不器用な刺繍と、沈黙の重圧
カイルさんが北の果てに飛ばされてからというもの、屋敷の空気は常にマイナス四十度くらいに冷え切っている気がした。
(……私のせいだわ。私が余計なことをしたから、閣下をあんなに怒らせてしまったんだわ)
このままでは、ベルトラン伯爵家まで連帯責任を負わされるかもしれない。
私は居ても立ってもいられず、自分にできる最大限の「誠意」を示すことにした。
それは、慣れない手つきで一生懸命に刺した、一枚のハンカチ。
角には、閣下の瞳と同じ色の糸で、アスラン家の紋章である「盾と剣」を……というか、私の技術不足で、なんだか「折れた棒と丸まった何かの塊」に見える刺繍を添えて。
「……こんなもの、ゴミだと思われて捨てられちゃうかもしれない。でも、何もしないよりは……」
私は震える手でそのハンカチを握りしめ、執務室へと向かった。
扉を叩くと、中から地響きのような「入れ」という声が響く。
入室すると、アルフレッド閣下は山のような書類を前に、鬼のような形相で羽ペンを走らせていた。
「……何だ。また、あの男を呼び戻せという嘆願か?」
その声があまりに冷たくて、私は危うくハンカチを落としそうになった。
違う、違うんです。私はただ、許しを請いに来ただけなんです。
「い、いえ! そうではなく……。その、昨日のご無礼をお詫びしたくて。……これ、お納めください」
私は目をつむり、銀のトレイに載せたハンカチを、うやうやしく差し出した。
「……これは?」
「私が……その、一晩かけて縫いました。……不格好ですが、閣下に差し上げたくて」
沈黙。
恐ろしいほどの静寂が、執務室を支配した。
(……やっぱり。怒ってる。こんな下手くそな刺繍、公爵家に対する侮辱だと思われたんだわ!)
一秒、二秒……。
閣下はゆっくりと椅子から立ち上がり、私の前に立った。
彼は大きな手で、そのハンカチを摘いであげた。
「……お前が、縫ったのか」
「は、はい……。お気に召さなければ、今すぐ暖炉に投げ捨ててくださって構いません! 私のような無能の指から生まれたものですから、きっと呪いでもかかって……」
「…………」
閣下はハンカチを見つめたまま、微動だにしない。
それどころか、彼は震え始めた。
拳をぎゅっと握りしめ、顔を伏せ、肩が激しく上下している。
(ひっ……! 怒りに震えてる! いよいよ、斬られる……!?)
「……リリア」
「は、はいっ!」
「……もう、下がれ」
「えっ……」
「下がれと言っている。……今すぐだ。これ以上、俺の前にいるな」
その声は、絞り出すような、今にも爆発しそうなほど苦しげな響きだった。
私は「いよいよ最後通牒だわ」と確信し、「失礼いたしました!」と叫んで、逃げるように部屋を飛び出した。
「……やっぱり、ゴミだと思われちゃった。あんなに震えて怒るなんて、よっぽど嫌だったんだわ……」
リリアは、自室のベッドに飛び込み、枕を涙で濡らしていた。
リリアの心の中では、自分への「死刑宣告」までのカウントダウンが、着々と進んでいるのだった。




