Web小説市場からのメディアミックスは、なぜ「量産」に疲れたのか
「なろう系はもう終わった」――またそういう話になるのですが、私は少し違うと思っている。
なろう系、主に異世界転生が終わったというより、**一つの成功パターンを大量に再生産する仕組みが、限界に近づいたのではないか。**
極端にいえば、ランキング人気作の成功要素をなぞった作品を大量に作るだけでは、次のヒットを生み出すのが難しくなってきたのではないかと思う。
これは、いわゆる「○○太郎」と呼ばれる作品が次々とアニメ化されていった時期に、すでに見えてきていた問題でもあると思う。同じような成功パターンが繰り返されればされるほど、最初は新鮮だった要素も、次第に「またこのパターンか」と受け取られるようになっていく。
そして、その変化はWeb小説投稿サイトだけの問題ではない。ランキング、出版社による作品発掘、書籍化、コミカライズ、アニメ化、そしてメディアミックスまで、これらが一つの流れとしてつながった結果、**「数字の出た作品を探す」ことと「数字の出た作品の型を増やす」ことが、いつの間にか近づきすぎた。**
私はそこに、現在のWeb小説市場が抱える問題の一つがあると思っている。
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## 最初に問題になったのは「ランキング」だった
Web小説投稿サイトが盛り上がり始めた頃、作者側ではランキングそのものへの不信感がかなり強かった。相互評価、複数アカウント、ランキング操作、嫌がらせ、いわゆる「BAN祭り」など、「本当に面白い作品が上に来ているのか?」という疑問は、昔から存在していた。
カクヨムが始まった直後には、「オレオ」という三文字だけの極端に短い作品がランキング上位に入ったことも話題になった。
これは複垢による不正とは別の話だ。むしろ、**作品の内容そのものとは別に、ランキングの仕組みによって極端に短い作品が有利になり得ることを示した事例**として象徴的だったと思う。
『オレオ』は本文が三文字の作品として、2016年3月当時のカクヨムSFランキング上位に掲載され、大きな話題になった。
つまり、**「ランキング上位に入ること」と「作品そのものの内容が高く評価されること」は、必ずしも同じではない。**
ランキングは作品そのものの価値を直接測っているわけではなく、決められた指標に対して、どの作品が強く反応を集めたのかを示している。だからこそ、「どうすればランキング上位に行くのか」を研究する人も出てくるし、それ自体は悪くない。
問題は、**ランキングで評価される作品を作ることが、作品そのものを作ることより重要になってしまうこと**だ。
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## 「数字をどう作るか」から「数字をどう使うか」へ
そして、ここから話が少し変わってくる。
ランキングが成長すればするほど、「人気作品を見つける場所」としての価値も高くなる。出版社側からすれば、膨大な投稿作品を最初から全部読む必要はなく、ランキング、PV、評価、ブックマーク、レビューといった数字を見ることで、「読者から反応を得ている作品」を効率よく見つけられる。
これは非常に合理的だ。
実際、KADOKAWAはカクヨムなどのUGCプラットフォームを、著者発掘やIP創出の基盤として位置づけている。2026年6月時点で、カクヨムは累計の商業化書籍点数が3500点を超え、月間PVは約8億、月間ユーザー数は約570万人、定期的に投稿する作家は2万人以上に達している。
つまり、**Web小説から商業作品が生まれる仕組みそのものは、完全に定着した。**
ここは「昔は良かった、今は駄目になった」という単純な話ではない。むしろ、成功したからこそ、次の問題が生まれたのだと思う。
それが、**「数字を見て作品を発掘する」ことと、「数字が出た作品の型を再生産する」ことの混同**だったのではないかと思う。
前者は、まだ知られていない作品を見つけるための仕組みだ。
しかし後者は、すでに数字が出た作品を基準にして、似た作品を増やしていく仕組みになる。
どちらも「数字を見る」という点では同じなのだが、向いている方向はまったく違う。
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## 成功した作品が「型」になる
たとえば、ある作品が大ヒットすると、「なぜ売れたのか?」を分析する。これは当然だし、むしろ商業的には必要なことだろう。
そして、「この要素を入れれば売れるのでは?」と考える。これも当然だ。
問題は、その先にある。
似た作品が増え、さらに似た作品が増えていく。そして、「これも売れるかもしれない」という企画が大量に並ぶようになると、最初は読者にとって新鮮だったものが、何度も繰り返されることで、やがて既視感になっていく。
つまり、**成功した作品を参考にすること自体が悪いのではない。** 成功した作品の「再現」を目的にしすぎることが問題なのだ。
ここでいう「量産」とは、単に作品数が多いことではない。**過去に数字が出た作品の成功要素を再利用し、似た企画を次々と増やしていくことだ。**
そして、この問題については2026年になって、かなり興味深い答え合わせが出てきた。
