第5話 奇襲攻撃
「それで、以上が本艦の現状についてです!」
ここはラ・イールの艦橋。50年も経ったものとしては中々悪くない環境だ。改修を受けたおかげか。
『分かった。光速戦艦への改修か』
レティシアからの報告をまとめる。要だけで良いだろう。
「再就役と共に大々的な改修が決定。工程は8割は終わっているとのことですね」
カトリーヌの言う通り。にしても、光速戦艦か。
『こんなにボロボロな船でも急いで改造する程、追い詰められているってことか』
「それは……」
『いや、独り言なんだ。それで、今光速機動は難しいと』
「はい! 機関部の改修は既に終わったのですが、まだ船体の整備が途中まででして、激しい動きに船体が耐えられない可能性があるとのことです!」
今完全に修理が終わっている訳ではないし、それもそうか。話し合いはこの辺にしよう。
『良し! では今から試運転に行くか。全員、準備を!』
「……は、はい?」
理解が及ばないのか、ぼうっとしてしまうレティシア。
『この船がどこまでいけるのか確かめないといけない。カトリーヌ! 管制局に出撃の許可を取れ」
「はい!」
「あ、はい! 指定の位置に着きます!」
船の核融合炉が起動し、その揺れが下から感じられる。
「報告します。軌道管制局により出撃の許可をもらいました! 第1核融合炉、出力向上中!」
許可はかなり早く下りるな。さて、行ってみるか。
古びた老戦士の心臓が脈を打つ中、俺はコンソールをチェックする。
主力艦用の核融合炉6機、異常なし。そろそろ温まってきたようだし、行くか。
『戦艦、ラ・イール。出撃せよ!』
「はい! 本艦、前に出ます!」
そうやって、数万トンに及ぶ戦艦が空中に浮かび、ドックをゆっくりと抜けていく。
「う、浮いている……? これが、無重力なんですか……」
隣で独り言を呟くレティシア。こいつ、これが初めてなのか? 今は色々確かめないとだし無視しよう。
ゆらりと無重力が感じられる中、疑似重力生成器が起動し、重力が調整される。
『……出たか』
窓越しに外を見る。
広大な宇宙とそれを彩る星々。そして、オークルと軌道要塞に、今も行き来している数々の宇宙船が見える。
……星の海
手で届きそうながらも、届かない遥か向こう。あの宙の彼方を眺めながら、またふと思ってしまう。
『……あの宇宙の向こうへ駆け抜けたかったが、しょうがない。今はこの国のために頑張るとするか』
「はい?」
頭に? を浮かべて首を傾げるレティシアは置いといて、戦術マップを確認。ちょうど今軌道要塞、アン・ファスを抜けたか。
『いや、何でもない。さて、今から出力を確かめる。全ての核融合炉を……』
エンジン全開を命じようとしたその時、あれは始まった。
――――――!!!
激しく鳴り出す警告ブザー。
『……!?』
その音で危機感に包まれ、体中に鳥肌が立つ。これは一体?
「艦長! 対宇宙レーダーから、未確認光速機動体を感知しました! 艦首方位70度に仰角15度! 距離90光秒です! 今もこちらに接近中!」
カトリーヌの緊迫した声。予想外のことで理解が及ばない。
『なに? 光速機動だと?』
もしかして味方の増援? いや違う。さっき確認した通りだとしばらくは光速戦艦が増援で来ることはなかった。なら、これは……
今何かがおかしいことを本能的に気付き、体が緊張すると共に心臓の脈が激しくなっていく。
「報告! 只今データが判明しました! これは帝国の光速戦艦です! 間もなくこちらへ来ます!」
直ちにその方向を目で確かめる。ああ、遠くから、白い流れ星の群れが鮮明に見える。
「え!? て、敵……? 艦長、まさか、戦いが始まるん、ですか……!?」
宇宙を駆け抜ける、人造の流星群。それは次第にこちらへ近付き、また、あの眩い光が炸裂する。
――――――――!!!
