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陰謀 1

 不機嫌の理由は挙げればきりがないほどある現状。

 アフター明けでやっと寝ついたところを叩き起こされたこと。呼び出し方が、部屋まで押しかけて来るという有無を言わせぬ形の拉致連行スタイル。しかも連行された先で阿呆のように呆けた口で待っていたのは。

「……誠四郎。俺はお前が(・・・)スーツを選んでくれ、っていうから来たんだがな」

「え。恵斗センパイって誠四郎さんっていうのが本名なんですか」

 これ幸いと慌てて自分から視線を逸らした阿呆の名は久石譲という。中性的な顔立ちに反し、反骨精神旺盛で、過剰に客へ入れ込む様子もない未知数の人材。そういう評価をしていたので、直接手許に置いて教育指導して来たつもりだったのだが。

 半月ほど前、下手をこいた。『そっち』の勘も働いたのでちょっとちょっかいを出してみたら、予想以上の反撃に遭った。それのみならず、うっかり“うらぱら”の存在までゲロってしまった不覚もある。更なる自分の失敗は、ユズに特定の誰かに入れ込む固執的な一面があったのをその時までまったく見抜けないでいたこと。こんな奴では、後々引き抜こうにも使えない。

 誰に拘る弱さもなく、孤立を厭わない強さを持っていると思ったのに。

 見限ってから、まだ半月しか経っていなかった。

「あれ? 僕、昨夜言ってなかったっけ?」

 誠四郎がここへ来るまでの道中で、昨夜ユズと話した内容をべらべらと喋った理由がようやく判った。

「無視ってんじゃねえよ、このセイシ野郎」

 無性にむかつき、セイシ野郎に膝かっくんをかます。こいつはユズを『こっち』に引き込みたくてしょうがないのだろう。その理由までは判らないが。

「ほぅっ! あっぶないなあ、もう」

「ほぅ、じゃねえよ。俺は帰る。ジャリと遊んでる暇はねえ」

 言い放って踵を返す。背後でぼそぼそ小声で言い争う声が聞こえたのだが、そんなもんこっちの知ったことではないとばかりに歩を進めた。

「あの」

 ――すみませんでしたっ!

「……は?」

 思わず足を止め振り返ってしまった。それが今日のカリヤの取った、ふたつめの失敗だった。

「自分もある意味社会から弾き出された立場なのに、すごい偏見でものを言いました。本当にすみませんでした!」

「はぁ?」

 ユズが何を言っているか判らない。

「あの、オレ、もし拓巳センパイを傷つけたんなら前言撤回しますから」

 ただひとつだけ判るのは。

「オレ、センパイが例えゲ」

「黙れこのガキーっ!」

 そこから先をデカい声で言わせるな、ということだけだった。

「ふぉごっ?!」

「すっごい脊髄反射。さすがカリヤ。動き早い」

 余計なことを公道で叫ぶユズを頭ごとねじ伏せ口を封じながら、腹を抱えて爆笑している誠四郎をあとで泣いて謝るまでヤっておこうかとマジで思った。 


 割と色白な肌にナチュラルブラウンの明るい髪の色。鼻筋も通っているし、瞳の色素も日本人の割には薄い方だ。金銭的に余裕がないらしいユズに、髪や瞳の色を変える余裕などないだろう。

 訊けば手持ちのスーツが全部で三着しかないらしい。既成の安物ばかりで支配人に難癖つけられたとのこと。そりゃそうだろう。そんなもん、上客ほど気がつくものだ。間近で見たことがないので自分自身も気づいていなかったのはこの際棚に上げておこう。

 そんな説教をかましながら、カリヤがユズの風貌を考慮して選んだスーツは、濃い紫とダークグリーン、もう一着はヴィヴィットな赤。それに合わせて十枚ほど色シャツとタイを合わせて購入する。不足分は、家にある着なくなったお古を譲ることで話をつけた。

