後日談:アルフレッドの隠し事——死神の皮を被った男の惨敗記録——
あの日、神殿でリリアを初めて見た瞬間。
俺の心臓は、文字通り一度止まった。
(……なんだ、この可愛い生き物は。……天使か? いや、俺の番だ)
首筋に刻まれた銀の紋章が、共鳴して激しく脈打つ。
その瞬間、俺の脳内は「今すぐ抱きしめたい」「どこにもやりたくない」「なんならこのまま屋敷に連れ去って監禁したい」という、獣のような独占欲に支配された。
だが、俺は軍人だ。しかも「死神」とまで渾名される冷徹な公爵。
動揺を悟られるわけにはいかない。俺は必死に顔を強張らせ、理性を総動員して彼女を見下ろした。
なのに、口から出たのは——。
『……お前が、俺の「番」か』
(違う! もっと優しく、お会いできて光栄ですと言うつもりだったのに、声が低すぎて脅迫みたいになった!)
さらに怯える彼女を見て、俺はパニックに陥った。
俺の魔力はあまりに強大で、彼女のように繊細で美しい魔力を持つ者を、触れるだけで壊してしまいそうだった。
その恐怖のあまり、俺は自分に言い聞かせるように、彼女に最悪の言葉を叩きつけた。
『……愛など期待するな。これは呪いだ』
(……死にたい。今すぐ舌を噛み切って死にたい。呪いなのは、彼女を目の前にして理性を保てない俺の方だ!!)
それからの俺は、自爆の連続だった。
■ お着替え事件の裏側
リリアを屋敷に連れ込み、三、四十着のドレスを用意したのは、単に「俺の好みの服を着た彼女を二十四時間体制で眺めたい」という変態的な欲望ゆえだ。
背中のリボンを編み上げているとき、俺の指は、武勲を上げた勲章を授与されるときよりも激しく震えていた。
(……肌が白い。柔らかい。いい匂いがする。……ああ、今すぐこの首筋に噛みついて、俺のものだと刻印を上書きしたい。……ダメだ、耐えろアルフレッド、嫌われるぞ!)
結果、絞り出したのは「安物の宝石を着けるな」という、成金のような暴言。……当然、彼女は泣きそうな顔をしていた。
■ 執務室の「宝物」について
引き出しの中身をリリアに見られたときは、人生で一番、心臓が口から飛び出るかと思った。
あの「実家のリボン」も「クロワッサンの紙」も、彼女が触れたものというだけで、俺にとっては国宝以上の価値がある。
(……それを『呪術の調査用だ』なんて。……どんな言い訳だ。俺はいつからそんな三流の嘘つきになったんだ)
■ あの、地獄の「あーん」について
彼女が倒れたとき、俺は本気で「世界が終わればいい」と思った。
番の共鳴で、俺の魔力が彼女の負担になっていたのだ。
回復した彼女に、どうしても自分の手で栄養を摂らせたかった。俺が与えたもので、彼女の血肉を作ってほしかった。
『あーん、しろ』
(……一生言わないと思っていたセリフを言った。恥ずかしさで死にそうだ。だが、彼女が小さな口を開けてスープを飲む姿は、戦場のいかなる勝利よりも俺の胸を熱くした)
■ そして、運命の告白
あの朝。彼女が「愛しています」と言った瞬間。
俺の理性の防波堤は、音を立てて崩壊した。
(……嘘だ。信じられない。こんな恐ろしい男を、彼女が愛してくれるはずがない。……だが、もしこれが嘘だとしても。彼女が命乞いのために吐いた偽りの言葉だとしても。……俺は、その嘘に一生、縋って生きていく)
彼女を抱きしめ、口づけを落としながら、俺は神に感謝した。
俺に向けられた彼女の「恐怖の眼差し」を、俺はあえて「情熱的な視線」だと自分に言い聞かせて、都合よく解釈することにしたのだ。
今、俺の腕の中で「独裁者だわ……」と震えている彼女。
……リリア。
お前は知らないだろう。
支配しているのは俺ではなく、お前なのだということを。
お前の涙一粒で、俺は国を滅ぼせる。
お前の微笑み一つで、俺は世界を救える。
「……リリア。愛している。……聞こえているか?」
彼女は「ひっ、はい! 私も愛しています(命だけは助けて)!」と、可愛らしく(必死に)答えてくれる。
……いい。それでいい。
たとえ一生すれ違ったままでも、俺はこの「偽りの愛」を墓場まで持っていき、真実の愛へと育て上げるつもりだ。
俺の番は、世界で一番、臆病で、勘違いしやすくて……そして、死ぬほど愛おしいのだから。




