第七話 『屍の狂狼』
「じゃあ、いきます!」
俺はその一声とともに羽衣を展開。
全身に紅蓮の炎を纏い、カミラさんへ突進していった。
だが、カミラさんに動きはない。
ほんの少し身体を傾ける程度だ。
構えも、覇気もない。
今から戦うとすら思えないような雰囲気だった。
しかし、
「(なんだこの違和感…)」
そんな彼女に俺は微塵も勝てる気がしなかった。
というより、何か得体の知れないものを前にしているような、そんな感覚に襲われた。
「迷っても仕方ない。 《炎舞》!」
俺は両手に魔力を集中させていく。
羽衣の上から、さらに炎を重ねがけしてからの連続攻撃。
攻撃特化の技でカミラさんに仕掛けていった。
そして、いざ俺の拳がカミラさんをとらえようとしたその時、
「《流牙》」
「っ!?」
突如俺の拳の軌道が逸れ、空を切った。
何が起こったのか分からない。
半分パニックになった俺に対し、カミラさんは反撃を仕掛ける。
「《牙々》」
的確に溝内を狙った掌底。
寸止めこそされたものの、それによる風圧で俺は吹き飛ばされてしまった。
「魔力操作が荒いですね。 初めのうちはもう少し簡単なものから始めて、条件必須の克服に向かった方が良いと思いますよ」
涼しい顔でアドバイスを送るカミラさん。
その様子は先ほどと何も変わらない。
戦い始める前と何一つ変わらない。
だが、俺はそんな彼女を前に恐怖に近い感情を抱いていた。
さっきの一瞬、俺の拳はカミラさんが逸らしたんだ。
ほんの僅かの間に、かつ一切抵抗できないほどの力と自然な流れで。
それに今の拳、《牙々》。
多分魔力集中のシンプルな攻撃技。
それの寸止めであの威力。
冷や汗が止まらない。
ダリウスとは比にならない。
近距離じゃまず実験にすらならない。
そう思い、俺は両手の炎を解いて複数の槍に変形させた。
「《火槍》!!」
もう毛ほども舐めたりしない。
俺は刺突効果を持つほどの鋭利さを持った炎の槍を、カミラさんめがけて解き放つ。
「《流牙》」
それに対し、カミラさんはさっきの技を再び使用。
10数本にも及ぶ俺の槍を的確に逸らしていった。
俺は魔法で攻撃しつつ、その技をじっと観察する。
すると、その魔法の実態が見えてきた。
カミラさんの両腕に、陽炎のような揺らぎが見える。
おそらくは魔力。
カミラさんは高密度で柔らかい魔力の層を纏うことで攻撃をいなし、その軌道を逸らしているんだ。
それなら、対応策はある。
「《火球》!」
俺は炎の球体を2つだけ生成し、羽衣以外の全ての魔力を詰め込み、左右それぞれに向かって放った。
カミラさんは先ほど同様、受け流しの姿勢を取る。
そして、《火球》がカミラさんの腕に当たるその瞬間、
「今だ、爆ぜろ!」
「っ!」
俺は最大サイズの《火球》を爆発させ、大量の火の玉と黒煙を撒き散らした。
さっきの《火球》。
実はもともと1つではない。
初めから複数生成した炎を大きな球状の膜で覆っていた。
これなら外から見ても分からない。
不意打ちによる隙も生まれ、ほんの一瞬だけだがこれでカミラさんの視界も両腕も封じることができる。
「おらぁぁぁぁぁあ!!!」
その隙を見逃さず、一気に距離を詰めていく。
まだ煙が立つ中、真っ直ぐにカミラさんの元へと駆けていき、渾身の一撃を叩き込んだ。
しかし、
「いい攻撃ですね」
「っ! 嘘だろ!?」
彼女は片足で俺の拳を受け切り、《火球》も数秒で全ていなしてしまった。
カミラさんは見抜いていた。
《火球》を爆発させた瞬間、俺の作戦も攻撃のタイミングも、その全てを看破していたのだ。
完敗だ。
