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Love Dogfight 4

 あちこちで高らかに響くドン・ペリコール。ひとところに席を落ち着ける間もないまま店内の各ブースを漂うスペシャルプレイヤーコンビ。

「――って感じよねえ、涼雅クン」

 今ではカリヤの上客ではなくシュウの上客になっているショウコにそう言って笑われた。顎で軽くしゃくられるだけで何を所望かカリヤのヘルプをしていたユズでさえも判る。そのくらい彼女はカリヤを贔屓にしていたはずなのに。

「ショウコさんは、さばさばしてますね。ああいう誰にでもいい顔をするヤツを黙認出来るタイプとは思ってなかったんで、意外でした」

 賛美とも皮肉とも受け取れる言葉を、作ったロックと一緒に彼女へ差し出した。

「だってあれは仕事でしょ。君みたいに水面下でヒドイことしている訳じゃあないし」

 遠回しにリコの件を持ち出されて言葉に詰まる。

「とか言いながらショウコってば本当はリョウちゃんに感謝してた癖に。リコの性格を解ったつもりでとんでもない遊びを教えちゃった、って拓ちゃんに相談したのは誰だっけ」

 シュウがそんな形で合いの手を入れる。受けたショウコの眉根を寄せた表情は、どこかカリヤが照れ隠しに怒った時のそれと似ている気がした。

「……リコさん、田舎で元気にやっているんですか」

「あー、もう、そういう湿っぽい話は好きじゃないの。もっと明るい話題でいきましょうよ。って、そもそもシュウが変な食いつき方して来るから悪いんじゃない」

「え~、また僕の所為なのかあ? なーんでみんなリョウちゃんにはこう甘いんだろうな」

 二人の明るいテンポに何となく巻き込まれて口角が次第に上がる。ドン・ペリコールが少し収まった十数分間、三人の中で盛り上がった話は「ショウコを如何にParanoiaへ呼び戻すか」「戻して堪るか」という半分ガチな争奪戦ネタだった。

「一度リセットされるんだから、次にParanoiaへ来た時にはボクを指名してくださいね」

「そうねえ。拓巳には不動のカヲル子さんがいるしね」

 かぃん。

「ん? リョウちゃん、どったの?」

「え?」

「今、一瞬目がイってたわよ」

「……ショウコさんにとってまだボクが拓巳センパイより位置づけが低いまんま、ってのがあからさま過ぎてショックだったんですよ」

 カヲル子という名前に過剰反応しただなんて、絶対口が避けても言うもんか。そう思えば、取り繕う嘘もすべらかに流れ出た。




 内勤のボーイがユズ達のブースへ近づきシュウへそっと耳打ちをする。その瞬間、シュウの表情がユズに初めて見せる鋭い瞳に変わった。

「……りょーかいっす」

 何が了解なんだろう。そう思いつつも出向ホストの立場で訊いてはいけないことかも知れないと思うと、持て余した手が何となく新たな一杯を作っていた。

「はあ、とうとう来ちゃったか。涼雅君、それ、ストレートにして」

 結局今日は拓巳と話せないまま帰るのね、という言葉が気になった。

「じゃ、ショウコ、またあとでねっ。僕ちょっとスペシャルな人を迎えに行って来るー」

 客とホストという間柄よりも、もう少しだけ近しいフランクな関係。でも疚しい意味ではない――言ってみれば友人に近い関係ということが、二人の交わす視線のやり取りで見て取れた。

 シュウが消えて二人だけになると、彼女は不可思議な目でユズを見て苦笑した。

「あんなおばさんのどこがいいんだろね。男の人ってホントわかんない」

 それだけ言うと、彼女はさっきまでとは違う勢いで一気にストレートのウィスキーをあおった。空のグラスをユズに差し出したかと思うと

「涼雅とも今日で最後ね、きっと」

 と意味不明なことを口にされた。

「えっと、どういう意味ですか?」

「君もきっとカヲル子さんに取られちゃうんだ、ってこと」

 お替わりを作っていた手がつい止まる。

「今のボクは、ショウコさんが知っている頃よりは無節操じゃあなくなりましたよ」

 慣れた営業スマイルで彼女を真っ直ぐ見つめ返せば、そこで合ったのは彼女の嫉妬ではなく、自分を哀れむ寂しげな視線だった。

「君がどうこうじゃないの。カヲル子さんに、私達が及ばないってこと」

 その意味が、解らない。何が違うのか教えて、なんて絡まれても解らない。

「ショウコさん、本当は拓巳センパイのこと、本気で」

「そんなわけないでしょ。何でこの私がホストなんかに本気で入れ込まなきゃならないのよ」

 ひったくるようにウィスキーを注ぎ終えたグラスを受け取り、また一気にあおり出す。こんなショウコを見たのは初めてだった。

 重苦しい空気がねっとりとまとわりつく。

「……なんか、辛気臭い話になっちゃいましたねー。景気づけにボクも一杯いただいていい?」

 敢えて砕けた口調で問い掛けてみる。

「いいわよー。でも、全部シュウの成績になるから、もうドン・ペリは入れてやんないわよ」

「あ、それ思い切り賛成です。普通のワインが好きなんです、ボク本当は」

 ショウコの顔がぱぁっと明るくなった。

「あ、ホント? 私もそうなの。ここはワインの種類が少ないんだもの」

「確かに。ねえ、ホントにParanoiaに戻っておいでよ」

「考えとくわ。それよりっ。今度お気に入りのワイナリーへ連れてってあげる、どう?」

「プライベートで?」

「そそ。おトモダチとしてね」

「ちぇ。落とすの難しそうだね、ショウコさんは」

「年下に興味はないのっ」

「ショウコさんが早く生まれ過ぎたのが悪いんですよ」

 何だろう、この気持ち。ショウコが無理してでも笑ってくれていれば、自分も何だかそれに慰められていく気分になった。


 ――カヲル子さんには及ばない――。


 ショウコのその言葉に囚われる。

 勝気な彼女が白旗を揚げてしまうような人。

 シュウの瞳を野心の色に染め替えるような人。

 カリヤの本命と周囲が暗黙の了解で認めているような――“女”の人。


 気づけばユズの飲むピッチも上がっていた。

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