「ひぃっ……!!!」
初めての実戦で怯えたのか、レティシアの震える怯え声が耳に入ってくる。
『くっ……!』
目を焼き尽くすような熱が走る中、俺は光源部を見つめる。また、その中心部から時空間が波のようにねじれていく。間違いない。俺の感が告げている。あれは、
「艦長! 帝国の光速戦艦戦隊です! その数17隻!」
そこに現れたのは、先程の戦闘で死闘を繰り返した相手、帝国の宇宙艦隊だった。
今、帝国の最新鋭の槍が、古びた老槍を狙っている。
『え、あれは、一体……?』
現実感が湧かない中、奴らを注視する。
その数、17隻。
元々は20隻だったが、さっきの戦いで2隻が撃破、そして1隻が大破され、その分だけ数が減ったのか。
にしても、どうしていきなり?
ここは王国軍の重要拠点。
防衛システムとか、敵を早期に感知する体系があるはずなのに、どうして敵の侵入を許してしまったのか。
俺はその疑問を隠せなかった。
しかし、今の状況は俺がのんびりそれについて考え込む暇など、与えはしない。
「報告! 敵光速戦隊から、多数の振動と投射体を感知! 攻撃が来ます!」
カトリーヌの緊迫した叫び声。
ああ、そうだ。何であれ敵は今俺たちの前に現れ、攻撃しようとしている。なら早く行動しないと。
『緊急回避だ! って、敵の攻撃は!?』
敵艦隊の距離、3光秒。つまり約90万㎞。望遠カメラでそれを確かめる。
『あれは……!?』
戦艦の側面から射出された、灰色のミサイル。それらはエンジンノズルで青い炎を放ち、こちらへの速度を上げている。
「報告します! 投射体の判明が終わりました! 帝国の電子攪乱巡航ミサイルです! その数21!」
『え、電子攪乱? それって……』
……電子攪乱巡航ミサイル。帝国軍がよく使う電子戦のための兵装だ。
要は相手の電波を使う装置を無力化するもの。
あれは亜光速の速さで飛び込み、指定の範囲に攪乱のための強力が妨害電波をまき散らしながら命令通りのルートを巡行する。
そうなったらその電波の範囲内にある全てのレーダー、射撃統制装置、通信機と航法装置は一気に無力化される。
回復はできるか、その前までは相手を武器で狙うことも、見ることもできず、それどころか通信も出来なくなってしまう。
だからこっちとしては奴らが攪乱モードに入る前に迎撃しなくてはいけない。しかし問題はそのミサイルが亜光速で飛んできて、迎撃するには時間が足りないことだ。
『カトリーヌ! 迎撃の準備を!』
しかし、いきなりあんなものが一気に数十発来るなど、俺も初めて見る。
あれらがそのままこちらに来てしまってはこの船どころか、後ろの軌道基地やオークルまで大混乱に陥ってしまう。今こちらで迎え撃つしかない……!
「はい! 迎撃モードに入ります! ……って!」
『どうした!?』
「艦長! 前方の主砲、3門のうち2門は現在使用できません! まだ修理が終わっていません!」
『なに!?』
参ったな。そうだった。この戦艦、まだ本調子じゃない。まだ実戦のための準備が出来ていないことを肌で知らされる中、俺は考えを巡らす。
『ならその1門で迎撃する! 今すぐ用意しろ!』
「はい! 対宇宙レーダーと射撃統制装置、第2主砲の連携を開始! 完了しました! 直ちに敵ミサイル群の先頭機を照準します!」
『良い!』
完全でなくても今出来ることを最大限やるしかない。コンソールを操作して主砲を撃つ準備をする。
「報告! 敵ミサイル、ただいま秒速10万㎞に達しました! なおこちらへ接近中! 予想ルートを戦術マップに表示します!」
それを見るとミサイルはこちらに来るだけでなく、アン・ファスなどの軌道要塞を含め、オークルの起動上を走るようになっている。
「艦長! 射撃の準備が終わりました! いつでも発射可能!」
『良し! なら今すぐ撃て!』
――――――――――!!!
