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Are you ready for the heart?

 春。ユズはこの頃になって、ようやく魚澄の親父さんから競りに行くのを任せてもらえるようになっていた。キンメダイやメバルの季節が過ぎ、今の旬はアジ、カジキなど。漁業長は容赦がないから、最近魚澄はグルメ雑誌に紹介されてグルメ観光で訪れる客も増えたんだから、と結構高値の設定で競り始めるようになった。

「そりゃね、きっと東京卸で買えばこのくらいするんだろうけどさ」

 軽トラックを転がしながら、ひとりブツブツ文句を垂れる。仕事に関しては父も敵、と言えば敵だ。予算よりも幾分か足の出る結果に終わった競りに、軽い自己嫌悪を覚えていた。

 今日は競りに行ったら上がりでいい、と言われた。冬場は休みなしで働いてくれたことだし、いい天気だし。それに何よりもうそろそろ上京の準備も始めないといけないでしょう。親子四人水入らずで花見にでも行っておいで、なんておばさんが機転を働かせてくれたのだ。佳奈子があの家に帰って来たのを機に、ユズが父の家を出て独り暮らしを始めてからもうすぐ二ヶ月が経とうとしている、暖かな朝だった。

 魚澄へ戻る途中、数少ない信号機の赤を見て車を停める。うしろについたのは、こんな早朝に珍しいことだが、都市部によく走っている会社名を冠にしたタクシーだった。

(観光にしちゃ早過ぎね?)

 物好きもいたもんだな、とバッグミラーから視線を外してくすりと笑う。今日も魚澄は忙しくなりそうだ。本当に休んで大丈夫なのかな、なんて。どうでもいい節介を考えていた。

 ポケットから煙草を取り出す。カリヤが好んでいたマルボロのライト。火をともして深く煙を吸い込んでは吐き出す。最初は形ばかりの「なんちゃって喫煙者」だったのに、今では完全に愛煙家と化していた。

「さすがに、諦めるか」

 くすりとまた笑いが漏れる。今度は自分自身への自嘲だった。

 資格と実務経験を携えて。そして自分で魚澄のホームページも作ってコーディネートの実績も解りやすくした上で、誠四郎が経営しているParanoiaへ赴いたのが先月。

『リョウちゃん! すっかり男前になったじゃないの!』

 支配人としての立場を忘れていきなりハグをして来た誠四郎は、以前よりもおねえマン度が上がっていた。

 カリヤとは一年近く連絡を取っていない、というより掴まらないと言っていた。

『全権委ねられているから、僕のサインで即採用のオッケーは出せるんだけど、個人的にカリヤのことが心配でね』

 カリヤの祖母がいよいよという感じだ、と言うのが最後に誠四郎の聞いたカリヤの声らしい。

『あいつも思い込んだら結構引きずる人だからさ。おばあさまも一緒に暮らすようになってからそれを知ったんじゃないかな。五年も闘病なんて、ご高齢じゃあすごい頑張りだったと思うよ』

 きっと自分の話題は出る余裕などなかったのだろう。誠四郎から、それらしいことはひとつも語られなかった。

 我がままだとは思うけれど。カリヤにとっての自分は、自分がカリヤを思うほどのものじゃないんだな、なんて思った。父親とぎくしゃくしていた時も、恵那のことで頭を悩ませていた時も、佳奈子のことで心穏やかではなかった時期も。どんな時でも、カリヤは自分の中にいたのに、カリヤの中に、自分はいないんだ、もう。そう思った途端ユズの中で色褪せたもの。

『譲君、過去なんか見ないで、前を見て歩きなさい。悠貴にそれを教えてくれた君なんだから、君自身にもそれが出来るはずよ』

 カヲル子が言ってくれた、その言葉が、急に遠い過去の戯言の響きに変わった。

 前を見て歩んで来たつもりだったのに。結局過去に縋って、無駄に五年を過ごしていたのかも知れない。

「いや、そんなことないか。手に職をつけられたんだし」

 それに、誠四郎からその話を聞いたあとも、うらぱらの空気の心地よさは変わらなかった。帰る場所はカリヤではなかったのかも知れないけれど、うらぱらだったのは間違いない。

