眠り姫

 夏ではないけれど、暑い季節の体育館というのは灼熱のグランドとは違った辛さがまたある。ムワっとしたなんとも言えない重たい空気が沈殿している。

 体育の授業は男女別で行われる為に二クラス合同となる。今日の授業はバスケでクラス対抗という形で試合が行われている。


 薫はまだ怒っているのか、体育の授業中、無表情でコートを走っている。

 背の低い僕は、ただボールの流れにのって無駄に動く。逆に身長もあることもあって薫は中心となって動き点数を決め、クラスメイトに抱きつかれている。けれどその顔に笑顔はない。時間になってメンバー総入れ替えのタイミングで、コートから出た薫は、口を押さえそのまま体育館から飛び出してしまう。僕は慌ててそのまま薫を追いかける。薫は茂みの所にいき吐いていた。

「薫? 大丈夫?」

 そっと近づき側に寄る。薫の足下をみると吐いているのに、大した吐瀉物がなく粘液に帯びた水分だけに見える。五時間目で食事をした後のはずなのに、吐いて食べ物が出てこないという事は、薫さっきトイレにいったときに既に胃の中のモノを吐いていたということになる。怒っていたのではなくて、体調が悪かっただけなのだろうか? 元々色も白い方だけど、太陽の下に関わらず青い。

「鈴木? 大丈夫か、気分悪いのか? おい 保健委員いるか、鈴木を保険室に連れていってやれ」

 後ろから様子を見に来た体育教員が、薫の顔色を見て心配そうに顔をしかめる。

 薫はそのまま保健委員のクラスメイトに連れられていってしまった。


 五時間目が終わっても帰ってくることがなく、僕は体操着のまま保険室に行ったために更衣室に残った薫の制服と荷物を纏め一緒に教室に持って帰った。結局HPが終わっても薫は戻ってこない。荷物は教室に残ったまま。

 自分の荷物は清水に任せて部室に先に持っていってもらい。僕は薫のバックと学生鞄を持って、保険室に様子を見に行くことにした。

 そういえば保険室に行くのって初めてだ。緊張しながらソッとドアを開ける。保険室の先生はいないようで、僕はキョロキョロと室内を見渡す。入ってすぐの所に保険室の先生の椅子と机があり壁に色々と薬品の入った鍵のついた棚がある。右奥にカーテンにしきられたベッドが並んだ空間がある。

ベッドが四つあるようで、手前二つのベッドはカーテンも開いていたし、綺麗に整えられていて誰も使用してないのが分かった。三つめのカーテンをソッとあけると、凹んだ枕にやや乱れたシーツや掛け布団と誰かが寝ていた気配はあるけど無人だった。

(ということは、隣か)

 僕はさらに奥のカーテンを開ける。

 そこにはおでこに冷えピタをはり、苦しげな呼吸でコンコンと眠っている人物がいた。

 汗ばんだ顔や首に髪の毛が張り付いている、そしてうっすら開いた唇から苦しげな息が漏れている。僕はその様子に思わず動揺し固まる。

 そこで寝ていたのは、何故か月ちゃんだった。

(いくら知っている人だとはいえ、女の子の寝顔を勝手に見るのは悪いよね)

 僕は音を立てないように、そっと後ずさりしはてカーテンを閉める。そのタイミングで保健室のドアが開き、俺は「わっ」と思わず声を出し、挙動不審な程身体をびくつかせた怪しい動きをしてしまった。

 入ってきたのは薫で、手に何故かペット飲料を持っている。

「あれ? ヒデ? もしかして荷物持ってきてくれたんだ。ありがとう」

 薫は俺の姿を見てから、手に提げている鞄にも目をやり嬉しそうに笑う。良かった、顔色は戻っていて、元気そうだ。

 薫は僕の横をそのまま通りこし、一番奥のベッドのカーテンを開けそのまま入っていく。

「月ちゃん、大丈夫?」

 僕もつられてそのまま、薫の背中越しに月ちゃんの様子を伺う。月ちゃんはゆっくりと目を開ける。熱があるせいか、その目はトロンとしている。薫の顔をぼんやりという感じで見返している。