「初めてにしてはかなり良かったと思いますよ。 魔力の使い方も始めた時よりマシにはなっていますし、戦略も悪くはありませんでした」
確かにこれはあくまで実験。
俺が実際に魔法を使ってみたいと言って始まった模擬戦。
だが、今はそれよりもカミラさんの実力に驚きを隠せないでいた。
ーーー
「あの、獣人族ってみんなこんなに強いんですか?」
カミラさんの模擬戦も終わり、2人で部屋に戻った後。
俺はカミラさんにそんなことを聞いた。
「大体の獣人族はこれより少し弱いぐらいだと思います」
そりゃそうだ。
こんなに強い人がゴロゴロいるなら、召喚なんてしないでいい。
そう思わせるほどカミラさんは強かった。
だが、それだけに気になることもある。
カミラさんはなんでメイドをやっているのか、だ。
カミラさんほどの腕ならそこらで警備みたいな仕事をするだけでもかなり稼げるはず。
なのに激務のメイド、しかも自分たちより弱い人間の王に仕えるなんて…。
俺がカミラさんだったらもっといい仕事を選ぶ。
「…知りたいですか?」
ひたすら質問する俺にを向けたまま、カミラさんは一言だけそう言った。
紅茶を淹れていた手も止めて、なんだか少し怖い。
「まあ、できれば聞きたいです」
それでも俺の興味の方が勝っていた。
俺は再びカミラさんに問いかける。
それを聞いたカミラさんは数秒の間を置き、振り返った。
「…今なら大丈夫でしょう。 失礼します」
2人分の紅茶をテーブルに置くと、カミラさんは初めて椅子に座った。
そして、俺にも座るよう促してくる。
「まず、他言無用でお願いします」
一息、深い呼吸をする。
その後カミラさんはゆっくりとスカートに手を伸ばした。
え、何!?
まさかのそういう展開!?
なんてバカなことも一瞬ちらついたが次の瞬間、スカートから現れたその足を見た途端にそんな考えは消え去った。
「なんですか、これ…」
彼女の捲り上げたスカートの下にあったのは、今まで外から見えていたのとは違っていた。
切り傷、刺し傷、痣。
治っているものもあるが、そういった外傷がいたるところにあり、太ももには不気味な印とオーラを持つ枷がつけられていた。
「私がここにいるのは、これがあるからです」
“従属の証”。
特定の形の刻印と拘束具で発動する魔法。
相手を強制的に奴隷に落とし、一切の抵抗を封じる。
実戦値や使用できる魔法,スキルも縛れる。
そうして、人を“物”にする道具らしい。
「ここにいるメイド、とくに亜人種のほとんどは証をつけられています」
「………」
それを聞いた時、俺は何も言えなかった。
悪いことを聞いてしまった。
いや、そんなレベルじゃないか。
「…カミラさんでも壊せないんですか? 逃げられないんですか?」
やっと出たのはそんなことだった。
逃げられるなら逃げて欲しい。
そんな浅はかで自分視点の考えだった。
「壊すことはできます。 ですが、私の場合は別の理由もありますので」
それから、お互い沈黙の時間が続いた。
カミラさんは優しいから、聞かれたこと以外は言わないし、悲しいとかそういう雰囲気も出さない。
俺はまた、何を言えばいいか分からなくなった。
◯魔法の種類について
魔法には以下の種類があります。
・基礎魔法
魔力をそのまま出力する。
燃費が悪い上火力も低いため、ほとんど使われない。
・固有魔法
第二話後書き参照
・スキル
第二話後書き参照
・儀式魔法
術式の代わりに特定の儀式を行って発動させる魔法。
複数人で行うことが多く、「描かれた術式」「魔力」「供物」「祭壇」など多くの発動条件がある。
・刻印魔法
術式を刻むことで、物体に効果を付与する魔法。
主に剣や杖、防具などの装備に強化を付与する目的で使われる。