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陰謀 3

 ユズが提示して来たみっつの条件。

 枕は止めた、もうそっち方面の迷惑を掛けないから、また枝を分けること。

 家賃を格安にして欲しいこと。

 そして。

「ユズって呼ばないで下さい」

 最後に提示された条件が、カリヤをかなり不快にした。

「何で。一番どーでもいいことじゃん」

 言いつつふと思い当たる。そういえば、自分もこいつからは源氏名でしか呼ばれたことがなかった。

「ああ、アレか? 自分は一番下っ端だから源氏名でしか呼んだことがないのに、ってか?」

 だったら別にお前だってみんなと同じに店以外では本名で呼べばいいじゃん。

 つまらないことに拘る幼稚さに呆れながらそんな代案を出してみたのは、別に「個として関わるのは勘弁だ」と卑屈な解釈をしたからじゃない……多分。

「いえ、それは別にオレがあんまり周囲に関心がなくて知らなかっただけで。そうじゃなくて、『ユズ』って呼ばれるのが、嫌なんです」

「ユズ」

 ピンと来て、逆に余計苛めてみたくなった。

「……人の話聞い」

「ユズユズユズユズユズみかん」

「……っ、遊ばないで下さいよっ」

「佳奈子にしか呼ばせねえ、ってか」

「!」

 判り易いくらい顔色が変わる。どんだけネックになってるんだ。

 久し振りに、退屈しそうにないおもちゃを見つけた。徹底的に叩き直してやろう。野良キャラのこいつだったら過剰に執着されることもないだろうし、「佳奈子」をこいつから追い出せれば“うらぱら”の計画についても有利な形で引き込める。それに。

「その女にいつまでも拘ってる自分でいるのって、しんどくね?」

 テーブルに肘をついて、ずいと顔を近づける。噛みつくように前のめりで訴えて来たユズの瞳を間近に覗き込んだ。案の定、今にも零れそうなものをギリギリのところで抑えている。ゆらゆらと波に揺れる自分の歪んだ顔がユズの瞳に映っていた。

「……いい人ヅラしても、吐く気なんてないですよ」

 強気な言葉と一緒に、ぽとりと本音のひと粒が零れ落ちた。

「じゃ、仲間に入れてやんねー」

「マジ?」

「嘘」

 待ってやる、という代わりに、落とした頭をくしゃりと撫でた。

「お前は特例だから、特別室を用意してやる。ぜってえ文句言うなよ」

 はい、と袖で目許を拭いながら答えるユズはやっぱり犬っころのように見えた。


 こいつは、どうすべきかもう自分で解っている。そう出来ない何かがこいつを縛っているんだろう。ならば、何も無理矢理聞き出すような無粋な真似など必要ない。

(ま、気にならないと言えば嘘にはなるけど)

 レジで店員に平謝りしながら会計を済ませるユズを眺めつつ、ぼんやりとそんなことを考えていた。




 三ヶ月後。

「……やだ」

 リフォームした部屋を確認させるべく、ユズを“うらぱら”まで呼び出した。見るなり口にしたのが、そのひと言だ。

「何で。ちゃんとキッチンつけてやっただろうが。二部屋ぶち抜きで一人分ってのは全室おんなじだけど、ベッドどかせってのは下の配線の関係ですげえ手間が掛かるんだぞ。その条件も飲んだのに、今更やっぱ止めたとか言わせねえ」

「だったら何で一番最初にあんたの隣って言わないんですか! それなら最初から断ってましたよオレは!」

「じゃ、下のゲイフロアの一室に変更するか? ここなら直通で最上階、っていう安全圏だけど、下はバストイレにスモークなし、キッチンも当然ないし、漏れなく襲われ拉致監禁のリスク付」

「せ、誠四郎さんに守ってもらえば、それでもどうにかやっていけるかな……」

「プラス、スーツ代の立替八十万とリフォーム代金五百万即時返済も追加」

「……横暴だ……」

 勝った。本当は五百万なんてもんじゃない費用が掛かっている。こいつの趣味が料理だなんて誠四郎から聞くまで知らなかった。訊けばキッチンも本当は欲しいというし、聞いたからには当然ながら新たに上水用の配管を屋上まで施した訳で。

 我ながら何故にそこまで高い買い物をしなきゃならないんだと思いつつ、巧いこと誠四郎に乗せられノリと勢いでそこまで突っ走った。そんな自分の行動が、自分自身で解せない。

『そのくらいのリスクの覚悟がなくちゃ、あの子はかなり手堅いよ』

 ヤツはそんな言い方でやんわりと「佳奈子」の内訳を匂わせた。

 正直面白くないと思わないでもないが、ユズは誠四郎には心を開いている。こちらへ駄々漏れとも知らずに。その分こちらの誠四郎に対する言葉は慎重にならざるを得なかったが(こっちの手の内をユズにバラされたら堪ったもんじゃあない)、先手を取れるのはありがたい。賭けにも勝ったことだし、自分の中の不愉快な部分はそれで相殺ということにしておこう。

 そう割り切って、全力でうな垂れているユズの背中を思い切り張り飛ばす。

「ま、いいじゃん。ちゃんとカードキーでプライベートは確保出来るし、ここって壁だけは厚いんだから、部屋で何してても判らんし」

 背中をさすりながら、ほっとした顔で見上げて来るユズをみたら、スペアをこっちで保管していることが言いにくくなった。

「じゃ、拓巳センパイに襲われる心配もないですね」

「お前な……」

 ご要望にお答えしようかと茶化しながら腰へ手を回すと、面白いくらいに白い頬が真っ赤に染まった。

「だっ、だからオレはソッチじゃないってば!」

「ノンケなら、普通は青くなるトコなんだがな」

「ち、ちが……っ、ホントに」

 面白い。素のユズは、いじると本当に面白い。「涼雅」とのギャップが益々激しくなっていく。一度は落ちた成績も、徐々に真っ当な形で持ち直して来ている。こちらのキャラを考慮して、自分でバランスの取れたキャラを作り、それが客の間でも好評になっている。

 ――確かに『癒し系』だとは思うが、本人には口が裂けても言えないな。

 力一杯拘束から逃れようと腕の中でもがくユズに嫌がらせのキスをしながら、自分の癒され方について、そんな風に考えた。

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