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第6話 脱走

『くぅっ……!』


 機関全開による急加速。6つの核融合炉が放つ全力で、船が激しく揺れ出す。


『左舷煙幕展開!』


「はい! 左舷煙幕展開!」


 だがその揺れをゆっくり堪能する暇などあるはずがない。直ちに左の方の煙幕が爆破と共にばらまかれ、光を遮る霧を形成する。


――――――――――!!!


「ひいぃっ……!」


 周りを過ぎていく無数の光子の奔流。急激な機動で幾つかは避けられたものの、この船の強運はそこまでだった。


――――――――――!!!


 重金属の霧を貫き通し、一本の荷電粒子砲の束が左側に直撃する。


 直ちにそれに伴う爆音が聞こえ、揺れがその激しさを増していく。


『くそ! 当たっちまったか!』


 鳴り出す警報。ああ、吐き気がする。


「報告! 只今被弾を確認! 自動修復機能が作動します! 現在被害状況確認中!」


『奴らの攻撃は!?』


「敵艦隊の砲撃、今のを以て全て終わりました! 17発のうち16発回避!」


 運が良かったのか、それとも敵が戸惑ったのか、攻撃は1発だけ当たって済んだようだ。


「艦長! 被害状況が確認されました! 左舷中央の装甲板が貫通・融解! 機関部が直撃されました!

って……! 第3、第5核融合炉の損傷を確認!」


『なに!?』 


 モニターを確かめる。本当だ。青く表示される船の一部が赤くなっている。って、これは……!


「報告します! 修復システムによると該当核融合炉2機の損傷が最高レベルに達したということです! 損傷程度今も拡大中!」


『くそ! 今すぐシャットダウンしろ!』


「了解! 該当融合炉をシャットダウンします! それにより本艦の出力が低下しま、」


――――――――――!


 また機関部の方から爆発が起き、ラ・イールが軋む音が響く。なお警報がより激しく鳴り出す。


「……! 艦長! 緊急事態です!」


『今度はまたなんだ!?』


 顔が青ざめていて、戸惑いを隠し切れない彼女はまた連なる最悪の言葉を告げる。


「機関部から放射性物質の流出が確認されました!」


『……!?』


 今の激しく鳴り響く警報はそのためだったか。直ちに確認する。


「シャットダウンで融合炉は停止しましたが、被弾の衝撃で放射性物質が流出! 機関部の一部が放射能で汚染されました!」


 くそ! 一発当たっただけなのにこれほどダメージを負うのか。機関部の被害を最低限にしないと!


『対象区域を閉鎖! 修復ドローンを投入しろ!』


「了解! 艦内の修復ドローンを機関部に回します!」


 無人化のため、この船には各目的のためのドローンが配置されている。艦内メインシステムと連携して作動するそれらを機関部に優先させなくては、と思うその時だった。


「……!? か、艦長! 敵から新たな熱源を確認しました! 砲撃です!」


 俺とカトリーヌが被害に気を取られていた間、レティシアが緊迫した声で叫ぶ。


『第2撃か!』


 本当だ。敵艦隊が次の攻撃を準備している。


 今この船は速度も落ち、最高速度も出せない。それに煙幕もなく、このままでは……!


『ならせめて光速機動でも……!』


 しかし、果たして出来るのだろうか。ラプラス対消滅炉はまだ無事だけど、この船体がそれに耐えられるか自信がない。


 今の状況をどうにも出来ず苦悩していたら、また敵の砲撃が放たれた。


『ちくしょう! カトリーヌ! 光速機動で……って、え?』


――――――――――!!!


 そう叫んでいたら、敵の第2撃が殺到する。しかし、その目標はこっちではなく、アン・ファスを含むオークルの軌道要塞と、そこに無防備に晒されている味方艦隊だった。


――――――――――!!!


