第10話 護衛依頼
「こちら戦艦ラ・イール。特務輸送船団、応答せよ。繰り返す……」
謎の箱を回収し、取り敢えず貨物保管庫に置いておいた。
そして残骸帯を超え、輸送船の方に向かう中、レティシアが通信を送り続けている。
「報告。輸送船団との距離、現在1万㎞。相対速度、減速に移行します。と言っても、もう1隻のみですが」
数隻の輸送船と護衛艦で構成されたはずの船団は、海賊の襲撃でもう輸送船1隻しか残っていない。
『ああ。にしても、おかしいな』
海賊があまりにも強すぎる。
今までの奴らは軍と正面から戦うと、即座に敗れる程度のザコどもだったのだが、その戦闘力は凄まじい程変わっていた。
組織力もない奴らが軍の輸送船団を壊滅させるなんて、一体奴らに何があったんだ。
その裏に何かあるかもしれないと感じるものの、もう今の自分たちにはそれを究明する方法はない。
『だって奴らは全部死んでしまったしな』
陸戦ならともかく、宇宙では捕虜を得るなんて難しい。
砲撃にやられたら降参する暇もなくチリに帰っちゃうし、降参したくてもそれが自分だけで船の他の人たちがそう考えていないならそもそも不可能。
そう考えていると、輸送船からの通信が聞こえてくる。
「こちら特務輸送船団、輸送船カロス。救助に感謝する! 本艦は現在被弾の修復中にある! 我々の姿が目に見えるか?」
『……カロスの位置か』
流石に遠すぎて、目では見えないな。望遠カメラを操作してクローズアップする。
あれだ。船の残骸が浮揚している宙の中、カロス号が見える。
『こちらラ・イール。カロス号はその場で待機せよ。こちらで接近する。以上』
俺は通信用のマイクをオフにし、艦長席に座る。
『まぁ、その気であれば戦いが終わったしこのまま去ってしまうのもありだが……せっかく助けてあげたんだし、情報とかも聞きたいから近寄ってみるか』
この今も戦艦がカロスに近付いていく。
さて、これからどうするべきか。そう考えていたが、カロスの姿が目で見れる程近くなり、また通信が聞こえる。
「こちらカロス。改めて救助感謝する。貴官のおかげでこの船だけでも生き残ることが出来た! そして、その上で頼みたいことがある」
『……頼みたいこと?』
カロスとの距離、3㎞。船を停止させ、傷ついた輸送船の姿を見る。
「我々は本来、実験材料をアンビベ星系へ運ぶ予定であったが、見ての通りこの船以外は全滅した。しかし、それでも任務のためにはこの船だけでもあの星系に向かう必要がある」
なんと。この様になってもまだ任務を諦めてないのか。この声って、カロスの艦長? 律儀な奴だな。
『って、実験材料?』
特務、輸送船団に実験材料とまで。どうやら彼らが運ぶものは普通の物資ではないのか。
そうやって色々考えをしていたら、無線の声が続く。
「しかし、目標星系にまで行くには護衛が必要だ。今みたいにまた海賊や反軍に襲われる可能性もある。故に頼みたい。その星系に辿り着くまで、我々を護衛してくれないか?」
『護衛、か』
ちなみにだがマイクはオフにしているので今言っていることがその船に聞こえることはない。
「か、艦長……どう致しますか?」
レティシアが俺を見つめる。予想もしなかった依頼。さて……
『レティシア。一旦しばらく待てって連絡を送れ』
「りょ、了解しました!」
『カトリーヌ。アンビベ星系ってどこだ?』
まずはそこがどこなのかを知らないと話にならない。
「はい! アンビベ星系は、王国のロシュフォール男爵が統治する星系です。王国データベースによると、現時点では星系全てが男爵の領地になっているとのことです」
『はぁ……また貴族か。で、どこにあるんだ?』
「はい。こちらからすると約10億㎞離れているところです! 両国の最前線と近い区域ですが、激戦地とはかなり離れている、孤立した星系だということです!」
『10億って、かなり近いな』
航海システムを確かめる。まぁ、それ程の距離ではない。
しかし、問題は小惑星群だ。星系を囲む超高密度の小惑星の群れがいくつもあって、航海するには注意が必要と、書いているな。
しかし、なんであそこに実験材料を?