 信号が青に変わるとユズは煙草を揉み消し、アクセルを踏み込んで目的地へ軽トラックを走らせた。バックミラーに映るタクシーが、左折するのを見とめ、ユズも魚澄のある方向へ右折した。


 予算をちょっぴり上回ったけれど、色艶のいい食材には相応の値段だと魚澄の親父さんは言ってくれた。

「田舎田舎と思ってたけど、この頃チェーン店も入って来たからな。年々値が上がっていくのはしょうがねえ、ってこった」

 手早く食材を仕込みながら、親父さんは愚痴とも苦言とも取れる繰り言を零した。回転寿司の大型チェーン店の進出や、交通の便がよくなったお陰で都市部から買いつけに来る業者が増えているらしい。昔ほど情でやり取りすることも難しくなって来たそうだ。昔はよかった、という親父さんの愚痴に苦笑を返すことしか出来ない自分がいた。

「仕込まで手伝っていきますよ」

「あ? ああ、構わねえよ。恵那ちゃんとあいつが待ってるんじゃねえのかい」

 あいつ、とは佳奈子のことだ。父の留守中に恵那を預かる恰好で一番迷惑を掛けた魚澄の夫妻が、なかなか佳奈子を受け容れられないのは解るのだけれど。

「オレなんかいない方がいいんですよ、本当は。失くした時間を取り戻そうと必死ですから、彼女は」

 帰って来ても仕事も探さず、相変わらず父の収入を当てにしていると厳しい批判を繰り返す親父さんに、ユズはやはり相変わらずなフォローを返す。親父さんの憤りと同じくらい、佳奈子の気持ちも痛いほどよく解った。

 居場所が、ない。そんな取り残され感は相変わらずで。だからこの感情が逃げなのか前向きなのか解らない。ただとにかく早く東京へ戻りたかった。少なくてもここよりは、居心地がよい。

「いてっ」

「あ、馬鹿野郎。何ぼぉっとしてんだよ」

 心ここにあらずの状態で包丁を握った所為で罰が当たった。折角の魚なのに、ユズの指先から滴る血の雫が汚してしまった。

「すみません」

「もういいから上がんな。ご苦労さん」

 もう一度口にした「すみません」は、魚を汚してダメにしたことに対してではなく、巧く町民と佳奈子との間を取り持てない自分の不甲斐なさを思っての謝罪の言葉だった。




 実家に向かってとぼとぼと歩く。距離にして徒歩十五分程度の近い距離。なのにすごく遠く感じる。向ける脚の重さの所為かも知れないと思いながら、ゆっくりと一歩、また一歩と家路を踏みしめる。

 滅多にとおらないタクシーがすれ違っていった。こんな田舎道を飛ばし過ぎだ、と心の中で毒を吐きながらも、いつものように振り返って文句を言う気力はなかった。だが、嫌でも振り返らざるを得なくなったのは、いきなり耳障りな急ブレーキの音が響いた所為だ。事故かと思って思わず顔を上げて振り返った。そして怒りは頂点に達した。事故なんかではなく、道のど真ん中で停まったかと思うと、いきなり後部座席のドアが開いたのだ。観光客の中にはこんなわがままなヤツもいる。そういう奴に限って、人のアンモラルにうるさかったりするのがセオリーだ。もう少し時間が遅ければ、そして日曜でなければ、この時間は通学時間になっている。もし通学中の子供がいたら。そう考えたら無性にむかついた。

「おい」

 後ろへ戻る歩調がいきり立っている。やり場のない怒りを誰にぶつけるつもりでいるかも解らないまま、ユズはタクシーへ近づいていった。が、次の瞬間、踏み出す一歩が空中で停まった。

