第4話 戦艦 ラ・イール
ここは、オークルと近い帝国の前進基地、惑星スホイ。
枯れ果てた惑星の表面上に、鋼鉄の軍事施設が広がっている。
「くそ! これは一体どういうことだ!」
荒野の上、広大な滑走路に帝国の宇宙艦隊が着陸をしている中、その怒鳴り声は艦隊司令部から聞こえた。
「は、は……申し訳ございません」
作戦会議室の中、そこで第12機動艦隊司令官、中将アクレサンドル・ニコラエヴィチ・ガリツィンが指揮官たちを集合させていた。
「先程の戦闘は難なく圧勝出来たはずが、あの王国の光速戦艦のせいで全てが台無しになったのではないか!」
クン! と机と叩く音。それに怯えた下の士官たちが首をすくめる。
「ふぅ……報告を続けたまえ」
「は、はっ! 先程の戦闘で我が部隊は王国軍を全面砲撃戦で制圧、当初の目標だった敵艦隊の殲滅を一定部分達成しました。しかし、敗走する敵の追跡を始めようとする中、敵の光速戦艦が突撃を敢行。衝角攻撃を試み味方の光速戦艦が2隻撃沈されました」
作戦参謀の報告で会議室の空気が重くなっていく。
「そして敵の攻撃で艦隊が動揺する中、エカテリーナ2世だけが応戦を試み、敵と衝突。その結果大破されました。予想外の攻撃で、追撃は中止。敵艦隊は拠点であるオークルへ帰還したとのことです」
「……あれは一体何だったんだ! まさか戦艦が、光の速さで衝角攻撃するとか、あんな戦法見たことがない。あれのせいで俺の大勝利が台無しになって……まさか王国軍の新しい戦術なのか?」
「は。しかし、情報部によると王国軍であんな戦術が正式に立案されたことはないとのことです。具体的には、我々としても……」
「くそ! あれが何だあれ、その攻撃で貴重な光速戦艦を2隻も失ってしまった! 帰還する前から最高司令部から連絡が来てしまったぞ! 最重要戦力を2隻も失ったことについて査問会議を行うと!」
光速戦艦は、帝国においても貴重な戦力。圧勝を収めることが出来たはずの戦いで、大事な船を失ったことで最高司令部は激怒。提督とその下の主要指揮官たちへ慈悲のない監査が待っている。
勝利を収め将軍として名を馳せたかったガリツィンからしたら、予想もしなかった没落の危機が訪れてしまったのだ。
「ああ。あの戦艦を思い出すな……」
ガリツィンは憤りを覚えると同時に汗を拭き、白い手袋を被った自分の右手を眺める。
「提督、それは……」
「……王国軍の戦艦、ラ・イール。俺は数十年前に、あの船のせいで幾度も死に際に立たされてしまった」
数十年の年月を軍に努めた、貫禄溢れる提督の言葉に、その場の全ての者が沈黙する。
「伝説の戦艦。しかし俺は危機を乗り越えて奴を仕留め、将軍になった。危機が訪れた時、それを乗り越えるための屈しない精神が何よりも大事になる……」
装甲巡洋艦の艦長として、ガリツィンはラ・イールに何度も死ぬ羽目になってしまったが、生き延び続けた末に、新たな兵器、光速戦艦を用いてその船を撃破した。残念ながら、確実な撃沈まではいかなかったが。
「査問会議で処刑にされようにも、皇帝陛下の怒りを浴びようになるとも、それを乗り越える戦果を上げれば済むものだ。なら行動しないと……全軍に告ぐ。これより6時間後、王国軍の要塞惑星、オークルを攻略する!」
「「……!!」」
驚く指揮官たち。しかし、没落の危機を目の前にしたガリツィンを止められる者などありはしなかった。
「……」
攻撃を決めた帝国の将軍は外を見る。
数十隻の戦艦に、それを護衛する巡洋艦と駆逐艦。そしてそれらを補助する無数の補助艦まで。
その中、彼の目を奪うのが一つ。
修理工作艦が幾つもくっついて、必死に牽引している、半壊した光速戦艦。
