もう一度あのバーへ
「ご飯できたよー、降りてきてー」
深海の春の1巻目を読み終わり、2巻目を読もうとしていたとき、母親からご飯の知らせがきた。
「ほーい、今行くよー」
ありきたりな返事をし、智和は階段を降りていった。
(それにしても、結構面白かったな。海先(深海の春の作者名)先生の独特な表現が海を伝えてくれる。あの砂浜に本当に「海」があったんだな、というのを容易に想像できるクオリティーだった。正直いうとハマった)
そんなことを考えながら、智和は一階についた。
「今日は智和の好きな卵焼きもあるから、たくさん食べてね」
「うん、ありがと」
智和の父親は単身赴任で四国に行っている。
いつもの生活に父親はいない。
「もうー、元気出して、あ!そうだった、来週はお父さん帰ってくるよ」
「え!まじ!?やった!」
智和はけっしてファザコンではないが、半年ぶりに帰ってくると知ったら、喜ぶのは当然である。
「まじよ、まじ、あの人ももう少し早く帰ってくればいいのにね」
母親から聞きなれない言葉が飛び込んできて苦笑する智和。
その後学校での話をし、風呂に入ってそのまま智和はベットに入った。
☆ ☆ ☆ ☆
同じ様な日が一週間続き、何事もなく日曜日になった。
智和はお昼時にデパートにきていた。しかし、五階のソファーで智和は悩んでいた。
一言で表すと、人混みだ。
(誰かに見られたらまずいよなぁ)
おそらく、周りの人から智和を見たら、突如人が消え、パニックになるだろう。
なので、智和は六階に上がるエスカレーターに人がいなくなる時を見計らっている。
エスカレーターを気にかけながら待つこと10分、その時は訪れた。
智和はダッシュでエスカレーターを駆け抜けた。
そしてまた、引きずり込まれるような感覚に襲われながらも、あのバーについた。
やはり周りには何もなく、目の前にあるのはお洒落なバーだけだ。
「相変わらずなにもないな」
突っ立っていてもなにも起きないので、智和は迷わず「5.5階のバー」に入っていった。
「あ、いらっしゃい。えっとー、智和くん?だっけ?」
「はい!そうです、幸さん。あと、そちらにいるのは?」
5つある内の、一番奥に座っていたのは強面の男性だった。
「俺は瀬戸内茂夫だ。まぁ、座れよ」
「あ、はい」
強面のせいか、言葉のせいかわからないが、ヤクザみたいな茂夫さんに言われたとおり、一番手前の席に座ろうとした。
「あー、待って、ここ」
座ろうとした俺を止め、幸さんが指していたのは手前から2番目、幸さんの右隣の席だ。
「え?あ、わかりました」
言われたとおり、幸さんの隣に座った。
「別に深い意味は無いんだが、ここにきた順番に座っていくのがルールでな」
茂夫さんが説明をしてくれた。
「そうなんですか、ということは、あと一人いるんですか?」
ふと、疑問を口に出してしまった。
「そう─」
「そういうことよ。物わかりがよくて助かるわ」
茂夫さんの言葉を遮って、疑問に答えてくれたのは幸さんだ。
「い、いえいえ、別にそこまででは…」
そんな会話をしつつ、智和は喉乾いたなー、コーラでも飲みたいなーと、思っていたら、
「あれ?どっから?」
コーラが出てきた。
答えを求めるように幸さんたちの方を向いた。
「原理はよくわからないけど、ただで飲み食いできて便利なのよねぇ」
「うんうん」
何気なく答えてくれたが、大丈夫なのだろうか。
「そ、それってあとで請求されたりって…」
金欠の智和は、まず金を心配する。
「そうでないことを祈ろうよ、だったら私たち100万以上請求されちゃうよ」
笑いながら答えてくれたが、いったいどれだけ飲み食いしたのだろうか。
「そんなことより、智和くん。お腹空いてない?」
聞いてくれたのは茂夫さんだ。
「少し空いてきました、パスタとか…」
パスタが出てきた。ミートソースだ。
机が少し青く光ったのは確認できたが、それがなんだという話、謎だ。
(ん、んんん?本当にどういう原理なんだ?)