「てっめぇ、勝手に居場所を変えやがって」

 深紅のスーツに藤色のシャツ、あまりにも目立つのはその恰好だけではなく。黄金の髪を春の陽射しが照らし、太陽そのものみたいに輝いていた。相変わらず派手で不遜な態度を貫き、唯我独尊を絵に描いたようなヤツが、ここにいるはずのないヤツが、タクシーをそのまま帰らせていた。

 宙に浮いていた足がアスファルトの道を思い切り蹴る。気づけば走り出していた。

「うーっす。相変わらず泣き虫じゃねえか、クソユズ」

 そんな憎まれ口を叩くヤツの口角が嫌みったらしく上がっていくのを、ぼやけた視界の中で見とめる。勝手だな、と心のどこかで思っている自分がいる。ついさっきまで、タクシーにわがままを言ったであろう乗客に対して滅茶苦茶腹を立てていたはずなのに。

「カリヤっ」

 歯痒くなって、ジャンプする。カリヤが両手を思い切り広げてくれていたから。

「あだっ、てめえ、手加減しろっつの!」

 ふたり一緒に転んだ所為で、出会い頭早々叱られた。

「カリヤ、カリヤ、カリヤ……カリヤ……っ」

「オウムかてめえは」

 耳許で聞こえる声は夢ではない、と、彼の吐息で揺れる自分の髪が、そっと頬を撫でて教えてくれる。

 忘れられていると思っていた。どうでもいい存在なんだと思っていた。帰る場所がなくなったと思っていた。

「あっちでの役目を終えたし、元の居場所へ帰って来た」

 ただいま、という声が、甘い気持ちにさせる。それはおかしいんじゃないかと霞んでいく理性が訴えている気もしたけれど。そんな霞を軽く吹き飛ばすほどのシンクロが、ユズをいつになく素直にさせた。

「あんた、ここなんか一度しか来たことないじゃんか」

「ばーか。誰がホッカイドーっつったよ」

 少し強い力でカリヤの首へしがみついた腕を引き剥がされる。途端、また不安が押し寄せる。ウザいと思われたとしたらどうしよう、そんな種類のヘンな不安。

「あーぁ、折角ストイックを貫いてたのに」

 俯いた先から覗き込むブルーグレーの瞳に吸い込まれた。

「やっぱ俺の勘って鈍ってないじゃんよ」

 あっさり片手で手の自由を奪われたのは、きっと、絶対体格差の所為であって、自分の意思ではない、と思いたい。そう思ったのは随分あとのことで、その場はただ頭の中が真っ白になった。




 取り敢えず駅まで歩いてタクシーを拾い、車内から佳奈子の携帯へメールを入れる。件名は「父ちゃんには内緒」という文字を入れ。

『なんか突然、カリヤが来て拉致られてしまいました。お花見は三人で先に行っててください』

 打ち込んでいる横からアホなゴールデンレトリーバーが覗き込んで来る。

「人聞きわりいなあ。拉致ってねえだろ」

「公道で襲い掛けたのは誰ですか!」

 力んだ勢いで、そのまま送信ボタンを押してしまった。

「あ、待ち合わせ時間」

「お。何、ドタキャン決定?」

 ニヤリとしたのはきっと確信犯だからだ。携帯電話を奪い取られ、電源を勝手に落とされた。

「居場所を変えやがって、っつっただろうが。佳奈子や親父さんにはとっくに根回しが済んでるっつうの」

「な……んだと……っ」

 何て言ったんだと聞いたら、やっぱり「拉致って行きます」と馬鹿なことを言ったらしい。

「父ちゃん、よく黙ってたな」

「黙ってる訳ねえじゃんよ。すげえこと言われて来たぞ、俺」

『何が悲しくて譲のことで嫁に出す父親気分にさせられなきゃならねえんだ、この変態ホモ野郎』

「……それは、ひどい」

 心の底から思ったままを口にする。

「だろ? ゲイに対する差別だよな、サベツ」

「オレ、父ちゃんにまでガチホモとか思われてたんだ」

「そこかよっ!」

 前の席から咳払いが聞こえ、それがユズに必死な言い訳を語らせた。

「や、あの、コイツのこれはどぎつい冗談って言うヤツで、だからせんちゃん、噂をばら撒かないでっ」

 地元タクシーの運転手は、魚澄の常連客だったりもした。だから地元でカリヤと逢うのは絶対に嫌だったのに。諦めをつけてから、油断した。誠四郎から採用の知らせを受けた時、厚かましいと思って念を押さなかったことを今頃悔やんでも遅かった。

