告白
閣下の腕の中で一睡もできずに迎えた、運命の朝。
私の精神は、恐怖と疲労で完全に「振り切れて」いた。
(……もう、ダメ。これ以上、この『愛の皮を被った拷問』に耐えられない……!)
歩けば抱き上げられ、口を開ければ餌付けされ、夜は蛇のように巻き付かれる。
このままでは、私は遠くない未来に、精神が崩壊して本当の人形になってしまう。
(なら、いっそ……! 嘘でもいいから、彼の望む言葉を差し出して、この過剰な『監視』を緩めてもらうしかないわ!)
私は、朝食の「あーん」の最中、震える手で閣下のたくましい腕を掴んだ。
「……リリア? どうした、まだ食欲がないのか」
閣下は、獲物を狙う鷹のような鋭い視線で私を覗き込む。
私は、人生最大の演技(というか、ヤケクソ)を披露することにした。目に涙を溜め、上目遣いで彼を見つめる。
「……あ、あるふれっど、さま。……私、もう、耐えられません……」
「……何だと?」
閣下の周囲に、ピりりと凍てつくような殺気が走った。
「逃げたい」と言い出すと思ったのか、彼の指が私の顎を強く固定する。
「……もう、隠し通せません。……私、閣下を……アルフレッドを、愛してしまったんです!」
静寂。
食堂にいた使用人たちが、持っていた銀盆やスプーンを次々と床に落とした。カラン、ガシャンと派手な音が響くけれど、今の私には関係ない。
「あまりに愛しすぎて、近くにいるだけで胸が苦しくて……! 眠れないのも、食欲がないのも、全部あなたのせいなんです! だから、お願いです……命だけは、命だけは助けてくださいっ!」
(よし、言ったわ! 「愛しているから、これ以上の支配(拷問)は勘弁して」っていう、究極の命乞い!)
私はギュッと目を閉じ、衝撃に備えた。
「白々しい嘘を吐くな!」と投げ飛ばされるか、「愛しているなら死ねるな?」と剣を突きつけられるか。
けれど。
いつまで経っても、怒号は聞こえてこなかった。
「……あ……アルフレッド?」
恐る恐る目を開けると、そこには。
生まれて初めて見るような、魂が抜けたような顔で硬直しているアルフレッド閣下の姿があった。
彼の顔は、首筋から耳の先まで、見たこともないような鮮やかな緋色に染まっている。
「……今、なんと、言った」
「えっ? ……あ、愛して……います……?」
「………………」
閣下の全身が、ガタガタと激しく震え始めた。
昨日の「怒りの震え」とは違う。もっと、内側から爆発しそうな、圧倒的なエネルギーの奔流。
「……あ、あの、アルフレッド……?」
「……セバス。……全員、出ろ」
「は、はいっ! 直ちに!」
閣下の地を這うような声に、使用人たちが脱兎のごとく逃げ出していく。
食堂には、私と、今にも理性が消し飛びそうな顔をした死神だけが残された。
「……リリア。お前は……自分が今、何を言ったか分かっているのか」
閣下は椅子から立ち上がると、私を椅子ごと包み込むように両手を突き、至近距離で顔を寄せた。
その瞳は、もはや氷ではない。すべてを焼き尽くすような、ドロドロとした熱い情念が渦巻いている。
「愛している……? 命を助けろ……? ……逆だ。そんなことを言われて、生かしておけると思うな」
(ひっ……! やっぱり殺されるんだわ!!)
「……もう、一分一秒たりとも、お前を離さん。……お前の心が、言葉が、俺の、……俺のものだと言うのなら。……今すぐ、それを証明させてやる」
「ひゃっ……!?」
閣下は私の腰を強引に引き寄せると、そのまま深い、深い口づけで私の声を封じた。
それは「慈しみ」なんて生ぬるいものではない。
私の呼吸を、意識を、魂を、すべて自分のものに書き換えようとするような、貪欲で、必死で、狂おしいほどの熱。
(……あ、熱い……。何、これ……。呪いにしては、あまりにも……甘すぎる……)
私の意識が白濁していく中、閣下は私の耳元で、獣のような低い声で何度も、何度も繰り返した。
「……愛している。……死んでも離さない。……お前が俺を愛したことを、一生後悔させてやる……!」
(……やっぱり、後悔させる(復讐する)つもりなのね……! でも、どうして……こんなに、彼の手は、震えて……泣いているみたいに、温かいの……?)
リリアの勘違いは、ついに「絶望的な溺愛」の渦に飲み込まれ、彼女の意識は、甘い闇の中へと沈んでいったのだった。
それから一ヶ月後。
公爵邸では、今日も変わらぬ光景が繰り広げられていた。
「閣下! 離してください! 公務に行かなきゃいけない時間ですよね!?」
「……行かん。リリアが俺の服を掴んだから、今日は休みだ(※ただ袖が触れただけ)」
「掴んでません!! ……ああっ、もう、またお姫様抱っこですか!?」
「……足が冷えると言っただろう。……一生、俺の腕のなかがお前の居場所だ」
リリアは今日も、「なんて恐ろしい独裁者かしら……。いつか、隙を見て逃げなきゃ(※でもお菓子は美味しいし、夜の腕枕は落ち着く)」と、決死の覚悟で彼の腕の中に収まっている。
一方の閣下は、家臣たちに「(また公爵様が『番が愛してると言ってくれた日の記憶』だけで一週間ニヤついておられる……)」と呆れられながら、世界で一番幸せな「呪い」に浸り続けていた。
二人の想いが本当の意味で通じ合うのは、もう少し先のお話。
でも、この「すれ違い」こそが、二人にとっては一番幸せな形なのかもしれません。
【完】