 無数に過ぎ去っていく砲撃の波。敵は、なぜか俺たちに止めを刺しなかった。オークルの方を見る。


『燃え盛んでいる……』


 今まで俺たちの居場所だったアン・ファスが炎に包まれている。そしてオークルの方からも見える炎上の煙。こっち以外にも敵がいたのか。


『カトリーヌ! 機関部の修復を最優先にしろ! そして念のために光速機動の準備をしておけ!』


「了解しました! お任せください!」


 今気付いたがさっきからこの船は秒速4万㎞でこの宙域の外へ向かっている。回避機動をしてそのまま放っておいたせいか。


 さて、戦闘か逃亡か決めないと。敵は俺たちを無視して味方の艦隊へ集中している。機を狙って逃げるのもありだが、そうなったら味方が……


「……!? 艦長! 艦隊司令部から通信が来ています!」


 汗だらけのレティシアはいつの間にか気を取り直したのか、元の位置についている。


 さっきは電子戦の影響で出来なかったが今はもう大丈夫なのか。


「良い! 今すぐ繋げ!』


「はい!」


 戦艦の無線装置で艦隊司令部の声が聞こえる。


「…………!」


 そこはまだ爆音はないものの、人々の混乱した声で混沌に満ちている。


「……! 繋がったか。エラール艦長、聞こえるか?」


 提督の声だ。かなり乱れているようながらも、何とか提督としての威厳を保っているのか。


『はい。こちら戦艦ラ・イール。提督、今の状況って……!』


「ああ。緊急事態だ。今、敵の光速戦隊だけでなく、複数の敵艦隊がこちらへ攻め込んでいる。こちらの予想だと敵の主力艦隊は10分後に到達する予定だ」


 これはこの惑星を陥れるための全面的な侵攻。今更言うことでもない。


『提督。今何とか対応しないと。このままでは……!』


 敵の光速戦隊は今も味方の艦隊へ砲撃を飛ばしている。


 なんとかするには、どうすれば!?


「そうだ。今、周りの艦隊へ増援を要請している。そして我が艦隊も間もなく出撃し、反撃を試みる予定だ。そのために、貴官には命じなくてはいけないことがある」


『はっ! 何でしょう。今出来ることならなんでも……!」


「そうか。なら提督として命じる。ラ・イール号は今すぐ、敵光速戦隊へ突撃せよ」


『……え?」


 提督の言葉が理解出来ない。それは、どういう……


「見ての通り、我が艦隊が迎撃に出るためには準備が必要だ。その時間を確保するには今誰かが敵の注意を引いて時間を稼ぐ必要がある」


 それは、つまり。


「今そちらの方面で戦闘可能なのは貴官の戦艦のみだ。故に命じる」


「帝国の光速戦隊へ突撃し、自慢の衝角攻撃で玉砕したまえ」


『……』


 言葉が出ない。今からこのボロボロな船だけで、敵精鋭部隊の前に、それも単身で突進するっていうのか?


『しかし! そうしたら、この船どころか、乗務員を含む俺たちは……』


「「……」」


 通信を聞き、顔が青ざめているレティシアと、息を吞んでいる、沈黙を保つカトリーヌを見る。


 俺はともかく、皆にまで今から死ね、というのは……


「ふぅ……」


 爆音と衝撃波で船が揺れる中、提督のため息が聞こえる。


「これは命令だ。敵と共に死んでくれたまえ。それしか貴官には能がないのではないか」


『……は?』


 提督の言葉が予想外すぎる。それ、どういう意味だ。


「理解が及ばないのか。なら特別に説明してあげよう」


 提督の語調が変わった。それは、上から目線な上層部特有の言い方。今までたくさん耳にしてきたものだ。


「貴官が率いるその船は、帝国軍に取っては消しようのない過去の恥辱そのものだ。それを目の前にしたら、奴らは自然に血が騒ぐようになるはず。今度こそ仕留めてみせる、とな」


 戦艦ラ・イール。確か、現役だった時に帝国に悪名を馳せたって言ったな。それのことか。


 ああ、あの貴族が何を言っているのか、分かりそうだ。


「故に君にその戦艦を委ねたのだ。そうしたら、貴官が派手に敵の注目を集め、その分我が艦隊が安全になる」


『は、はは……』


 さっきの言葉を思い出す。


(……わしは他の貴族たちと違う。この国は変わらなくてはならん。能力ある者には、それに相応しい役を与えないとだ)


