茄子のトゲ 百発百中刺さり姫
「痛ッ!」
わたしの指に、今日も茄子のトゲが刺さった。
簡単に抜けないほど深く刺さったことはないけど、茄子を扱えばなぜか百発百中でトゲが刺さる。
「お真菜、また刺したのかい? しょうがない子だねえ」
「だってお美津ちゃん、茄子とは宿命の敵同士なんだよ」
「縁起物の茄子と相性が悪いとは、つくづく報われない子だねえ」
「そこ! 時間内に調理を終えないと減点ですよ」
二人一組での調理実習中に、相棒の美津子と小芝居に興じているのを先生は見逃してくれなかった。
以前、県内の高校で調理実習中に生徒がふざけて小さな爆発事故を起こしたことがあるので、先生も目配りが大変なのだ。
わたしは美津子と共に、慌てて実習を進める。
無事に作り終えた茄子と豚薄切り肉の味噌炒めは美味しかったけれど、指には絆創膏が残った。
わたしが茄子に触れば必ず指にトゲを刺す、というのは幼馴染なら皆知っている話だ。
小学生の時に行った県の施設での宿泊実習で、夕食に豚汁を作った。
人参も玉ねぎも上手に剥けたが、茄子にはビビった。
恐る恐る茄子を手にしたとたん案の定『痛ッ!』である。
初めて茄子を触った時から宿命のようにトゲが刺さるのだと説明すると、皆が盛大に驚く。
わたしの祖母はこの町で有名な生け花の師範で、わたしも幼稚園の時から生け花を習い始めた。
植物の扱いは他の子供より慣れているし、周囲もそう思っていたのだ。
「茄子のトゲ、百発百中で指に刺さるの」
そう訴えたわたしは少し涙目になっていた。
同じ班の男子の一人が思わず「そんなわけねーだろ」と言って、女子全員から睨まれて小さくなる。
全員から嘘つきと思われるかもしれないと覚悟していたわたしは、少し嬉しかった。
その時「オーロラ姫みたいだな」と友則君が言ったのだ。
その瞬間、わたしの恋心に小さな灯がともり、高校生になった今では立派な片思いに育った。
友則君はけっこう大きな農家の跡取りである。
わたしは相変わらず茄子との相性が悪いが、この町の夏の名産である茄子とは付き合い続ける運命なのだ。
友則君は勉強もいけるがスポーツも得意で、暇さえあれば畑を手伝うから身体がみんなより一回り大きい。
高校生になるまでにも、国家公務員的なアレから世界で活躍できそうなアレまで数多のスカウトを受けていた。
しかし本人は、揺らぐことなく帰宅部を貫いている。
となればわたしの目指すものは、茄子農家の嫁の座一択。
ところが茄子のトゲがこの思いを阻む。
町内会の手伝いで大量に茄子を調理する時などは手袋を使うので問題ないのだが、調理実習などと言った少量の調理の時は大げさな準備はしないから刺さる。痛い。
男女混合の調理実習だけれど、友則君はクラスが違うのでここにはいない。
それだけがちょっと気持ちを穏やかにする。
今は高校二年の夏休み前。
友則君は家から通える大学で経営学を学ぶことに決めていたし、わたしも同じ大学を目指している。
好きなことを学びなさいと祖母に言われているが、一番好きなのは友則君だ。
『彼を追いかける』一択である。
「生け花の関係で昔から付き合いのある友達が遊びに来るの。
このあたりを案内するから、真菜子にも一緒に行って欲しいのだけど」
「うん、わかった」
夏休みに入ったある日、祖母から告げられた。
観光タクシーで近場の名所を回るのだという。
その時に着る新しいワンピースまで買ってもらえたので気分は上々だ。
そして駅で出迎えた当日。
客人は、わたしが想像していた面子とは少し違っていた。
祖母の友達というからそれなりの年齢のご婦人が複数人いらっしゃるのだと思っていた。
「やあ、真菜子ちゃん、久しぶり。
さすが鶴子さんのお孫さんだ、美人になったねえ」
「春俊さん。お久しぶりです」
この口がお上手な若い男性は、祖母が師範をしている生け花の流派の次期家元である。
「これ春俊、会ったなりそんな軽薄さを露呈させるものではありませんよ。
でも、本当に美人さんになったわね、真菜子ちゃん」
「ありがとうございます、家元」
こちらは現家元の喜和子先生。
春俊さんのお祖母様で、わたしの祖母とは高校時代の親友だった。
家元の家に生まれ、婿取りをして跡を継いだ。
祖母はこの町に嫁いできたので、家元は旧交を温めがてらの観光をしに立ち寄った。
明日は隣県での会合があるので、そのついでだそうだ。
「都会にもそれなりに名所は多いけれど、やっぱり少し田舎の方が癒される場所が多くていいわね」
観光地を一巡りした後にはホテルの喫茶室で一休み。
「そうでしょう?
