番の儀式
その日は、私にとって人生で一番「消えてしまいたい日」だった。
王立神殿の大広間。きらびやかなシャンデリアの下、帝国中の貴族が集まっている。
今日は、二十歳を迎えた貴族の子女が「運命の番」を見つけるための、一生に一度の儀式の日。
(……早く終わって。お願いだから、誰とも繋がりませんように)
私はドレスの裾をぎゅっと握りしめて、列の隅っこで俯いていた。
私は、名門伯爵家の長女でありながら、魔力がほとんどない「無能の聖女」。妹は輝くような魔力を持っていて、家族の期待を一身に背負っているけれど、私はただの「おまけ」でしかない。
そんな私に、番なんて現れるはずがない。
もし現れたとしても、相手はきっとがっかりする。
「なんだ、こんな出来損ないが俺の番か」って。
「——次。帝国騎士団総長、アルフレッド・フォン・アスラン公爵閣下」
神官の声が響いた瞬間、会場の空気がピリリと張り詰めた。
現れたのは、夜の闇を溶かしたような漆黒の髪に、凍てつく冬の湖のような青い瞳を持つ男。
若くして「帝国の死神」と恐れられる、最強の騎士だ。
彼が水晶に手を触れた、その時だった。
カッ!
視界が真っ白になるほどの銀色の光が、会場を包み込んだ。
「な、なんだ!? この光は……!」
「これほどの共鳴、伝説の番じゃないか!?」
ざわめく周囲。私の胸元が、焼けるように熱い。
(嘘……熱い、苦しい……!)
心臓がトクトクと脈打ち、まるで誰かが私の魂を直接掴んでいるような感覚。
やがて光が収まったとき、私の鎖骨のあたりには、見たこともない複雑な銀の紋章が浮かび上がっていた。
そして——目の前のアルフレッド閣下の首筋にも、全く同じ、銀の紋章が刻まれていた。
会場は静まり返った。
誰もが、最強の騎士の番が「無能のリリア」だったことに絶句している。
アルフレッド閣下は、軍靴の音を響かせて私に歩み寄ってきた。
彼が近づくたび、番の絆のせいで私の体は甘く痺れる。でも、彼の瞳に宿っているのは、愛おしさなんて微塵もない、鋭い刃のような冷たさだった。
彼は私の顎をぐいと持ち上げ、品定めするように至近距離で見つめた。
「……お前が、俺の『番』か」
低く、温度のない声。
私は震える唇で、なんとか答えた。
「は、はい……。リリア・フォン・ベルトランと、申します……」
「ベルトラン家の……。魔力測定で最低値を出し続けている、あの『偽聖女』か」
その言葉は、私の胸をナイフでえぐるよりも深く傷つけた。
周囲からは、クスクスという忍び笑いや、「可哀想に、閣下もハズレを引いたものだ」という密やかな声が聞こえてくる。
「……申し訳ございません。私のような者が、閣下の番として選ばれてしまって……」
情けなくて、涙がこぼれそうになる。
すると彼は、私の耳元に顔を寄せ、周囲には聞こえないほどの低い声でこう吐き捨てた。
「勘違いするな。番という宿命には従うが、俺が望んだわけではない。愛など期待するな。お前との繋がりは、俺にとって不運な『呪い』でしかない」
突き放すような言葉。
けれど、彼の手は私の顎を掴んだまま、わずかに震えているように見えた。
その時の私は、それが彼なりの「必死な自制」だとは露ほども知らず——ただただ、絶望に目を閉じたのだった。




