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オルゴールが止むまで雨宿り

作者: 絹ごし春雨

 オルゴールが鳴っている。

カロン、カロン。

トロイ・メライ。



「こんにちは。また聞いているの?」


「ごめんなさい、マスター」


この喫茶店は居心地が良すぎる。

ついついオルゴールに手を伸ばしてしまうのが悪い癖だ。


「お邪魔だったかしら」


ちらちら見ても、他のお客さんは居ない。


「今日は、雨ですからね」


マスターが、穏やかに微笑んだ。


コーヒーの匂いと、マスターの声と、かつて愛した人が置いていったオルゴール。


懐かしい空間。


「それ、大切なものなんですよね?」

「ええ、まあ」


私はオルゴールを撫でる。

でも、


「もう、わからないんです。

顔も、声も……遠すぎて」


「……」


目の前に紅茶が差し出される。


「え?」

「たまには、いいでしょう。私から、サービスです」


その紅茶は、美味しかった。




「マスター、今日は紅茶にしようかしら」


「今日も雨宿りですか?」


「いけませんか?」


「いいえ」


来てくれて嬉しいです。とマスターが微笑む。


「どうぞ」


差し出された紅茶にほうっと息を吐く。


雨が降ると喫茶店に向かう。

そこは、あたたかいから。


「今日は冷えますね」


私はオルゴールを手で転がした。


「何か食べますか? 軽食もありますよ?」


パンとスープ。

優しい味がした。



ある晴れの日。


「……マスター、雨宿りをしに来ました」


マスターは無言で紅茶を淹れてくれた。


そして、



「もう、いいのではないですか?」


重ねられた、手。


「……もう、いいのでしょうか」


私の声は震え、けれど涙は出なくて、


「あなたはもう十分愛しました。

愛された方は、幸せですね」


「うぅ……」


私は泣いた。


マスターに肩を抱かれて。


私は、新しい恋に、出会った。


「今度は、雨宿りじゃなくても来てもいいですか?」


「お待ちしています。あなたに虹がかかりますように」

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