第五話 『鍛錬』
ジンの簡単な魔力指南が終わった。
お次はより実践的な鍛錬。
魔術,剣術,武術の中から1つ選ばなければならない。
「俺はスキルもあれだし、剣術だな。 慎吾はどうすんだ?」
隣に立っていた涼太が問いかける。
そうだなあ。
俺はスキルも固有魔法もないし、前の世界で剣道とかやってたわけでもない。
今のところ魔法も使えるか分からない。
それなら、消去法で武術のダリウスのところかな。
武術なら汎用性もありそうだし、学んでおいて損はないだろう。
「俺はダリウスさんのとこかな」
「そっか。 じゃ、頑張れよー」
俺は涼太の別れ、ダリウスのもとへと向かう。
「おお! お前さんがジンの言ってた特異体質の坊主だな!」
話しかけてきたダリウスに、俺は小さく返事をする。
にしてもこのおっさん、やっぱデカいな。
さっきから思ってはいたが、いざ近寄ってみるとガチで漫画でしかみないようなガタイ。
少し見上げないと顔すら見えない。
「これで全員だな。 じゃ、エリアを移動するぞー」
ダリウスの方に集まったのは、47人中の13人。
期待値には届かないがまあまあの人数だ。
そして、全員の顔を一通り見渡したダリウスは、荒野エリアの西側、巨大な岩がそこら中にある岩山のエリアへと向かって歩き出した。
周りを見ると、ジンやアリオンたちも他の場所へと向かっている。
お互いの邪魔にならないようにするためだろう。
俺たちはダリウスの後に続き、森の中へと入って行った。
ーーー岩山エリア
「んじゃまずは肩慣らしだ」
ダリウスから伝えられた修行内容。
それは、“好きにしろ”だった。
「とりあえず体をほぐせ。 ペアとかグループ作って取っ組み合いでも、そこらへん走り回るだけでもいい。 そのあと、本格的に稽古する」
体をほぐせったって、どうすればいいんだよ。
他のやつらも同じような反応だった。
まあでも、何もしないままいるわけにもいかない。
ひとまず走るか。
そう思い、俺はわりかし開けた道に向かって足を進めた。
本当にほんのランニング気分で。
しかし、
「は!?」
その速度は異常だった。
体感にすれば50m走約5秒ってところ。
マジで、自分でもバカだと思うほどの速さだ。
「なんだよこれ!」
息切れすらしていないのにすいすい進む。
というかほとんど力も入れてない。
元から運動はできるほうだったが、こんなに体の自由がきいたことはなかった。
…なるほど、そういうことか。
今の一瞬で、ダリウスがはじめから稽古を始めなかった理由が分かった。
この世界に来たことによる肉体の変化。
それを先に実感してもらおうとしたのだろう。
仮にこの変わりっぷりを知らずに組みて稽古でもしていたら、自分にとっても危なかった。
そして、それから30分後。
「よーし! そんなもんでいいだろ、戻ってこーい!」
ダリウスからお呼びがかかる。
いよいよ本格的な稽古の始まりのようだ。
「いいか? ちゃーんとついてこいよ」
ん?
何してんだこのおっさん。
呼びかけに応じ、全員がダリウスの周りに集まる。
すると、彼は突然しゃがみ込み、クラウチングのような姿勢をとった。
ついてこいって言ってたし、また走り込みでもするのか?
そんな悠長なことを考えていた次の瞬間、
「《砕撃》!!」
「っ!?」
ダリウスは拳を構え、俺の腹に叩き込んだ。
俺は咄嗟に腕でガードする。
しかし、あの巨大から繰り出された攻撃は桁外れの威力で、俺は後ろの岩山ギリギリまで吹き飛ばされてしまった。
急に何するんだよあのおっさん。
防いだとはいえ、俺の両腕は赤く腫れ上がっていた。
普通に痛い。
「まだ立ってられるのか」
俺に語りかけるダリウスの目は、さっきと別人になっていた。
獲物を見る、獣のような目。
気のいいおっさん程度にしか思っていなかったが、今のダリウスからは怪物のような圧を感じる。
「いいかお前ら。 そっちの世界がどんなだったかは知らんが、ここじゃ怯えたやつ、油断したやつ、侮ったやつはもれなく死ぬ」
「急に何を…。」
一息置くダリウス。
彼は少し雰囲気を緩めて続けた。
「お前らには悪いと思ってる。 俺に口出す権限はねぇが、こっちの都合で一方的に呼び出して戦わせようとしてんだ」
ダリウスは、なぜだか悔しそうな顔をしていた。
歯を強く食いしばり、話している間視線は常に下向き。
なぜなのだろうか。
その時の俺には、分からなかった。
「だから、俺らはせめてお前らが死なねぇようにする。 それが、俺がお前らにできる唯一の礼と謝罪だ」
ダリウスは再び闘気を纏う。
そして、さっきと同じ構えを取った。
「ビビるな! 腹ぁ括ってかかって来い!!!」
やつの怒号にも似た声が、エリア一帯に響き渡る。
先ほど同様、押しつぶされるほどの圧が辺りを覆い尽くした。
…なるほどな。
今ので、こいつがどんな意図でいきなり仕掛けて来たのか分かった。
俺、多分他にもいただろう。
この状況を漫画やアニメのような世界だと、