艦首で唯一まともに作動する光子収束砲が1000GWの高熱の波動を打ち放つ。その光は瞬き間にミサイルへ炸裂し、ターゲットを一瞬で蒸発させる。
「報告! 敵ミサイル、3個を撃破! しかし!」
運が良かったのか、レーザーの射線上で目標にしなかったミサイルも何個か破壊されたようだ。しかし、
『ちくしょう! もう遅い!』
残りの18機のミサイルは秒速10万㎞の速さで宇宙を駆け抜け、既にこの船を通り過ぎていってしまった。
『レティシア! 今すぐ遮蔽を、』
電子戦の対応をするつもりだったが、もう遅かった。数十㎞の横を過ぎていく何個かのミサイルの側面が開き、あれは始まった。
―――――――――!!!
「……警告! 本艦に対する電波攻撃をカ、―――%augaoNOGndosgndoG*(&gid*)s(*@#mF7$kL
9pQ&xW3nR8uI*oE2vT6yA$hJ4dB1cM5zX@lK0sN9fG3rP7wQ&mL8uI*!」
艦内の自動アナウンスが、いきなり聞き取れないノイズが変わっていく。
強力な妨害電波が、今も広がってラ・イールの電子装備をかき乱していく。
「か、艦長! み、味方との通信が取れません! それに航法装置が!」
レティシアの報告でコンソールを直ちに確認する。
「報告します! 対宇宙レーダー、航法装置、射撃統制装置と通信装置に一時的な損傷発生! 現在妨害電波で装置が麻痺されています! 自動修復までには時間がかかるかと!」
『くそ!』
「……0!nM4~oP2(cB8)zG5+rW1={a0?dB4&uK8*hR2@xW6#vY3^cB0~zG6(rW3)+aH9=qE5!cB!!! 」
戦術マップもレーダーと連携して使うものだからもう半分は使えない状態だ。窓越しに後ろを見る。
『あっちもやられたか……!』
既にミサイルの群れが散開し、攪乱モードで惑星上を動いている。もう通信は出来ないが今どんな状況かは大体予想がつく。ドタバタして大騒ぎだろう。
ならこの船はどうだ。保護機能で核心システムに支障はないが、このままではまともに戦えない。時間が経てばミサイルは寿命を迎えてデブリと化し、麻痺されていた機能も戻るだろう。しかし、
『奴はそれを見逃してくれるはずがない……!』
その時だった。敵艦隊の方から、微かに光が見える。あれって!
「艦長! 光センサーで新たな熱源を感知しました! 荷電粒子砲撃の予兆です!」
『ああ、知ってる! カトリーヌ! 回避機動だ! 煙幕の用意しろ! 全核融合炉の出力を最大限まで!』
もう照準も出来ないから砲も撃てない。あの攻撃は、俺たちを狙っているのか? なら全力で避けないと!
何なら光速機動で避けたいところが、さっきレティシアからの報告で心配になって使えない。くそ! 修理さえ終わっていれば……!
しかしそう悔やんだとて何の意味があるんだろう。内側から感じられる船の揺れが、次第に激しくなっていく。
「了解! 核融合炉、全機出力向上中! 第1、第3煙幕展開可能です! 艦長! 舵を!」
『ああ、任せろ!』
舵を握り、今も破滅の光を宿している皇帝の槍たちを睨む。機を狙わないと死ぬのみだ。
「か、艦長……? 回避しないのですか……?」
怯えているレティシアは無視して敵を注視する。距離は3光秒。回避起動は、まぁ、一応出来るか。
目を奪う、網膜に焼き付けられる波動が今も強くなっていって、今だ!
――――――――――!!!
17隻からの一斉砲撃。無数の破滅の光の波が、こちらへ慈悲なく飛来する。
「報告! 敵艦隊からの砲撃が確認! 到着まで後3秒です……!」
『良し! なら機関全開!』
正に死に際に立たされた羽目。俺は冷や汗を感じながら舵を思いっ切り回す。