エカテリーナ2世だ。
それは危うくも何とか基地に着陸し、その艦長である者が姿を現す。
「……ふむ。こんなものか」
その艦長を注意深く見つめ、ガリツィンは副官に告げる。
「副官、エカテリーナ2世の艦長、ユスポフを今すぐこちらへ呼ぶように」
……巨大なドックを埋め尽くす巨船が、俺の前に立っている。
その大きさに圧倒される中、俺は驚愕するしかなかった。
『この船、もう崩壊寸前の状態だろう』
威圧感が漂わせるが同時に隠せない激戦の跡が目に入る。
本来なら白金を思わせるような、光沢を浴びて輝くはずの船体は、塗料が剥がれていって今になっては元の輝かしい姿の痕跡すらない。
光沢どころか、表面上のほとんどが錆ついている。
整備のために自働機械や整備員の手に触れる度に、特有の耳に刺さる気持ち悪い音と共に、錆の破片が今も落ちていく。
戦艦のレーザー砲撃を正面から当たってしまったのか、側面には黒く焦げた跡と、高熱で船体が融解した痕跡がある。
無数にある被弾の傷跡と補修の跡が、この船が今まで数々の戦場の中で熾烈な戦いをしてきたことを証明している。
激戦の跡と、時間の流れによる劣化で老巧した戦艦だが、今もなお歴戦の威容を放っていた。
「戦艦、ラ・イール。伝説的な戦功を上げ、帝国に悪名を馳せた英雄艦です。まあ、数十年前の話ですが」
立ち尽くしている俺の隣でカトリーヌが淡々と説明を始める。
『英雄艦? って、数十年前って……』
あいにく、過去には興味がなくて歴史とかあまり詳しくない。でも、この船の名前は確か昔耳にしていた気がする。
「はい。この船はもう50年前のものです。正確には1263年に巡洋戦艦として就役し、その機動力を活かした戦いで、辺境宙域で大活躍したとか」
『巡洋戦艦? ああ、そうか』
カトリーヌの説明でぼやけていた記憶がはっきりする。巡洋戦艦ラ・イール、か。確かに知っている。
『歴戦の戦艦。確か、無数の敵を葬ってきた王国の彗星、だったな』
当時に戦場のパラダイムを変えた巡洋戦艦の頂点として、劣勢だった戦況を王国へ傾けさせた、歴戦の戦艦だった。
「単独で敵戦艦を18隻と、巡洋艦を23隻撃破。その他にも駆逐艦30隻を含めて無数の輸送船を破壊し、たった一つで帝国の侵攻を一次的に止めたとまで言います」
本当か。このボロボロになっている姿からするとあまり信じられないぐらいまでする話だ。
『にしても、今になっては……』
「はい。ラ・イール号、老巧化に加え、特有の弱点である防御力の薄さのため限界を迎え、帝国の光速戦艦の登場で破滅を迎えたと言います」
巡洋戦艦は、速度と引き換えに防御力を犠牲にしたのが弱点になり、正面勝負では弱いしかない。
その上で自分のスペックを上回る光速戦艦の登場で完全に時代遅れになってしまった艦級だ。
『光速戦艦か』
「はい。それでこの船は5年前に帝国の光速戦艦との戦闘で大破されました。上層部はそれを機にラ・イールを含む巡洋戦艦にはもう価値がないと判断。その全てが退役されることになったとのことです」
カトリーヌ、戦闘情報官なだけあって詳しいな。
『それで今になって急いで再就役した訳か』
戦争の激化により王国は多数の戦力を失い、それを補うために退役した戦力を再び持ち出すことにし、この船もまた戦場へ赴くことになったのか。
「はい。その通りです。改修はされているとのことですが、どんな状態までかは良く分かりません」
過去の栄光はもう残っていない、錆びだらけの戦艦。自分はこれからこの船の艦長になるのか。
にしても、不穏な気持ちを隠せない。提督はこれが本当に役に立てると思っているのか?