KADOKAWAは2026年5月に公表した中期経営計画で、出版事業について、**「既存の勝ちパターンへの過度な依存」**を課題の一つとして挙げている。実績のある特定ジャンルへの偏重による市場飽和、企画の類型化、新しいジャンルへの挑戦の減少、1タイトル当たりの部数減少なども課題として整理している。
もちろん、KADOKAWAが「Web小説の量産こそが原因だ」と説明しているわけではない。そこまで単純化するべきではない。
ただ、「既存の勝ちパターンへの過度な依存」「市場の飽和」「企画の類型化」という問題が、出版側からも実際に認識されている。その意味では、**「成功した型を大量に再生産することには限界があるのではないか」**という私の考えとも、かなり重なる。
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## なぜメディアミックスが「量産」と結びつくのか
ここで、メディアミックスの話になる。
Web小説から書籍化し、書籍が売れればコミカライズし、さらにアニメ化やゲーム化、グッズやイベントなどへ広げる。一つのIPを複数の媒体で展開することで、その作品から得られる価値を大きくしていく。
KADOKAWA自身も現在、**「グローバル・メディアミックス with Technology」**を基本方針として、IP創出力の強化やメディアミックス、海外展開、ライセンス展開を進めている。
つまり、メディアミックスそのものが悪いわけではない。むしろ、ヒットした作品をより大きく育てるための合理的な仕組みだ。
ただし、一つの作品を複数媒体に展開するなら、「どんな企画なら横展開しやすいか」も重要になる。原作として成立するだけでなく、漫画として絵にしやすい、アニメとして見せ場を作りやすい、商品化しやすい、海外でも理解されやすい、といった条件が増えるほど、「過去に成功した作品には、どんな共通点があったのか?」という分析の価値も高くなる。
そして、メディアミックスは一作品に投じる人員や宣伝費などのリソースも大きくなる。
だからこそ、「未知の企画に大きく賭ける」より、「過去に成功した条件に寄せて失敗の可能性を下げる」という判断に傾きやすくなる。ここまでは商業的には自然な考え方だ。
しかし、それが行き過ぎると、**「ヒットした作品を探す」→「ヒットした要素を分析する」→「その要素を含んだ企画を増やす」→「その企画の数字を見て、さらに次の企画を作る」**という循環になる。
こうなると、「発掘」と「追従」の境目が薄くなる。
そして、ここでも最初に出てきた「数字をどう使うのか」という問題に戻ってくる。
数字を使って未知の作品を発掘するのなら、選択肢は増えていく。
しかし、数字の出た作品を基準にして、その型を増やしていくのなら、作品数が増えているのに、読者から見た選択肢はむしろ似通っていくことがある。
しかも、作品が増えれば増えるほど、一作品にかけられる編集・宣伝・販促のリソースには限界がある。だから、**「数を増やせばヒットも増える」**とは限らない。
むしろ、**「増やしすぎた結果、一作品ごとの新鮮さも、投入できるリソースも薄くなる」**という逆転が起こる。
これが、私の考える「量産疲れ」の正体の一つなのだと思う。
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## 「量産できること」と「作品が増えること」は違う
もちろん、量産そのものが悪いわけではない。
Web小説は大量の作品が存在するからこそ、その中から新しい才能を見つけられる。
カクヨムは2026年、10年間に投稿された約60万作品から、サイトを代表する100作品を選ぶ「カクヨム100名作」を公開した。
ここで重要なのは、**「大量に存在すること」と「大量に似たものを作ること」は別だということだ。**
前者は、発掘の母数を増やす。
後者は、市場の選択肢を狭める。
だから必要なのは、「なろう・異世界系をやめること」でも、「メディアミックスをやめること」でもない。**成功したものを再現するだけではなく、その外側から次の作品を探すこと。** そこが重要なのだと思う。
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## そして、ここに生成AIが入ってくる
さらに現在は、ここへ生成AIまで入ってきた。
AIを使えば、文章を作ることそのもののコストを下げられる。アイデア出し、構成、文章の推敲、誤字脱字の確認、要約、キャラクター設定、場合によっては本文そのものまで、さまざまな作業をAIに任せられる。
もちろん、AIだけで面白い長編小説を安定して作れる、という話ではない。
しかし、**「似たような文章を大量に作るコスト」が下がった**ことは重要だ。
そして2026年現在、これはもう単なる未来予測ではない。
「小説家になろう」は2026年6月9日から作品ごとのAI利用状況を設定する機能を導入し、9月1日以降はAI利用状況が未設定の作品について、新規エピソードの投稿や作品情報の編集など一部の更新操作を制限している。また、未設定の場合はコンテストや商業化の対象外となる場合があると案内している。
つまり、**Web小説市場はすでに「AIをどう扱うか」を制度として考えなければならない段階に入った。**
ここで私は、AIが人間の作家を全部置き換えるとは思っていない。
むしろ逆だ。