「汗かいっぱいかいたから、水分とった方がいいよ。ホラ飲んで」

 月ちゃんは促されて少し起き上がり、素直に薫が蓋を開けたペットボトルを受け取り美味しそうに飲む。そして大きく溜息をつく。そして、アレっという顔で首を傾げる。

「薫先輩? 何でココに? あ……星野先輩?」 

 今、初めて僕の事にも気がついたみたいで。コチラを不思議そうに見上げる。

「実は、僕も隣で寝てたんだ」

 薫が、簡単に説明をする。

「あ、そうだったんですか。気が付かなくてすいません」

 まだ、寝ぼけているのか、熱のせいなのかが、ぼんやりとした口調で応える月ちゃんに、薫がクスクス笑いながら首をふる。

「イヤイヤ、謝ることでもないし、良く寝てたんだね、寝癖ついてるよ」

 薫は優しく月ちゃんの少し跳ねた前髪を梳かすように撫でる。

 後ろでドアが開く気配がする。

「月ちゃん大丈夫? あれ? 星野先輩?」

 振り向くと、永谷と小倉が立っていた。僕のように、保健室から帰ってこない友人を心配してやってきたのだろう。手には二人にしては多めの鞄ももっている。

「ありがとう、鞄もってきてくれたんだ」

 体調良くないのだろうけど、月ちゃんは二人に嬉しそうに笑顔を返す。

「まだ、気分わるい? 一人で帰れる?」

「大丈夫、寝て少し楽になったから」

 月ちゃんは、いつものヘラっとした笑顔友人達にみせる。でも目は熱で潤んでいるし辛そうだ。

「月ちゃん、お家どこ?」

 薫は自然に、女の子の会話に加わる。

 永谷と小倉は薫の参加に一瞬ビックリした表情をするが、薫の顔を見て顔を赤くする。

「桜台です。近いですから、大丈夫です」 

 月ちゃんは気にしてないのか、自然に言葉を返す。

「ということは、駅は桜ヶ丘?」

 薫の言葉に、素直に頷く月ちゃんに、薫ニコリと笑う。

「なら、同じだ。送ってあげるよ」

 月ちゃんがビックリしたような顔をし、そして慌てて首を横にふる。

「薫先輩も体調わるくて寝てたんじゃないですか。大丈夫ですから」

 そんな月ちゃんの頭を優しい顔でポンポンと薫が叩く。いつになく、柔らかい表情の薫に僕は首を傾げる。

「僕は寝不足で倒れただけだから、寝て治ったから大丈夫。それに体調悪い時には遠慮なんてするもんじゃないよ。素直に甘えなさい。君たちも心配しないで、僕が彼女を責任もって送るから」

 ニコリと永谷と小倉へ視線をやる薫。二人はアイドルを前にした女の子みたいに目を輝かせ、『ありがとうございます。お願いします』と薫に言葉を返している。あまりにも自然に紳士な態度で、月ちゃんや永谷や小倉と接している薫を、僕はただ呆然と見ているだけだった。

「じゃ、チョット着替えてくるね」

 薫は僕の手からバックを受け取り、隣のベッドエリアに入りカーテンを閉めてしまう。

「先輩のお友達ですか? 凄い格好いいですね」

 目を妙にキラキラさせた永谷が小さい声で俺にそっと囁いてくるのに、僕が苦笑で返すしかなかった。

「すいません、ご迷惑かけてしまったみたいで」

 月ちゃんが、おずおずっという感じで僕に声かけてくる。僕は慌てて首を横にふる。実際迷惑もなにもかけられてないし、僕も月ちゃんに何をしてあげられてない。

「そんなことないよ。それより大丈夫? 今日は帰ったらゆっくり休むんだよ」

 月ちゃんは申し訳なさそうに、熱で潤んだ目で僕を見上げる。

「すいません、今日の部活お休みさせてもらいます」

 残念そうに、そんな事言ってくる彼女を可愛いと思ったけど、いつもと様子が違ってしまっている月ちゃんにいつものように気やすくその頭を撫でてあげる事が躊躇われた。

 そして、僕らは、薫に付き添われて去っていく月ちゃんを見送る。その後ろ姿をみて、月ちゃんの体調が心配という事意外に、何か心にモヤモヤしたものを感じた。それまで僕自身があまり感じたことのなかった感情だから気が付かなかったけれど、それが『嫉妬』であるということを後で嫌という程、知ることになる。

眠り姫

2007年日本映画

監督・脚本:七里圭

キャスト:つぐみ

西島秀俊

山本浩司

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