「ユズル、今更言ってもアレなんだけど」

 せんちゃんの愛称で知られる運転手は、バックミラー越しにちらりとこちらを見遣ってぽつりと言った。

「この人って、随分昔に久石のおやっさんとドンパチした人でしょう。そん時もうカミングアウトしてるから。噂を知らぬは本人のみ、っつうか」

 ……つまり、そういうこと……。

「し、知らずにオレは五年も恥を……」

 タクシーの中に、ユズの叫びがこだまする。カリヤの爆笑に腹が立つ。やっと解った。やたら父がカリヤを執拗に目の仇にしていた理由。その癖保険証や金を預けてしまうような、信頼という矛盾した感情を見せた理由。

「全部ばれてんじゃねえかチクショー!」

 叫ぶユズにはお構いなしで、タクシーはユズの住まうアパートの前でふたりを無情に吐き出した。

 財布を懐に納めて妖しげに見下ろすブルーグレーが、意味ありげに緩い弧を描いた。

「Are you ready for the heart?」

「えっと、それはどういう意味で」

 嫌な汗がこめかみを伝う。確か今日の訪問理由はうらぱらへの転入手続きに関する書類のことと、フードコーディネーターだけで給料なんか払えるか馬鹿野郎みたいなことを言っていて、話し合う必要があるとか言っていた気が。

「そりゃもう、いろんな意味で」

 玄関の鍵がガチャリと開錠を知らせる。異様に響くその音が、ユズの耳には早まったんじゃないかという警鐘に聞こえた。

「自覚がねえなら自覚させてやるのも愛情ってもんだよなー」

 機嫌よさげに言われても、言っている内容がすごく、怖い。

「ちょ、カリヤ、待っ」

「死ぬほど待った。もう限界」

 部屋に押し込められて、後ろ手で鍵を掛けられる。部屋は逃げ場の少ない六畳一間。絶体絶命ってこのことを言うんだ、と痛い意味で実感した。

「う、あーっ、ちょ、待てって」

 オレはノンケだ、ゲイじゃない。そんな言葉も未知なる経験の前ではものの見事に溶かされた。

 その後もその感覚に変わりはないけれど、ひとつだけ特例が加わった。

『オレはノンケだ、ゲイじゃない。カリヤがたまたま男だったというだけで』

 そう言ったら、笑われた。笑って、また、愛された。




 新宿・歌舞伎町二丁目界隈。クラブ『Paranoia』。カリヤの帰還、ユズの参画以来、客層が随分と変わっていた。変わった、というよりも。

「随分と増えたよね」

 男女比率は半々くらい。顧客名簿を見ながらユズがそんな感想を口にした。

「大箱にしたしね。看板から『ホスト』を抜いて、表にメニューも男女ともに出したし、これまでのタブーを片っ端からやっちゃってるんだから、物珍しさに来る一見さんが嵌るってパターンが多い感じだね」

