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バクダン 2

 数日後のオープン数時間前。カリヤは支配人、榊から『Paranoia』の上階にある事務所に呼ばれ、内勤の久住が示した掲示板の画面を睨んでいた。

「拓巳、これはどう考えても涼雅のことにしか見えないんだが」

 苦虫を潰した榊の表情がいかにも芝居臭い。どうせ内心こちらのマイナスポイントを稼げたと皮算用し、にやけた口許を必死になって下げているといったところだろう。下衆なチョビひげをひくつかせつつ、彼は続けてウザいデフォルトの説教を偉そうにかまして来た。

「お前が涼雅を教育すると言っていたから安心して任せていたんだがな。オーナーがお前のやりたい放題を黙認しているからと言っても、あまり度が過ぎるようであれば私も報告せざるを得ないんだが」

 板ばさみの立場にある久住の手前、下手なことは言えないが。

「誰かさんが体験時にひと通りのレクをしてなかったんでね。最初の半年で下手こいた残りかすっしょ、これは」

 そう皮肉りながら腹立たしげに手にした煙草を揉み消した。


『初めて書き込みます。私って趣味カノなんですか』

 そんなタイトルの書き込みのIPは、何の小細工もない一般回線と思しきソースだった。


 Pというホストクラブの癒し系の人とつき合ってます。

 だけど最近ちっともお泊りがなくて。

 営業を掛けられていただけなのかな、と思っていたけど、この間の誕生日にドンペリ三本をフンパツしたからか、朝まで一緒に過ごしてくれたんです。

 Pを紹介してくれた友達に相談したら、

「それって絶対趣味カノだよ」

 って、もっと割り切って本気になんかならずに遊んじゃいな、というんです。

 そんな酷い人には見えないんですよ?

 どうやって皆さんは見分けてるんですか?

 私ってやっぱり趣味カノなんですか?


 歌舞伎町とまでは書かれてないが、新宿区でPと言えばかなり的を絞られる。癒し系などと書かれたら、見る人が見れば、それがユズだと一目瞭然だ。

(あのバカ)

 返されているコメントに苦虫を潰す。

『それって育て街道まっしぐらじゃん』

『何ホストなんか相手にガチになってんの。あんたバカ?』

『新宿でPって言ったら、ぱら(ry あぶなー、暴露自重w』

『ねえ、その人って何番目? 偵察に行ってやってもいいよ』

 カリヤはそれらのコメントにチェックを入れると、削除ボタンをクリックした。

「え、マズいよ、拓ちゃん。いかにも証拠隠滅に見えるだろ」

 そう言ってうろたえる久住を一瞥程度に見下ろして諭す。

「店舗特定の上でガセネタ撒かれてバクダン乱舞の方が困るっしょ。クレームが来たらそう言っておきな」

 それだけ言い残すと、モニタから目を背けた。

 用は済んだとばかり踵を返す。

「拓巳。これはお前の責任だぞ。どう落とし前をつけるつもりだ」

 すれ違いざまに腕を取られ足止めを食う。無理に解こうとはせずに、邪魔をした手の主を蔑んだ目で見下ろした。

「キヌ子の犬が、この俺さまに向かって偉そうな講釈を垂れるんじゃねえ」

 振りほどく手間さえ、こいつにはもったいない。小物は自ら尻尾を巻くべきだ。

「……オーナーを呼び捨てとはいただけないな。向こうでどんな育ちをしてたんだか」

 下衆な笑いを浮かべつつも、榊の瞳は明らかに怯えを孕んでいた。

「雇われ支配人が。俺がその気になれば、お前の居場所はなくなるぞ。いい加減、少し口を慎んだらどうだ」

「ふん。その気もない癖に、譲ってやった気でいるようだな」

 背後で久住の視線を感じる。上のいざこざなど彼を始めとしたプレイヤー達には無関係のことだ。これ以上下らない言い争いに彼を巻き込む前に、カリヤは部屋を出るのを優先した。



 更衣室に入ると、今日の面子の殆どが既に着替えを済ませていた。

「あれ? カリヤ、珍しいじゃん。まだ着替えが済んでないなんて」

 何ごともない顔をしてうそぶく誠四郎の襟首をとっ掴まえて、無言でシャワー室へ引きずり込んだ。

「ちょ、何怒ってるんだって」

「てめ、シラ切ってんじゃねえよ。ユズから何か聞いてるはずだろ」

 チーフを任されている誠四郎が、何も知らないはずはない。証拠に顔色が若干変わり、ヘラヘラとした顔が引き締まった。

「リョウちゃんからアフターの件を訊かれた時はちゃんとダメ出ししたよ、僕。本カノじゃないなら止めときな、って」

 でもリコに直接問い掛けられて、

『もちろん本カノならオッケーなんでしょう』

 なんて言われたら。

「リョウちゃんが育て中の客だったとしたら、ノーとは言えないのが僕の立場だ、と思わない?」

 誠四郎の話の筋は通っている。通ってはいるが――。

「てめえの目は節穴か。どう見てもあのオンナ、ショウコのコバンザメで金なんか落としそうにない上に粘着タイプの目ぇしてただろが」

「それを枝として回したのは誰、っつー話だよ」

「……」

「僕の目が節穴だったら、カリヤの目だって同じだよ」

 ぐうの音も出ない。誠四郎の襟を掴んだ腕が、だらりと力なく落ちていった。

「まさか一人で来る度胸を持ち合わせてたとは思わなかったね、確かに」

 そんな彼の慰めの言葉も、現状打破には何の助けにもならなかった。

「ちと軽いイベントかまそうか。手ぇ貸せ」

 少しばかり反則技だが、と前置きしつつ、カリヤは誠四郎にイベントの仔細を耳打ちした。

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