『あそこって何かあるのか? 何で危険を冒してまで実験材料を運ぶんだ』
「それは、私としても……でもその星系では特殊な鉱物資源などが豊富であり、それを用いた実験などが盛んになっていると書いています。多分、何かの実験のためかと」
特殊な鉱物資源に実験、か。何かを開発している気がするな。
もしかしたら、この船の得になることがあるかもしれない。
『そこは王国の領域。入ったらどうなるか分からんな』
この輸送船は俺たちのことをあまり敵対しないだろうけど、俺たちは命令を違反して軍から逃げた。
王国においてはそんな俺たちを捕まえるために必死になっているはず。自らそんな王国の縄張りに入るなんて、いくら俺でも……
「はい。それについてですが、その男爵領は王国から半独立状態であるとのことです」
『え?』
「帝国との最前線に近い位置であるため、最近では領地を保存するために男爵が国王との封建契約を取り直そうとしているらしいです」
『あ、そうだった』
王国、だからドゥ・ローズ王国は、帝国とは違って封建制度で成り立っている国だったな。
平民出身で、そういったこととあまり関係ない宇宙軍に属していたから忘れていた。
『……最近では王国が押されているから、王国との距離を取ろうとしているってことか』
「はい。それで、例え国王が私たちを捕まえようとしても、男爵はそれに応じない可能性もあります。あくまで私の予想ですが……」
カトリーヌの自信なさげな声。でも言っていることも一理はあるな。
『そう。なら運が良かったら、この船の修理を出来るかもしれない』
修復するにはそれなりの施設が必要。それに物資の補給も必要だ。
もしこの輸送船を安全に男爵の領地に送ることが出来れば、何かを得られるかもしれない。
『よし! ならそれに応じるとする! レティシア! マイクをよこせ!』
「え? は、はい!」
レティシアから通信用のマイクをもらい、カロス号を見る。
『こちらラ・イール。艦長エラールだ。カロス号に告ぐ。アンビベ星系にまでの護衛依頼、受け取ることにする! ただし、条件がある』
「こちらカロス。条件、とは……?」
取引をするにはこちらにとってもそれなりの得がないと釣り合わないってもんだ。
『条件は、輸送船団が持つ男爵領におけるドックの使用権と、物資の補給する権利をこちらに渡すことだ』
男爵領においては輸送船団全体分の補給が用意されているはず。その一部を頂くか。
「……こちらカロス。ああ、了解した。要求する権利を渡すとする! 護衛、よろしく頼む!」
簡単に契約が成立したな。ならもう動くのみだ。
『良し。なら直ちに移動を開始する! 俺たちが先頭に立つから、その後ろをついて来るように!』
通信機をオフにし、コンソールに目を通す。
『カトリーヌ! 航海開始だ! アンビベ星系までの最短航路を示せ! 核融合炉、2機起動!』
「了解しました! 当宙域から該当星系までの最短経路を計算します! そして第1、第2核融合炉の出力を向上!」
――――――――……!
機関部の出力で振動が感じられる中、またラ・イールが前へ進み、そのすぐ後ろをカロスが付いて来る。
そうやって、俺たちは当面の目標である男爵の星系に向かって出発する。
しかし、その時だった。
―――――――――!!!
『っ……!』
いきなり船が揺れ、轟音が聞こえる。
艦橋が赤く点灯し、警告のブザー音が激しく鳴り出す。
『今のはなんだ!?』
「か、艦長! システムが……!」
レティシアの声で、艦橋のあらゆるモニターを見る。
『これっ、て……!?』
「――――hR6*xW3@vY9#nM5^oP1!cB8~zG4(rW0)+aH7=qE――3{fJ6|sT2}mL9<dB5>uK1?hR8*xW――――!!!」
画面に乱数が無差別的に走る中、船のシステムが書き換えられていく。
コンソールを操作しても、反応が全くない。
「か、艦長! メインシステムを含む全てのソフトウェアが麻痺されています!」
理由は分からないが、自動化のための機器が全部無力化されている。
こうする今も、航法システム、火力統制システム、そして核融合炉の統制システムまで、あらゆるソフトウェアが機能不全に陥っていく。
『なら手動で切り替える!』
ダメだ。コンソールが全然効かない。くそ!
「艦長! あれって……!」
レティシアがあるモニターを指差す。
それは艦内の各場所を映す監視カメラの映像だが、今はその全てがノイズに塗れている。
しかし、一つの画面だけが、今だに正常に映っている。
『あれは、あの箱……?』
その画面は貨物収納庫を映しており、中央にはあの黒い箱が映っている。
『まさか、あれが原因ってことか?』
何なのかは良く分からないが状況的にそうである気がする。なら、
『カトリーヌ! お前は艦橋に残れ! 何なのか俺が直接行って確かめる!』
そうやって俺は一人だけ収納庫へ走り出す。