「出てきた、出てきた」
すごいだろ?と、言わんばかりの笑顔の茂夫さん。
茂夫さんと幸さんの前には、カレーとビール、サラダと水があった。
「はー、食った食った」
一通り食べ終わったあと、茂夫さんは仕事にもどるといい、帰っていった。
(ビールを飲んでいたのに大丈夫だろうか?)
「いろいろ説明しようか」
上を向きながら、幸さんはだるそうに口を開いた。
幸さんに言われてここに来たことを思いだし、幸さんに向き直った。
「お願いします」
「─まず、このバーに初めてきたのは瀬戸内茂男。2人目は、差江崎歩。あなたはまだ会ったことなかったわね。そんでもって3人目が私で、4人目が君だよ。」
(歩さん、どんな人だろうか…)
新しい人を知ったが、いずれ会えるだろう、と思い直し話を聞くことに集中した。
「席が5つあるということは、あと1人来るんでしょうか?」
「おそらくね、私としては女の子が来て欲しいよ」
(幸さん以外はみんな男。確かに5人目は女子がいいな)
「で、ここに来る人はみんなエスカレーターに乗っている時、突然ここに来た。日本中どこでも関係ない。来る時期は関係ない。私は四ヶ月前にここにきたよ」
(四ヶ月、いまいちよくわからないな)
「それは、早い方なんですか?」
「うーん、平均かな。大体、二ヶ月から六ヶ月」
「そうなんですね、ありがとうございます」
「大体このくらいなんだけど、5人目が来たら何か起きるってことくらいしか、あとは無いかな。これも予想なんだけどね」
質問にも答えてくれるし、普通に笑ったりもする。初対面はアレだったが、意外といい人なのかもしれない。
「5人目…いつ来るんだろう」
「さぁねぇ」
分かるはずの無いことを口に出し、そのまま席を立つ智和。
「まぁ、今日はもう帰ります。いろいろありがとうございました」
ご飯を食べて話を聞いただけだが、智和にはこの場が気まずすぎた。
「いいってことさ。みんなに伝えている事だ」
智和の感謝に反応したのは茂夫だ。
一番最初に来たってことは、それだけ伝えている人数が多いのだろう。
智和は奥の扉に向かい、ドアを開いた。
「こ、ここは…」
デパートに出るはず扉が、智和の家につながっていた。またまた答えを求めるように幸の方を見る智和。
「ふっふっふ、すごいだろ?」
「凄いですけど…」
まぁ、返ってくるのは自慢だけだ。こんなの説明のしようがない。
疑問符を浮かべながらも、智和は扉をくぐっていった。
☆ ☆ ☆ ☆
「おかえり、ご飯食べてきたの?」
「うん、友達とね」
「そう、ならいいわ」
母親といったて平凡な会話をし、智和は2階に上がっていった。
智和は、今日の事について考えながら階段を上っていく。
(一体あのバーはどうなっているんだ?エスカレータに引きずり込まれたり、食べたいものが自動で出てきたり、出口の扉も…)
智和はため息をつき、ベットに倒れた。
そして横になったまま、深海の春の2巻を手に取った。
数時間後、時刻は七時前。
智和は母親に呼ばれ、晩飯をとっていた。
特に話すこともなく、テレビを見て、お風呂に入り、歯磨きをし、この日はそのまま寝た。
それから2ヶ月が経ち、夏になった。
父親とも再会したが、1日だけ泊まり、お土産だけおいてすぐに仕事に戻ってしまった。
智和はすっかり「5.5階のバー」に馴染み、差江崎歩とも出会った。
「歩さ~ん、俺の春はいつ来るんですか!?もう夏ですけど、青い春は来ないんですか!?」
瀬戸内茂夫は25歳でフリーター。
今日は幸が不在なので、男だけのどこかふざけた雰囲気にある。
「青春なんかよりも仕事をくださいよ!仕事を…!」
そう、目に涙を浮かべながら歩は答えた。
お金のない彼らは、今日もまた、このバーにきていた。
「でもまぁ、ここでただ飯食えるのが唯一の救いですよね」
「うんうん、ここが無かったらアパート追い出されちゃうし…」
「そんなに金に困ってるんですか…」
「まぁ、そんなに気にするな。いつか仕事紹介してやるよ」
カレーを食べ終わった茂夫も会話に参加し、歩を慰めていると、鈴の音と共に扉が開いた。
「あ、幸さんこんにち…って、え!?」
「5人目は女の子だったか、あいつも喜ぶな!」
「え?あ、智和くん!?ていうかここどこ!?なんでこんなところが…」
消去法で幸が来たと思っていた智和は、目を見開いた。
来たのは幸ではなく、学校の美少女、鈴木真央だったのだ。
幸は、バーのことや智和との出会いでかなりテンパっていた。
「あぁ…えっとその…」
そして、当然智和も学年のマドンナとの出会いに少し、テンパっていた。
「おい、智和。誰だれだ?こんな可愛い子」
「とりあえずそいつの隣に座りな」
智和に問い詰める歩とは違い、茂夫はいたって冷静に事を進める。
「は、はい!」
真央は言われたとおり智和の隣に座り、深呼吸をしてから質問した。
「あの!ここはどこなんですか?」
「さぁ、智和。説明してあげて」
(えぇー!おれですかぁ!?)