都会は街を歩くだけでも疲れることがあるもの。
程よい田舎がいいのよ、特に歳をとると」
「身に染みるわ。
引退したら、この辺に引っ越してこようかしら?」
「おすすめの物件、押さえておきましょうか?」
「あら、いいわねえ」
ほほほと楽しそうな祖母。
生け花の師範として人との交流はあるけれど、普段は先生の顔で対応することが多い。
家元と一緒だと、女学生に戻ったみたいに楽しそうだ。
「このホテルの庭園もなかなかのものよ。
少し歩かない?」
「ええ。それじゃ真菜子ちゃん、ちょっとお祖母様を借りるわね。
他にも食べたいものがあれば何でも追加していいのよ。
支払いは春俊がするから」
「はい、ありがとうございます」
「家元、勝手なことを」
「小銭をよく稼いでいるじゃないの、出し惜しみしなさんな」
春俊さんは次期家元として、テレビなどにもよく出演している。
「家元の言い方は気に入らないけど、真菜子ちゃんは本当に遠慮しなくてもいいよ」
「いえ、これ以上は。まだこのスタンドを攻略中ですし」
目の前にはホテル名物のアフタヌーンティー三段スタンド。
美津子と行ってみたいね、と話していたのだけれど予約も取りづらいし、お小遣いをもらう身では少々お高い。
「友達と一度食べに行きたいねって言ってたんです、このセット。
思った以上に可愛いし美味しいです。幸せ」
素敵なデザートに集中していると、春俊さんが笑う。
「真菜子ちゃん、僕には少しも興味がないんだね」
「興味って?」
「結婚相手として、だよ」
「結婚相手?」
キョトンとすればもっと笑われた。
「一応、これお見合いなんだけど」
「へえ、そうなんですか」
「そこまで興味を持ってもらえないとは。
いっそ清々しい」
「春俊さんはモテるだろうし、彼女が何人もいるのだろうと思っていました」
「うーん。テレビ局とか出入りすると誘惑は多いけどね。
次期家元って仕事が多いから、いちいち相手していられないよ。
それでも食い下がってくるのがいるから、一人のときはボディガードを連れて歩くことにしたんだ」
「お金かかりそうですね」
「それが学生時代の友人で凄く身体を鍛えてるやつがいてさ。
顔もごつめだから凄味がある。
おまけに仕事は自宅で自由業なんで、こっちの都合に合わせて来てくれるんだ。
そいつがひと睨みすれば、たいてい引いてくれるよ。
実戦はしたくないから、いざとなったら僕をお姫様抱っこして逃げてくれるそうだ」
春俊さんに声がかかるのは次期家元という名前だけじゃなく、顔がテレビ向きのイケメンであるせいだろう。
そんな人がごついボディガードを連れて歩けば、別の層が動き出しそうである。
あらぬ噂が立ったりしないのだろうか。
そんなことを考えていたら、彼は諦めがついたように言った。
「真菜子ちゃんは生け花の腕もいいし、重鎮を納得させられる家柄だから有力候補だったんだけどな、残念。
顔も好みだったんだけどなあ」
「これ春俊、若いお嬢さんの容姿について口にするものではありませんよ」
戻って来た家元が窘める。
「家元が悪いんですよ」
「そこでどうして私が出てくるんです?」
「あなたみたいな美女を生まれた時から見ていたから、目が肥えすぎてしまったんです」
「もう、しょうがない子だね」
家元も笑い出した。
「ね、言った通りでしょう? 真菜子は脈なしですよ」
お祖母ちゃんも笑っている。
「残念だけれど、本人に気がないのではしかたないわね。
真菜子ちゃんは心に決めた人がいるの?」
家元に訊かれて固まる。
その様子で察してもらえた。
「詮索するような野暮はしませんよ。
前に見せてもらったあなたの生け花にも一途さが表れていましたからね」
わたしは慌てて紅茶を飲み、喉に詰まりそうになった焼き菓子を飲み込んだ。
お盆には神社の夏祭りがあり、掃除や飾りつけ、氏子さんの食事の準備などを手伝った。
そうして事前準備に参加しておけば、祭り本番は浴衣姿で好きに歩き回れる。
「ふ、太ももが眩しい……」
「これ、お真菜、はしたないよ」
「だって、友則君の半股引姿から目が離せないんだもの」
思ったままを口にしてしまったわたしに呆れる美津子。
他の人の前では絶対言わないから許してほしい。
あんまり近くに行って鼻血でも出したら大変なので、遠くから見守っているのだし。
「そんなに好きなのに、なんで告白しないかね」