 誠四郎がくつくつと笑う。リョウちゃんにそういう才覚があるとは思わなかった、と。

「だって男目当てで来る男だっているだろうし、その逆もまた然り、でしょ。性差で分けるのがおかしいんですよ」

「まさかリョウちゃんからその台詞が出るとは夢にも思わなかったよ、ホントに」

 今だから言うけれど、と笑いながら話す。カリヤには、ユズを開花させるのは苦労するよと忠告しておいたのだ、と。

「いっ?! それ、いつの話っすか」

「あんたがここに勤め出してから半年後、くらい、かな? ほら、スーツを買ってもらった、あの頃」

「そんな昔から……。一番の策士は恵斗先輩ですね」

 誠四郎を見据える目が自然と細まり半目になる。

「あ、ほら、イベントたーいむっ、いってらっしゃいっ」

 強引に背中を押され、控え室を追い出された。

「レディース、アーンド、ジェントルメン! おー待たせしました、新生Paranoia二周年記念イベント」

 後ろからぐい、と腕を掴まれステージの方へと引っ張られる。

「カ……拓巳先輩」

「ギリちょんセーフ。間に合った」

 ほかの店舗の視察から戻ったカリヤの息は、軽く上がっていた。

 スポットライトがふたりを照らす。揃えた瑠璃色のスーツの中に着たシャツは、カリヤが臙脂で、ユズは空色。

「今日のアナタは燃えるような赤、それとも癒しの青? 本日のサバイバルサドンデスシャンパンコールで一位を勝ち取ったお客さまには、拓巳、涼雅お好みのスペシャルプレイヤーご指名権をプレゼント! 勿論指名料はノープロブレム! 心とクレジットの準備はオッケー?」

 大袈裟な盛り上げトークに笑いがこみ上げる。妙な高揚が心地よい。黄色い声も、野太い歓声も、人の活気を感じて気持ちいい。飛び交うシャンパンコールに、久住や新米ホスト達が忙しく動き回る。軽く仕切った隣のフロアからも、ホステス達がヘルプの手を差し伸べてくれる。

 一気に入った三本の最上級クラスのドン・ペリ。それを持って脚立に昇る。

「はい、二本は拓巳先輩だって」

「ちっ、てめえにも入りやがったのか」

 積み上げられたシャンパンタワーへドン・ペリを注ぐ。ミラーボールの光を反射して、それがキラキラと瞬き出す。それはまるで、夜のパラダイス。昼の顔が表であれば、夜の顔が裏の自分。裏でも輝ける顔でいられるのなら、マイノリティでもいいじゃないか。嫌なこと、苦しいこと、つらいこと、全部ここで吐き出して。乱痴気騒ぎで破目を外して、そしてまた明日の昼を頑張ればいい。

 そんな憩いの空間。密やかに息づくパラダイス。それはここで過ごすプレイヤーにとっても同じ。お客が元気を養っていく顔を見て、自分達プレイヤーも癒される。隠すことなく臆することなく、素の自分をさらけ出せる場所になれば。

「あ。あそこ。どさくさに紛れてキスしてる」

「あ? ああ、客同士だから、いいんじゃね? っつうか、余所見してっとグラス崩壊だぜ」

 自分でそう言っておきながら、カリヤもぐるりと周囲を見渡した。

「ここって特等席だよな。トップを張れなきゃ、こんな景色は拝めない」

 カリヤに言われて、改めてこの位置の特別さを考える。狭い脚立のてっぺんで、ぴったりと身体をくっつけてシャンパンを注ぐ。シャンパンタワーのすべてのグラスにシャンパンが入ると室内が真っ暗になり、七色のライトがタワーだけを浮かび上がらせた。

「うん、特等席。誰にも譲りたくないね、当分」

 皆の視線がスポットライトに照らされた部分に注目しているのを確認すると、ユズはボトルから手を離してカリヤの顔を引き寄せた。

「う」

 ガシャガシャと派手な破壊音。ユズの落としたボトルがタワーを壊す。

「おっまえ、釣られて欲情してんじゃねえよ」

「あっは。サイコー」

 偏った常識なんかクソ食らえ。そんな気分でわざとグラスを割った。

 ハイテンションが、妙に場を盛り上げる。割れるグラスに歓声の渦が場内を満たす。「あ~ぁ、リョウちゃん、やっちゃったよ」とオーバーに落胆するMCの声。いそいそと片づける久住にはちょっとだけゴメンと思ったけれど。もうちょっとだけ、みんなの視線を逸らしたいから。

「あとで死ぬほど仕返ししてやる」

 そう言いながら、もっと濃いキスを返して来るカリヤと、もう少しこうしていたかった。

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