しかし、歴戦の戦艦の主人になるとは、不安も隠せないが同時に感慨深いなのもある。
提督が本当に改革の意思があり、俺を評価してくれているのかもだ。
『ここでずっと立ちっぱなしなのもあれだし、そろそろ行くか』
そうやって俺たちはドックと船が繋がっているエレベーターへ足を運ぼうとする時だった。
「無礼者! 身の程を弁えなさい!」
「……ん?」
エレベーターの方から聞こえてくる怒鳴り声。そこを見ると、見知らぬ2人が立っていた。
「も、申し訳ございません、通信官様……」
士官と兵士。見たら兵士の方が士官に頭を下げていた。
「兵士の分際で士官に口答えするとは、どういうことですか! それだけでなく士官の目を睨むとは……!」
「い、いや、そういったことじゃなくて……!」
何とか自分を弁論しようとする兵士。この船の所属か? でも作業着の姿から基地の支援隊の者のようだ。
「これは唯では済まないことと判断するしかありません。軍紀違反として、あなたのことを後に憲兵隊に引き渡すことにします!」
「そ、それだけは……!」
「私の決定事項に対する発言を許可した覚えはありません! 今すぐ任務に戻りなさい!」
それで悔し気に見える兵士は黙ってどこかに歩ていく。どういうことだ、と思っていたらその士官はこちらに気付いたようだ。
「……! 失礼します。デジレ・エラール中佐で間違いないでしょうか?」
『うん? ああ、そうだ。君は?』
「はっ! 私はレティシア。レティシア・アンドレと申します! 先月から本艦の通信官を務めております。これからお見知りおきを!」
思いっ切り敬礼をする彼女を見る。
青黒い制服を着込んでいて、真っ白な肌に整った顔立ち。
耳元で切り揃えられた金髪のボブカットに、士官の軍帽を被っている。
その赤い瞳と、どこかぎこちない仕草から若々しさが隠し切れてない、新入りの気配がする。
しかし、その若さと同時にちょうど今目にした権威主義に包まれた、堅物さも漂っている。
階級章を見ると階級は……少尉か。
『こちらこそよろしく頼む。レティシア少尉』
軽く答礼をする。まさか、思ってもなかった新入りを迎えることになるとは。
「はっ! 司令部から連絡を頂き、ここでお迎えに上がっていたところです! どうぞこちらへ。これより艦内を案内いたします!」
何という礼儀正しさ。しかし……俺にはこんな態度を取りながら、下の者にはああいった振る舞いをするのか。それについて後で聞いてみないと。
レティシア、名前からしたら平民出身に見えるが、その根底からこの国の体制に忠誠しているようだ。どんな風に接したら良いのか考えないと。
『良し。では案内してもらおうか』
そうやって俺たちはエレベーターに乗り、古びた戦艦に身を乗せる。
……ここは、エラールが去った後の王国軍の司令部。提督の執務室でヴァルモンがタバコを吸っている。
「提督、あの者に戦艦を任せるなど……」
その隣でモンクレール伯爵が心配そうな表情で提督を見ている。その顔にはまだ平民風情に反論されたことによる憤りが未だに残っている。
「身の程知らずの者に、戦艦は収まらないのはもう承知の上ではないでしょうか? 王国の秩序を守るにしても、あの者は到底……」
ヴァルモンは黙ったまま窓越しに外の風景を見ながら、ゆっくりとタバコの煙を吐き出す。
「わしにも考えがある。これを見たまえ」
提督はある書類をモンクレールに渡す。
「これは、最高司令部からの、機密命令書……?」
そして彼はその書類の内容にざっと目を通し、その目を見開く。
「これは……?」
「まあ、そういうことじゃ。戦というものは勝つにしろ負けにしろ、犠牲は必ず出るもの。故に保険が必要なのだ。あの者には、わしらのための生贄になって頂こう」
そう言い、提督は吸った後の用済みのタバコの吸い殻を、ダイアモンドで飾られている灰皿の上に押し潰す。