「茄子のトゲがわたしの気持ちを阻むのよ」
言い訳だってわかってるけれど、言えないじゃない。
『素手で茄子に触れない茄子農家の嫁はありですか?』なんて。
夏休み明け、わたしは文化祭の実行委員になった。
委員会の顔合わせに行くと、なんと、友則君も実行委員だったのだ。
「真菜子、ちょっといいか?」
「うん、なあに?」
ドックンドックン言い始めた心臓を励ましつつ、人のいない廊下の隅で向き合う。
「夏休みにホテルの喫茶室にいただろ?」
「うん」
「うちの親父が組合の人と会ってて見かけたって」
「お祖母ちゃんの知り合いが遊びに来ていて、わたしも一緒に連れてってもらったの」
「そうか」
友則君はなぜかホッとしている。
「それがどうかした?」
「親父が、真菜子ちゃんがお見合いしてたなんて言うもんだから」
「うん、実はお見合いだったらしい」
笑顔になりかけた友則君の顔が凍り付いた。
「お見合い!?」
「そう。生け花の次期家元と。テレビにもたまに出る人だから友則君も知ってるかも」
「そうか、そんな有名人……はどうでもいい。
真菜子、有名人の嫁になるのか?」
なんでそんなに鬼気迫っているのか。
「ならないよ」
「なんで?」
「だって、わたしが好きなの友則君だもの」
「ほんと?」
「ほんと……あっ! 言っちゃった、どうしよう!」
「本気?」
「本気に決まって……あっ」
もう、どうしよう。
いつかは告白したかったけど、こんなポロリではなかったはず。
「俺も、真菜子が好きだ」
「えっ?」
「真菜子のことが好きだ」
「……茄子のトゲ百発百中刺さるけど、大丈夫?」
「茄子は触らなくてもいいよ。
うちは大所帯だから、嫁に来ても出来ることを手伝ってくれればいいし、もし生け花の先生を仕事にするなら、それで構わないし」
「でも、わたしが料理した茄子を友則君に食べてもらいたい」
「じゃあ、料理する前に俺がトゲをとってやるから」
「え、それってなんか幸せそう」
「うん、幸せにするから嫁に来い。
とにかく今日から付き合おう」
「はい。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「おめでとう真菜子、友則君」
「美津子」
気付かぬうちに周囲には幼馴染の面々が集まっていた。
話は全部聞かれていたみたいだ。
「いやー、両片思いご苦労さん。
これでやっと見守って来た私たちも肩の荷が下りたよ」
「二人とも、発破かけてもなかなか進まないんだもんな」
「小学生からの恋路が長すぎるわ!」
「まあともかく、仲良くな!」
「ありがとう、これから真菜子の家にお付き合いの許可をもらいに行くから解散!」
「おー」
「じゃあな」
集合させたわけでもないのに、解散を仕切る友則君が面白い。
小さいころ、いざという時の仕切りは友則君だったことも思い出した。
「挨拶に来てくれても、今日はお祖母ちゃんしかいないかも」
「お祖母様に挨拶できれば上々だ」
一緒に歩きながら話をした。
「本当は、こんなポロリみたいな告白じゃなくて、ちゃんと言うつもりだったの。
茄子のトゲが刺さらなくなったら、と思っていたけど今に至っても刺さるし」
「俺は、高校卒業したらと思ってた。
同じ高校の奴は牽制してたんだけど、都会から見合いしに来る奴がいるなんて考えもしなかったから焦った」
「牽制? わたしそんなにモテないよ」
「いや、真菜子は『生け花の師範代で楚々とした美人』だって有名なんだぞ」
「え~、聞いたことない。
それより友則君の方がモテるでしょ?
神社の神輿担ぎの時も、お姉さんたちに囲まれてたし」
「見てたのか」
「うん、遠くから」
「近くで見ればよかったのに。
それで、休憩の時に真菜子が飲み物を持ってきてくれれば、あんなことには」
「あれ、大変そうだったね」
誰が冷たいペットボトルを友則君に渡すかで、ちょっとした争いが起きたのだ。
周囲のおばさんたちに怒られて、お姉さんたちは散って行った。
遠くで見ている分には面白かった。
「来年はちゃんと飲み物、差し入れてくれるか?」
「うーん、どうしようかな。
鼻血出たら困るし~」
「鼻血?」
「あっ!」
家に着くまでに、その理由を吐かされてしまった。
友則君は名刑事だ。
嫌われたらどうしようかと思ったけど大笑いされたので、わたしは安心して彼の隣を歩いた。