「……す、すみません……。必ず返しますから」

 一変したユズの態度が気持ち悪い。

「何でホストのバイトをしてて貯金がゼロなんだよ。信じらんね」

 店員がカード決済の処理をしている間、カリヤは彼にそんな説教をかましていた。

「……すみません」

 ――ちくん。

 刹那走った痛みに疑問符が飛ぶ。

(……コイツ誰だよ一体)

 ユズの皮を被った別人のようだ。こんな耳垂れた仔犬みたいな態度は、気色悪い以外の何者でもない。

「やめろ気色悪い。キャンキャン吠えてた涼雅さまはどこ行った」

 腹立たしいのでユズの頭をバスケットボールよろしくガッツリ掴んでにぎにぎする。

「い、痛いっす! ってか、ゴメンナサイってば」

「だからてめえは気色悪いっての! 反抗しないのかよ反抗を!」

 こいつはもしかしてケーカイしてるんだろうか。下手(したて)の態度が妙にカリヤを苛つかせた。

「だーからぁ。カリヤ、もう機嫌直してやんなさいな」

 誠四郎がまたユズの肩を持つのにもむかついた。

「ほら、リョウちゃんも謝ってばっかじゃ話が全然進まないでしょう。ちゃんと改めて話しなさいね」

 そう言ってぽんと彼の背を押す。この野郎はこっちが妥協するまで自分を解放する気がないらしい。

「――さっさとテキトーな店探して来いや。奥の席を確保して来い」

「は、はい!」

 ……犬っころか、あいつは。

 ユズは、投げられたフリスビーを追うプードルのように、通りの向こうへ駆け出していった。

「誠四郎。てめえあいつに何を吹き込んだ」

 顔を見ないまま誠四郎にもう一度訊く。ユズと違い、内の内まで知り尽くしている彼は、臆することなく

「さぁ? リョウちゃんに直接訊いてみたら?」

 とだけ言って、意味ありげな笑い声をくぐもらせた。その音が止むと、静かな声で、呟いた。

「カリヤの勘ね、外れてないと思うよ、僕は」

 自覚のない子を育てるのは大変だよ、と忠告された。

「ハズレだろ。寝言で女の名前呼ぶほどの健全ノンケくんは要らねーし」

「聞いたよ。あの子、性的嗜好を馬鹿にしたことであんたが怒ってるのと勘違いしてた。ダメ押しみたいにノンケアピールしちゃった、って」

 誠四郎の話を聞いている内にむかつきが増して来る。内ポケットからケースを取り出し、煙草を二本取り出した。

「何であいつ、お前には何でも喋るんだろな」

 彼へ翳したライターを手許に戻し、自分のそれにも火を点す。

「そこだよ、そこ。あの子は基本、こっちの世界に抵抗ないよ」

「ごほっ」

 燻らした紫煙に思い切りむせた。

「え、お前もしかし」

「食べてない食べてない。大体僕、彼氏ひと筋だもん」

 誰があの人を紹介してくれたんだよ、と哀れむ微笑を向けられても。

「……まあ、いいや。そいつは」

「まだ気にしてんの? こっち自身は全然過去話になってるのに」

 苦いものを紫煙とともに燻らせる。誠四郎とは、適切な距離を取れずに酷い言葉で傷つけた。

「僕、惚れ込んだら確かに粘着だもんねえ。独り占めしないと気が済まない。カリヤには重かっただろうな、って今は納得してるし、あんたもいい加減水に流しちゃいなよ」

 気づけば煙草の残りもごくわずかになっていた。

「クソチビ、遅えな」

「ホント、待ち切れない。ってなことで、僕帰るから、あとよろしくー」

「何?!」

 取ろうとした腕を、あと一歩で掴み損ねる。カリヤの腕が、すか、と見事に空振った。

「ちょ、おま、待」

 誠四郎の向かった先の向こうから、小走りして来るユズが見える。二人が二、三言葉を交わしている。ちらりとユズがこちらを見遣ると、誠四郎へ昏々と何かを説いていた。

 ――あの野郎、この俺さまをはめやがった。

 不愉快この上ないこの状況。とぼとぼと肩を落としてこちらへ向かって来るユズに、八つ当たりしてやろうと心に決めた。

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