AIによって文章を大量に作れるようになればなるほど、**「大量に作れること」そのものの価値は下がる。**
では、何の価値が上がるのか。
私は、**「まだ既存の成功パターンに当てはまらない作品を見つける能力」**だと思う。
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## AIが「候補」を見つけ、人間が「作品」を読む
たとえば編集者がAIに、「このランキングから面白そうな作品を100本抽出して」と頼む。
これは便利だと思う。膨大な作品を全部読むより、候補を絞るほうが圧倒的に効率がいい。
しかし、「ランキング上位から似た作品を100本探して」となった瞬間、話が変わる。
それでは結局、**過去に数字が出たものを、さらに再生産しているだけ**だからだ。
だから私は、**AIが「候補」を見つける。人間が「作品」を読む。**くらいの役割分担がちょうどいいと思っている。
AIに、「この作品はランキング上位だから売れる」と決めさせるのではない。AIには、「この中に見落としている作品はないか」を探させる。そして最後に、「なぜこの作品なのか」を人間が考える。
結局ここでも重要なのは、AIそのものではなく、**数字や技術を何のために使うのか**なのだと思う。
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## だから「ランキングをなくせばいい」わけでもない
ここは誤解してほしくない。
ランキングそのものが悪いわけではない。ランキングは、読者の反応を見るための非常に便利な指標だ。
問題なのは、**ランキングを「発掘の入口」ではなく「正解そのもの」として扱うこと**だと思う。
ランキング上位だから読む。ランキング上位だから書籍化する。書籍化されたから似た作品を作る。似た作品が売れたから、さらに似た作品を作る。
この循環が強くなれば、「売れているもの」と「売れるもの」の区別がなくなっていく。
しかし、この二つは本来違う。
すでに売れている作品は、**現在の答えだ。**
これから売れる作品は、**まだ答えになっていない。**
だから、ランキングには「今、何が受けているのか」を見る力はあっても、それだけで「次に何が受けるのか」を保証することはできない。
カクヨムが10周年企画で「次の流行は、ここから始まる。」というコンテストを開催し、今後ブームになることが期待されるテーマから作品を募集したのも、次の流行を探す必要があるからだろう。
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## 私自身もAIを使っていて思うこと
私はAIを使って文章を書くことがある。
ただし、「全部AIに書いてもらえばいい」とは思っていない。
自分で考えた設定や展開をAIに相談して、文章にする。誤字脱字を探してもらう。読みにくいところを指摘してもらう。そういう使い方だ。
実際、「厳しめに評価して」と頼んだつもりが、間違って「厳しめに強化して」と入力してしまっても、ちゃんと評価してくれるのは素晴らしいw
でも、「評価を上げて」と入れて、それを実際に出した後に評価をしてもらうと評価が下がるのはなんなんだと思うけどw
こういうところも含めて、AIは便利な道具だと思う。
ただし、AIに文章を直してもらうときには注意が必要だ。
AIは、誤字を見つける、表記ゆれを直す、冗長な文章を整理する、読みやすくするといった作業はかなり得意だ。
しかし、**「読みやすくするために削った文章が、その作品にとって本当に不要なのか」**までは、必ずしも判断できない。
以前、自分の文章をAIに「カクヨムで読みやすい文章」にしてもらったところ、結果的に「前より読みにくくなった」と感じられたこともあった。
文章として整っていることと、**その作品として必要な文章が残っていることは、同じではない。**
だからこそ、最後に判断するのは作者自身であるべきだと思う。
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## 「量産」の先に必要なのは、発掘だと思う
ここまで考えると、Web小説市場の問題は、「なろう系が終わった」という話ではない。「異世界ものが売れなくなった」という話でもない。
もっと単純な話だと思う。
**一度成功したパターンを、成功した理由ごと再現し続けることに限界が来た。**
2026年のKADOKAWAも、「既存の勝ちパターンへの過度な依存」や市場の飽和、企画の類型化を課題として挙げている。
一方でカクヨムは、10年分の約60万作品から名作を選び、さらに「次の流行」を探す企画も行っている。
そしてAIによって、「大量に文章を作る」こと自体は、さらに容易になっていく。
だからこそ、これから問われるのは、**「どれだけ作れるか」より、「何を選ぶか」なのだと思う。**
結局、**「数字をどう作るか」から「数字をどう使うか」へ。**
ランキングも、AIも、メディアミックスも、それ自体が悪いわけではない。
過去の成功を再現するためだけに使うのか、それとも、まだ数字になっていない作品を見つけるために使うのか。
私は、そこが次のWeb小説市場の分岐点になるのではないかと思っている。
ちなみに今回、指示を「内容を削らない・置き換えない」としたことで、かなり自分が書きたい形を残したまま、記事としてまとめることができたと思う。