『……それって』


「そうだ。わしらの代わりに犠牲になって頂く。それが貴官の役目だ。貴官の今までの行動から、その船に最も相応しい者は君しかいないと判断した」


 あの時言った能力って、そういうことだったのか。自分たちが生き残る確率を上げるために、ただの的扱いだと。


 この国にまだ変化の可能性があるかもしれないと、勝手に思い込んでいた俺がバカみたいだな。


「故に命じる! 今すぐ敵光速戦隊へ突撃し、我が国王陛下への忠誠心を見せたまえ!」


 高位貴族の命令が、通信を通して俺たちに重くのしかかる。


「そ、そんな……はずじゃ……こんなの、学校で学んだことと違う……!」


「……」


 現実が受け入れがたいのか、動揺するレティシアに、暗い顔で何も言わないカトリーヌ。


『……』


 その命令で、微かに残っていた希望が消え、俺は周りを見渡す。


『……広いな』


 そうだ。戦闘が行われる中、その背には、無数の星々と広大な宇宙が無限に広がっている。


『世界はこんなに広いのに、自分で狭めていたのかもしれない』


 やりたかったことは多かったのに、今まで軍人としての義務だの、戦うしかないなど、どうでも良いことで自分を縛り付けていた気がする。


『悪いが、それは無理だ』


 もうこの国ために自分のことを犠牲にしない。自分は、これから己が夢のために生きる。


「え、え……?」


「艦長……」


 驚くレティシアとカトリーヌ。


「……なんだと?」


 通信を超えて、提督の動揺が感じられる。


『ああ、特別にもう一回言ってあげよう、爺。俺はもうあんたやこの腐った国ために自分のことを犠牲にしない。分かったか?』


 もう、面子のためにあんな堅物な言い方をする必要はないだろう。


「き、貴様! 何を言っている! 第5艦隊司令官としての命令だ! 今すぐ、」


『うるさいな。さっさと消えろ。次に会ったら殺す』


 もうこの老害の声を耳にしたくないので、無線を切る。


「か、艦長……?」


 苦い味を嚙みしめながら、艦橋の真ん中に立つ。


『良く聞け。これより俺は軍をやめる。この戦艦を退職金代わりにもらい、旅に出るんだ』


「え、ええ……?」


「まぁ……艦長ならそう言うと思っていました」


『貴族の連中に無視され利用されるのにもう飽きた。ましては生贄とか、笑い話にもならね』


 もうあいつらの下っ腹をやらされるのはごめんだ。さて、ならば。


『お前らは付いて来るか?』


 ならクルーの2人にもそれを聞かないと。勝手に連れ出すなんてのもあれだし。


「私は、艦長について行きます」


 悩みなど少しもない、カトリーヌの即答。


「私も飽きていたところだったし、それに、艦長じゃないともう満足できませんので。これからもずっと一緒です」


 それ、どういう意味だよ。カトリーヌはほんの少しだけニヤリながら俺を見ている。


「わ、私は……いや……」


 反面、レティシアは悩むようだ。


―――――――!!!


 しかし、もうそんな余裕などないようだ。艦内の軋む音に爆音。今すぐ敵がこっちを狙ってもおかしくない状況だ。


『時間がない! 早く決めろ!』


「ああっ……! わ、私も行きます……!」


 緊迫した状態で、雰囲気の流れでつい決めてしまったのか、レティシアもこちらに加わった。


 その顔、あまり腑に落ちない様子だが、今はもう良いだろう。


『良い。なら、もう迷うことなく派手に行くのみか!』


 残ったのは行動するのみ。そしてやりたいことは以前からはっきり決まっている。


 そう思うと窮屈だった胸の奥底がすっきりする。


 跳ね上げる胸の鼓動を大事にしながら、俺は動き出す。


『今からこの宙域を全力で離脱するぞ! カトリーヌ! 機関の調子は?』


「はい! 機関室、現在損傷区域の閉鎖と火災の鎮圧を完了しました! 核融合炉、4機駆動中! いつでも全開可能です! ラプラス対消滅炉、活性化までは後10秒必要です!」


『良い! 戦況は今どうだ?』


 対宇宙レーダーと戦術マップを確認する。敵は以前として惑星の攻略に集中していて、こちらへは興味がないみたいだ。


『……』

 

 オークルが燃え盛る中、両国の艦隊が激突している。しかし、


『うん?』


 オークルの方から見える幾つの戦艦がこちらに方向を変えている。俺らを狙う気か?


『時間の余裕などないようだな! カトリーヌ。光速機動の準備を!』


 もう3分の1を使えない時点で核融合炉の力では奴らを逃げ切れない。なら光速機動するしかないな。


 脱出を決めたら即行動だ。


「はい! 推進体系を核融合炉からラプラス対消滅炉への転換を完了しました! いつでも行けます!」


「し、しかし艦長! 今光速機動をしたら船体が……!」


 レティシアの切羽詰まった声。しかし、敵は光の速さで追って来るかもしれない連中だ。


 そんな奴らから逃げ切るには、同じく光速でないと話にならない。


 不安が多いがここでは賭けに出るしかない。俺は右手を前へ伸ばし、決断を告げる。


『悪いがこうするしかない! 光速機動、開始せよ!』


「はい! 光速機動、開始します!」


―――――――!!!


 再び始まる、弾けるような時空の揺れ。警告ブザーが激しく鳴り出す。


 激しい振動と、船の軋む音が耳を満たす中、全てが点に、いや、線になって後ろへ消え去って行く。

 

 戦火で燃え上がる宙を後にし、古びた巨槍は一本の流星となって銀河の向こうへ駆け抜ける。



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