第49話
タイトルを見た瞬間、進はその曲に心当たりがあった。以前に演奏したことがあるというわけではなく、単にそれなりの知名度があるからだった。
歌詞を読み進め、心当たりは確信に変わる。同時に浮かんでくる曲調は穏やかでありながら特徴的で強く印象に残る。
「あぁ――」
「知らない。なんの曲?」
進の言葉は翼が遮るように被せ、掻き消える。それほど古い曲ではなかったが彼女は知らなかったらしい。
それどころか雪緒もまうみも首を横に振る。そもそも、と前置きして、
「英語の歌詞見せられてもわからないわよ。せめて曲を流しなさい」
雪緒の言う通りである。洋楽の歌詞だけ見せられて判断しろというのはなんとも難しく、知らない曲ならばもはや意味不明な行動に映るだろう。
しかしさくらが伝えたかったことはそこになかった。
「この歌詞なんだけど今の私たちにぴったりじゃないかなって思ったの」
すこしの沈黙のあと、進だけが頷いていた。
その時点で嫌な予感がしていたのだが、
「……おっさんだけが知ってるってことは懐メロってことか」
翼が進を一瞥してから言った言葉に心を抉られていた。
懐メロとは。そんな定義は曖昧なのに時代遅れ、流行に乗れてない、と人を傷つけるに足る言葉を他に知らない。カラオケで一番言われたくない言葉ナンバーワンだろう。
「……とりあえず、和訳歌詞でも検索しましょうか」
いたたまれない雰囲気を察してか、雪緒が提案する。その顔は苦笑いに満ちていた。
「……いいじゃん」
和訳歌詞を見て、その後曲を聞いて翼が呟く。
「ね、凄くいいよ。さくら、よく見つけたね」
「うん、たまたまだけど」
まうみに褒められ、さくらは満更でもない表情だった。
吹奏楽向けの曲でもあり、探せば楽譜も、有名な奏者による動画もアップロードされている。スローペースな分、綺麗な音を出すことを求められるが、どちらかといえば難易度は低かった。
しかし、
「今から曲増やすの? 大丈夫?」
雪緒の懸念は当然のこと。全体練習は残り一回、まだ他の曲の完成度も十分とは言えない中でもう一曲増やす行為がどれほど大変か、分からないはずがなかった。
「駄目……かな?」
「駄目っていうか……」
雪緒が言い淀む。賢明な選択をするなら論外であり、やってやれないこともない。総合的に見て、判断するには時間が必要だった。
「私はやりたいな」
「まうみ……あんた部長なのよ」
「うん、だからだよ。さくらが出してくれた提案を蔑ろにしたくない」
雪緒から立場を口にされてなお、まうみは言い切っていた。重い決断であることを理解していた。
進が翼を見ると、彼女は「ん」と口の端で笑みを作る。これで三票、副部長の雪緒はいつも貧乏くじを引かされていた。
「はぁ……藤田先生への説得、ちゃんとよろしくね」
それは雪緒なりのエールでもあった。
「今から? 無理よ、そんなの」
「そこをなんとかお願いします」
ファミレスに呼び出された紀美は、事情を聞いてまず否定から入っていた。
まうみが懇願するも、首を横に振るばかりで、
「曲順も考えちゃったし、時間もね。貴方たちはいいけど今回はこいつや克樹達もいるから」
「みきすけ。……いや、紀美」
進は言い直して彼女を見る。
真っ直ぐな視線を向け、
「俺含めてそこは考えるなよ。お前と子供たちの部活だろ」
「進……」
進たちは外様である。そこに決定権はあってはならない。
ただ、聞いた紀美はため息をついて、
「そうなんだけど、一番心配なあんたに言われるのだけは違う気がする」
「……すみません」
ぐうの音も出ない言葉に、周囲から苦笑が湧き上がる。
「まうみさん」
「はい、先生」
「どうしてもこの曲じゃないと駄目なの?」
「はい。この曲以上に私たちの気持ちを伝えられる曲はないと思います」
珍しく強情を見せるまうみに、紀美は考えて、もう一度生徒の顔を見る。
ひとりひとり、彼女たちに宿る意思を確認して、
「……わかった。私も賛成よ」
「賛成なのかよ」
了承ではなく賛成。そこには天と地ほどの差があった。
じゃあ何故最初に無理と言ったのかという話になる。怪訝そうに見つめる進の顔を見て、
「適当な理由じゃなかったからよ。特に皆で決めたんでしょ、私たちだってそんなことしたことなかったじゃない」
「まぁ……」
演奏する曲は全て顧問が用意するのが決まりだった。コンクールの曲だってそう、いつ、どの曲を演奏するか、それまでに必要とされる技量と楽器の種類、総合的な判断を学生がするには荷が重い。
その見えない鎖を引きちぎっての提案は、彼女たちの成長に他ならない。進は素直に感心していた。
「私もこの曲好きだしね、それに――」
「それに?」
「志賀先生を見返してやりたいって気持ちは共感できるから」
紀美の言葉に進は頷く。その気持ちはよくわかる、が。
「――いや、お前寝てたじゃん」
「な、なんのことかしら?」
テーブルに突っ伏す痴態を目の当たりにしていた進は言及せずにはいられなかった。