勢いよく振り向くと、歩は親指を立てて、ウインクをしていた。
智和は焦っているが、席の近さや知り合いという事を考慮すると、当然である。
「こ、ここは5.5階のバーっていって、えっと…何て言うか…」
(あれ?何て言えばいいんだっけ?てか、すごくいい匂いする)
「簡単にまとめると、無料で飲み食いできる最高のバーだよ」
「エスカレーターからのみ来られる、魔法の空間ってところかな」
まだテンパっている智和に、すかさず2人がフォローに入った。
「それはなんというか…ワクワクしますね…!」
そこで真央のスマホがなり、焦り始めた。
「あ!友達待たせてるんでした、もう行かないと…」
「大丈夫だよ~でも、またきてね。出口は奥だよ」
気を利かせたのは歩。
エスカレーターに乗っているということは、予定がある。というのをもう、覚えているのだろう。
「ありがとうございます!」
そうして、いつかの智和のように真央は出ていった。
真央が出ていった後、智和は歩に問い詰められていた。
「智和くーん、どういうことかな?あんな可愛い子がいて、青い春が来ない?んんー?」
「違うんです!本当に違うんですぅー!クラスが一緒なだけで、学校でも話したこともなかったんだよ!」
「ほんとかなぁ…?智和く~ん」
「まぁまぁ、そんくらいにしてやれよ。いいじゃねぇか、智和は高校生だぞ?」
「ハァ、それもそうですね…俺たちには仕事も青春もこないのだから」
「無職はお前だけだろ」
「ウッ!仰る通り…」
智和を助けた後、冷静につっこむ茂夫。
一方智和は2人のやり取りに反応するでもなく、心臓バクバクでうつむいていた。
(えぇ?5人目があの鈴木真央!?嬉しいけど…これはどうやって接していけばいいのだろう…?馴れ馴れしくするのも変だし、かといって無言も気まずくなるよなぁ…)
「なぁ、ところで…」
今までの話を遮り、口を開いたのは茂夫。
「これで5人全員が集まったんだよな?つまり、何かアクションがあるんじゃないか?」
「あぁ、確かそんな話しもしていたような…」
智和は思い出したかのように、顔をあげた。
「でも、何も起きてない…よな?」
「そうだなぁ、今回は梅田がいないからか?」
「あるとしたら、それだな」
智和も納得していて、静かに頷いた。
「では、来週の土曜日に集まりませんか?」
予想を確かめるために、智和は一番集まりやすい日を提案した。
「俺は大丈夫だな」
「俺も~」
「決定ですね、真央さんには俺が伝えておきます。では、今日はこの辺で帰ります」
「おう、また土曜な」
「はい、それでは」
そうして智和は扉を開いた。
(何回使っても原理はよくわからないな)
そんな事を考えながら智和は、自宅へと帰っていった。
☆ ☆ ☆
(よーし、話しかけるぞ!)
月曜日、そんなことを考えながら、智和は教室の扉を開いた。