面白いおかしい世界だと考えていた人が。
それじゃダメなんだ。
そんな甘い世界じゃないと、伝えたいんだ。
俺はまだ痛む腕をさすりながら、ダリウスを睨んだ。
もちろん憎しみなんかによるものじゃない。
これは戦う意志。
遊びのような感覚は無くす、俺の覚悟だ。
「さあ、来い!!」
俺はダリウスを真似るように、低い姿勢で構えをとる。
そして、思い切り地面を蹴り出した。
「ふんっ!!」
さっきのランニングとは比にならない。
たった一度の蹴り出しで風が立つほどの速度だった。
「《砕撃》!!」
「おらぁぁぁぁあ!!」
ぶつかり合う2人の拳。
辺りには漏れ出た魔力が電流のように迸り、嵐のような暴風が吹き荒れた。
「っ、身体強化もなしで俺とやり合うか!」
そして、俺たちの姿を見た他のやつらも今までの認識が間違っていると薄々分かって来たのだろう。
みんな、続々とダリウスに向かって行った。
しかし、
「やっといい感じになって来たな。 そろそろギア上げるぞ!!」
「な、押される!?」
先ほどまで互角だと思っていたが、本気を出したダリウスに徐々に押されて行く。
結局負傷した腕、まあ健全でも無理だっただろうが、俺は押し切られてしまった。
その後も、俺はみんなと一緒にダリウスに立ち向かった。
だが、その実力差は歴然。
結局最後の最後までまともな攻撃を入れることも出来ず、体中アザまみれになって全員ダウン。
その日の鍛錬はそこまでとなった。
ーーー
「お疲れ様です。 慎吾様」
「ん、ここは?」
俺はいつの間にか気を失っていたらしい。
気づいた時にはカミラさんに連れられ、王宮の部屋のベットの上にいた。
「すごいですね。 ダリウスさん、手も足も出ませんでした」
まだふらつく頭を押さえながら、ゆっくりと起き上がる。
そういえば、俺たち鑑定の時に実戦値ってのも出されたっけ。
ダリウスはどれぐらいなのだろうか。
「カミラさん、あの人の実戦値はいくつぐらいか知ってますか?」
正直分からない。
実力差がありすぎてまったく測れなかった。
が、カミラさんの答えは俺の想像とはまったく違うものだった。
「確かダリウス様の数値は、600ほどだったと思います」
・・・。
え?
600!?
この数値の差がどれだけ実力の差を表しているのかはわからない。
だがそれが本当なら、俺とダリウスの数値は倍離れていることになる。
カミラさんによると人間の平均値は50らしいから、ダリウスが上積みも上積みなのは確かだ。
しかし…。
なぜそれだけ数値の離れた俺や他の同級生たちとダリウスが互角以上に戦えていたのか、俺には分からなかった。
それを察したのか、カミラさんはなぜ俺たちがダリウスに負けたのか、話し始めた。
「ダリウス様は王宮内でも屈指の実力者。 当然経験も積まれています」
「それは分かりますけど、でも経験だけでそんなに変わるものなんですか?」
「ええ。 皆様は確かにお強いですが、その力を発揮する術も知らず、見たところ命を賭けるどころか、真剣な戦いもしたことがない様子。 対してダリウス様は死線を超えてきた。 頭でなく体で考え動くことができます」
その説明を受けた今、俺は何も言えなくなった。
確かに、前の世界で戦うことなんてなかった。
強いていえば部活が当てはまるだろうが、そっちは競い合い。
争いとは少し違うベクトルの戦いだ。
それに、力の使い方が分からないというのもその通りだ。
実際、ダリウスと戦う前のランニングですら、俺の想像できえる運動という範疇を超えていた。
「まずはその体に慣れ、魔法なども適切に扱えるようにするのがよろしいかと」
カミラさんのアドバイスは実に的確なものだった。
しかし、そうと分かっていても俺は魔法を使えない。
特異体質ってのが何かいまいち分かってないが、固有魔法もスキルもなしと判定された俺には、魔法は使えない。
そう思っていた。
だが、カミラさんによるとそうでもないらしい。
「慎吾様と同じ炎の特異体質を持った方を知っていますが、魔法を使えていましたよ」
「え!? それ、誰なんですか!」
「前の魔王を倒した勇者です。 おそらく王宮の書庫に記録が残っていると思いますが、行ってみますか?」
俺は目を輝かせ、連れて行って欲しいと即答した。
<ステータス測定結果>
個体名:ダリウス
武力値:300
魔力値:50
知能値:250
実戦値:600
固有魔法:《真撃》
スキル:《強化率上昇》
その他:なし
◯固有魔法説明
魔力を付与した物理攻撃を変質させる。
多重の振動やインパクトを生み出したりなど。
◯スキル説明
基礎魔法の《身体強化》などの強化系魔法の効果を増大させる。
倍率は低いがパッシブ効果を持っており、自分にかかるものなら他者の使用した魔法でも強化可能。
ただし上昇させられるのは強化の倍率のみで、身体の強度は別枠。
そのため体への負担がでかく、加減はできても完全にオンオフは切り替えられない。