第2話 コリジオン・リュミヌーズ(2)
「敵艦隊からの一斉砲撃、来ます!」
カトリーヌの報告が終わる前に、既に殲滅の光は放たれた。
その報告で戸惑っていた精神を取り直し、直ちに現状を把握する。
『煙幕用意! 攻撃の到着予想時間は!?』
「敵のレーザー波動、到達まで後9秒です! 煙幕展開準備完了!」
『なら今すぐ展開! 残った煙幕全弾起爆だ!』
戦艦の砲撃は、いくら同じ戦艦であろうと被弾しては無傷で済むという保証はない。
その砲撃を受け止めるには煙幕は使い切っても足りないだろう。最大限出来ることをしないと。
「了解! 対レーザー煙幕、全弾展開します!」
シャルル4世に残っていた煙幕が起爆装置から展開され、重金属の霧を何重にもかけて形成する。
その直後、無数の光の奔流が津波のように押し寄せてくる。
―――――――――!!!
数十、いや、数百のレーザーが艦隊を襲い、あらゆるところで爆破が相次ぐ。こちらにも……!
―――――――――!!!
振動で戦艦が揺れる中、霧を貫いて一本の光がこちらへ炸裂し、シャルル4世に突き刺さる。
爆発が起きた訳ではないが、戦艦が激しく揺れ出す。
『ちっ……! 被弾したか!』
「報告! 敵砲撃、艦首に直撃! しかし船体には軽微な損傷しかありません! 煙幕とビーム吸収塗料で威力が軽減されました!」
『そうか』
今は戦艦の砲撃でなかったのか、幸いにも受け止められたみたいだ。一息ついたことで周りの様子を確かめる。
―――――――――!!!
また数十の戦力が被害を受け、爆発を起こしている。乱れていく戦列。
もう完全崩壊まで時間の問題に見える中、また通信が聞こえる。
「ひ、ひひぃ……! こ、これ以上は無理だ……! ぜ、全艦隊、撤退だ!! 旗艦を守れ!」
もう完全に戦意を失ったのか、提督は尻尾を巻いて逃げる気のようだ。
『はぁ……もう、終わってしまったか』
戦術マップを確認すると旗艦が退くことを機に、全艦隊が隊列を維持せずばらばらになっていくのが見える。
『もうこの戦いは負けたか……でも、本当の問題はこれからなんだな』
味方が後退するとして、敵が優しくそれを見逃してくれる訳がない。
当然追撃して来る訳だし、なら艦隊は各個撃破で全滅。
なら要塞惑星オークルも掌握され、この宙域の最重要施設であるワープゲート「スイユ・デ・ゼトワール」も奪われる。
だから、その敗北の連鎖をどうにかするには今行動するしかない。
『カトリーヌ! 光速機動の準備は?』
「は、はい? あ、報告します! ラプラス対消滅炉、現在異常なし! 光速機動のためには後10秒時間が必要です! しかし、艦長? まさか……」
『なら良い! 今すぐ準備を始めろ! 味方を救うにはもう俺たちが出るしかない。俺の専売特許、コリジオン・リュミヌーズの出番って奴だ!』
その言葉を耳にし、予想でもしていたのか、カトリーヌは断念したような表情で目を閉じる。
「えっ……光速での、衝突ですか……艦長ならそう言うと思っていました」
コリジオン・リュミヌーズ。
略すと「光る衝突」
光速戦艦の最大の強みである機動力を活かし、戦艦の質量で敵へ「光の速さ」で衝突する。
その無謀さ故に、上層部からは頭のいかれた奴だと後ろ指を刺されてきたが、その真価を発揮する時が今来たようだ。
『まあ、大事なのはこの船が耐えるかだが、経験からして十分に行ける……!』
まだ中佐になったばっかりだが今まで数々の戦闘艦を操ってきた。今まで蓄えてきた経験が己に告げている。何の問題もない、と。
「報告! ラプラス対消滅炉、活性化完了! 推進体系を核融合炉からラプラス対消滅炉へ転換を開始! 光速機動いつでも可能です!」
ようやく俺の出番が来た、と思ったらまた警告のブザーが鳴り出す。
「艦長! また敵艦隊から多数の熱源を感知! 第3撃が来ます!」
対消滅炉が本調子に入ったのか、船の奥底から特有の揺れが感じられる。それと伴って自分の中にも熱が宿って行く。なら行くか!
久々に血が滾ってくる中、通信機から音が聞こえる。
「これは……? エラール! 貴様、また勝手に前へ出る気か!? 司令官としての命令だ! 光速機動をやめ、今すぐ旗艦の防衛に回れ! 単独行動は軍法違反だ!」
提督がまたうるさくするな。俺は通信機の電源を切る。
『爺は黙ってろ。さて、派手にやらかすか!』
これからのことで精神が高揚し、その熱で緊張が解れたのか、元の砕けた言い方を取ってしまう。
今までは士官としての威厳とか面子を意識して一々言葉を選んできたが、もうその必要はねぇだろう。
『カトリーヌ! 光速機動開始だ。目標は敵の光速戦隊、右から2番目の奴! その前にまず主砲を発射する! 第1、第2主砲、一番右にある敵戦艦へ撃て!』
「はい! 主砲、発射します!」
――――――――――!!!
狙いを定め、目標に決めた戦艦へ主砲を放つ。しかし、もう命中を確認する余裕などない。
『今だ! 光速機動、開始!』
「はい! 光速移動、開始!!!」
コンソールの操作と同時に、今度はこっちの時空がねじれていく。
周りの全てが線になって後ろに過ぎ去っていく、その時だった。
――――――――――!!!
