Love Dogfight 2
この頃、カリヤの様子がどうもおかしい。
(何か、こっちの動揺を誘ってる気がする……)
それはもう、あからさまに。前々からおもちゃ扱いされている、という不快感を抱いてはいるが、今までにない悪意というか、あまり認めたくはないけれど。
「あのね、センパイ。何度も言ってますけど、オレ、ソッチの気はぜんっぜんないですからねっ」
まるでこっちがカリヤに何かしら含みのあるものを抱いているという前提で、妬きもちを妬かせようとか、そういう変なことを考えているように見えないでもなかった。というよりも、そうとしか受け取れない。
「真逆に聞こえるな。ユズっこ丸出し口調だし」
「そっちの名前で呼ばないでくださいよっ! ここだって職場の延長みたいなもんでしょう」
「だって今、『オレ』っつったじゃんよ」
「う……ぁ、それは、センパイが変なこと言ったから動揺した所為で」
「ソッチの気がないんだったら、いちいちうろたえる方がおかしくね?」
「う……」
一を言えば五十の勢いで言い返して来てはニヤリとする。『うらぱら』の中でのカリヤとは真反対のベクトルで、外での『拓巳センパイ』の涼雅いじりは益々過激になっていた。その落差についていけない自分の小ささに臍を噛む。
「だからね、砂吐きますってば! いくら冗談でも勘弁」
言い掛けたユズの怒声は、突然鳴り響いた派手なBGMで掻き消され、カリヤの耳に届くことはなかった。
ここはクラブ『Princess la Mu』。我が拠点『Paranoia』と売上のしのぎを削るライバル店。
(……って認識してたんだけど。何でだ?)
カリヤとユズは、この店の五周年イベントのヘルプ要員として駈り出されていた。
BGMから数秒遅れてスポットライトがこちらを照らす。
『ブログでの予告どおりー!! クラブ「Paranoia」の二大ホスト、拓巳と涼雅がゲストプレイヤーとして皆さんに会いに来たっすよ!』
そんなアナウンスの直後に湧いた歓声と拍手が、条件反射でユズに笑みを零させ、また視線をフロアへ戻らせる。何とも切ない職業病。顔の広いカリヤはともかく、何で自分まで折角のオフ日にこんな役回りをさせられなくちゃならないんだ。
(あとで徹底的に交渉して、スーツ代の借金を半値に減額させてやろう)
優しい面差しの笑顔の向こう、心の奥底ではそんな黒い打算が渦巻いていた。
ここへ来ることになってしまったのは、この店のナンバーワンホスト、『シュウ』に借りを作ってしまった所為だ。先にやらかしてしまったリコの一件で、もしユズがカリヤに勝っていたら、次のバクダン撤去作戦ということでシュウに協力を頼んであったらしい。いくらカリヤの頼みとは言え、会ったこともない自分の為にひと肌脱ごうとしてくれたことに対する礼を兼ねた誠意を見せねばなるまいと思って引き受けたヘルプだったが。
(この店、『Paranoia』よりも男性客の率が高過ぎる……)
『うらぱら』の存在を知った今のユズにとって、ホストクラブと銘打ちながら、メンズの方が多い理由を今更何故と疑問に思うことはなかった。何と言ってもカリヤがああだし、それと気の合うらしいシュウがそこまでしてくれる理由を考えれば、自ずとある程度の予測がつく。
(ヤダよオレ……ゲイの相手なんかどうしていいかわかんない)
どうか女性客の相手だけで済みますように――。
きらめくミラーボールが、ユズの瞳の潤みを妙に際立たせてくるくると回っていた。
「リョウちゃんは、拓ちゃんと一緒にコッチこっち」
イベント開催の雄叫びが終わり、乱痴気騒ぎが始まる前。スポットライトが自分達から外れたと同時に、そんな掛け声と一緒に右腕を引っ張られた。
「あ?」
ユズの腕を取った主は、一瞬ユズをどきりとさせる、性別不詳の幼い面差しをした、癖毛の可愛い……。
「やぁっとお目にかかれたねえ。初めまして。僕、シュウって言います」
「お……とこ……っすか……」
ショッキングピンクのスーツがこんなに似合う男なんて今までに見たことがない。身長もユズとそう変わりないか下手をすればもう少し小さい。一七〇センチあるかないか、と言ったところか。
隣り合うカリヤと見比べながらそんな分析とともに、二人の関係についての憶測が脳裏を過ぎった。
「あ。今リョウちゃん、僕と拓ちゃんってどんな関係なんだろう、って思ったでしょ」
天使のような幼い笑顔が、ユズにはものすごい小悪魔の微笑に見えた。
「え、いや別にそんなこと」
どんなというよりそんな、というはっきりとした憶測が浮かんでしまったことまで見抜いているよと言いたげな微笑。カリヤと気が合うだけあって、かなり癖のありそうなキャラだ。つい生唾を飲み込み顔をしかめたら、既にこれ以上寄せられないほど眉間に皺が寄っていたことにその時初めて気がついた。
「ま、その辺も含めて今日のお仕事説明するね」
そう笑い掛けるシュウの隣で、仏頂面が二人を見下ろす形で補足した。
「いつまでもここにいたら全テーブル回る破目に遭うぞ。とりま控えに入るから、その不細工なツラをどうにかしろよ」
何だか、すごく息が合っている。互いに一を言えば十を理解しているように。ライバル店のナンバーワン同士なのに。
「不細工は生まれつきです。いちいち喧嘩を売らないでくださいよ」
「あっは。リョウちゃんって可愛いねー」
ファニーフェイスに可愛いなんて言われても嬉しくない。そもそも男に可愛いって言葉は侮辱であっても誉め言葉なんかじゃない。
――これがカリヤだったら言い返せるのに。
二度と消えなくなりそうなほど深い皺を寄せたまま、無言を決め込むカリヤに目を遣った。
全然フォローをしてくれない。そんな恨みをこめて落ちた前髪の隙間から覗くカリヤの目を睨み上げる。
「何かヘルプに来たのに馬鹿にされてるんっすけど、ボク」
「文句があるならシュウに直接言えよ」
かったるそうに前髪を掻きあげながら見下ろす視線はどこまでも冷たく、『涼雅の教育係』という肩書きを取り外していた。
(ホストを辞めろ、って、あれ、本気で言ってたってことなのかな)
自分から逸らした視線は、まるでカリヤから逃げたようだ。そうやって、自分から逃げる形をカリヤから取らされている気分になる。
“見捨てられた――?”
そのセンテンスが過ぎった瞬間、ユズははたと我に返った。
「またそうやってすぐ人を動揺させようってからかうんですね。何を企んでるんですか」
危ない。うっかりその手に乗るところだった。
「……ばっかじゃねーの。勝手に被害妄想に浸っておけや」
大仰な溜息と一緒に吐き出されたカリヤの言葉を、ユズは図星だと暗に白旗を揚げたのだろうと解釈した。
二人の間で意味ありげににやついているシュウのことを、何となく好きになれないという予感も抱いていた。