今まで俺らがいた場所に、数十の荷電粒子砲の砲撃が過ぎていく。
0.8秒の差で分かれる生死を目前にし、ここが戦場であることを尚更思い知らされる。
「報告! 本艦、無事に光速機動へ移行を完了。機関部に問題ありません!」
『良い! 目標のデータを分析! ルートに問題はないか確認だ!』
「はい! ターゲットの詳細が判明しました! 目標は帝国の光速戦艦、アレクセイ・ミハイロヴィチ号です! 衝突まで、後6秒!」
さっきの俺らと敵艦隊との距離は10光秒。光の速さで走っても10秒がかかる訳か。
間もなく敵と正面からぶつかることになる。そう思う中、戦術マップを見て何かに気付く。
光速機動の直前に飛ばした砲撃2発。それが敵戦艦へ命中したようだ。戦術マップによると撃破判定か。
そう考えている今も、最初は点に見えた敵艦隊の姿が、今も光の速さで大きくなっていく……!
「報告! 衝突まで、後3秒!」
『良し。カトリーヌ! 歯を食いしばれ! 行くぞ!』
――――――――――!!!!!
怯える時間もなく、いや、言葉が終わった直後にそれは始まった。
言わば天地を揺るがすような、空間の絶鳴。
周りを覆い尽くす轟音。
鋼鉄の船体が千切れ、潰される音。そしてエンジンが未だに激しくその全力を駆動する音に全てが塗り潰され、鼓膜が千切れそうだ。
何重にもかけて張られている保護装置でも抑え切れない振動で飛ばされそうな意識を必死に保つ。
永劫のような衝撃波の中で我を失いそうになる。
しかし、その地獄の片鱗ような衝突は、瞬き間に消え去る一瞬に過ぎなかった。
この戦艦は、正面から敵と激突したにも関わらず、一切の速度も落とすことなく物理空間を駆け抜ける。
また全てが、周りの敵艦隊と星々が再び線になって過ぎていく。
『か、カトリーヌ! 無事か!?』
隣の椅子を見る。カトリーヌは、大丈夫のようだ。
「は、はい……ほ、報告です。データによると、今の衝突でターゲットは撃破されたかと……」
コンソールの確認。そうか。今の衝突で奴は千切れ、デブリと化したのようだ。
「報告します! 敵艦アレクセイ・ミハイロヴィチ、撃破判定! 本艦は光速のままターゲットを貫き、現在敵艦隊の後方を機動中です!」
まず一隻仕留めたか。なら直ちに次の攻撃をしないと。
『敵の状況は?』
「はい! 敵艦隊、味方艦隊への追撃をやめました! 現在艦隊の隊列が乱れ始めています!」
レーザーを確かめる。敵は今提督への追撃をやめ、隊列が崩れている。今の攻撃で動揺している証だ。
『カトリーヌ! 艦首を引き返せ! このままもう一隻後ろから叩くぞ!』
敵がまともに対応できないのなら尚更この機会を逃す訳にはいかない。それに戦闘艦の後方はより防御が弱い。もう1隻仕留める絶好のチャンスだ!
「了解しました。機動経路を計算中。旋回します!」
目標を定める。敵の最右翼の戦艦は砲撃で撃破。その横は今の衝角で仕留めた。なら次は、
『目標は右から3番目の戦艦だ!』
「了解。経路修正に入ります! ターゲットのデータ判明! 目標は帝国の光速戦艦、エカテリーナ2世です!」
『良し。なら今すぐそいつを……!』
そいつまで破壊して、粉々にしてやると思ったら、異変が起き始めた。
「……! 報告します! ターゲット、エカテリーナ2世が今方向を変えました! こちらへ向けて回転中!」
『なんだと!?』
レーダーを見る限り、他の艦隊はばらばらになって身動きが取れない中、目標に決めたそいつだけが方向を変えこちらに向ける。
『衝突までの時間は!?』
「衝突まで、後20秒! って……これは、艦長! ターゲットから反物質推進機の作動を確認!」
『なに? 反物質って……』
砲撃を撃つならまだしも、それは、
「はい! 光速機動です! ターゲット、現在光速機動を試みる模様!」
これは予想外のことだ。理解が及ばない。
『まさか、光の速さで逃げる気か……? って、これは!?』
敵艦の予想機動ルートを演算した結果を目にし、俺もカトリーヌも顔が青ざめる。
『奴、こちらへ正面から突進する気なのか!?』
「はい……! 今のところそうとしか、って、衝突まで、後10秒です!」
前方を注視する。奴の周辺の空間が少しずつ揺れている。光速機動の予兆だ。
『信じられん。まさか、帝国にも俺みたいないかれた奴がいるっていうのか……?』
「報告! エカテリーナ2世、只今光速機動を開始しました! こちらへ接近中!」
やばい。冷や汗が出る。まさか敵側にもこんな戦い方をするいかれた奴がいたとは……!
「衝突まで、後5秒!」
敵艦が一本の光線になってこちらとの距離を爆発的な速さで縮めてくる。もうその姿を目では追えなくなってしまった。くそ!
今更退けることなどできない。なら最後まで突っ走るしか……!
心臓が激しく脈を打って止まりそうな中、口を開ける。
『こうなってはもうやるしかない……! 上等だ。かかって来い……!』
衝突まで後3秒。
死に際を悟ったのか、今まであらゆる音で満ちていた艦橋が静まり返り、静寂が訪れる。
真空のような静まりの中、誰もが息を呑む音だけが、自分の耳に響き渡る。
もう自分はどうなってしまうのか苦悩する暇もなく、それは始まった。
秒速30万キロメートルの速さで2つの光槍が激突し、眩い光と共に空間そのものが壊されていく。