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第43話

「合コン……っすか?」

 聞き返すほどには馴染みのない言葉のようで、それは進も同じであるが、ただ首を縦に振る。

 他に知っている独身男性などいないのだから頼みの綱は彼しかなく、天から伸びる蜘蛛の糸のように頼りない。本当に物を知らないのだと、幾ばくかの後悔をしてももう遅いことだった。

 とはいえ、断られたところで負うダメージなどない、それどころか厄介事から逃れられると歓迎すらしていた。なにが楽しくて見ず知らずの女性と後輩とで酒を飲まねばならぬのか、宴席というものはもっと楽しくあるべきというのが信条の進にとって、できれば断ってくれと切に願っていた。

 しかし、人は願望を抱えるほど叶わない、裏切られるというのが通説であるらしい。

「いいっすよ」

「えー」

「えーってなんすか。誘ったのはそっちじゃないですか」

 そうだけど、と進が口ごもる。なんて先輩思いじゃない男なのだろうか、評価が下がった。

 不満を表にだした顔をしてもその後輩はなんら気にした様子もなく、

「で、いつっすか?」

 やけに乗り気な態度が進をイラつかせていた。

 ……いやいや、切り替えよう。

 考えようによってはこれもまた得難い体験である。いいとこ探しほど虚しいことはないが、今は精神的に落ち付いているのだ、できるときにできることをしようという考えはいまだ健在だった。

 そしてはたと気付く。

 何分前述のとおり合コンの経験などないのだ。それでもわかっていることとしては男女同数集めなければならないということ。しかし、その何人を集めればいいかまで協議がなされていなかった。

 おそらくその手の話題について経験豊富そうな目の前の男に頼るしか道はなく、

「……日は追って連絡するから、人数だけ集めておいて」

「了解っす。何人ですか? 他に誰へ声かけました?」

 矢継ぎ早に聞かれて進のキャパシティは限界を超え氾濫警報が鳴りっぱなしである。そんなに決めることが多いのか、と絶望しながら、

「任せる」

「いや、困ります」

「よろしくやっといて」

「人の話聞いてます?」

 聞いている、理解できるだけの頭がないだけだ。

 とりあえずなんとかなったな、と人心地がつき、進は満面の笑みで帰路へとついていた。




 そして合コン当日のことである。

「カンパーイ」

 場所は進の会社のほど近く、オフィス街のはずれにある駅地下の雑居ビルの中、入れ替わりの激しい立地で最近できたという、真新しさだけが取り柄のそこそこ綺麗な居酒屋で行われていた。

 この日まで紀美と後輩の間に立ち、密に連絡を取ること数回、紀美の望みどおり無事開催となっていた。

 ……疲れた。

 普段使わない頭の使い方をしたせいで、進は何度目とも知れぬため息をつく。一週間ちょっとで開催できたのだからその尽力がわかるというものである。

「皆はどんな関係? こっちは会社の先輩と俺の友達」

 やはりというか、場慣れしているのだろう、後輩がこの合コンの主導権を握っていた。幹事である進を差し置いて、などと彼が感じるはずもなく、むしろ今日まで気を使い、さらに進行役まで買って出る必要がないことをただただ喜んでいた。

「紀美先輩とは大学の後輩で――」

 会話は勝手に進んでいく。それを横目で見ながら好きに酒を飲んでいればいいだけなのだから、進も文句はない。中には知らなかった後輩のプライベートな一面も垣間見られて、関心する一幕もある。

 問題はなさそうである。

 ただひとつ、気になる点があるとするならば――。

「あ、取り分けるわよ」

「先輩はいいですから。私がやりますよ」

 積極的に前へ出ようとする紀美を、他の女性陣がことごとくブロックしていた。

 なんというか、ただかわいそうである。そもそも人選からして問題があった。紀美が誘った女性も進の後輩が集めた男性も、ともに若い。五つ違えば流行りも変わっているもので、ひとり話題についていけず四苦八苦する紀美の姿を見て、進はただ吹き出すのを堪えていた。

 引き立て役の道化、その彼女が助け舟を求めて視線を回すが進はただ首を横に振って返す。紀美にできないことは進にもできないのだ、そもそも焦る立場でもないのだから労力を割く気にもなれず、暗雲立ち込めたまま会は時間だけが過ぎていった。

「先輩、どうなんですか?」

 後方で見守る保護者のように気配を消していた進は、いつのまにか話題を振られていることに気付いて、

「あ? ごめん、聞いてなかった」

「えー、ちょっと集中してくださいよぉ」

「わかったって。で、何?」

「紀美さんとはどういう関係なんですか?」

 女性、紀美の隣に座る人が聞いていた。

 どういう関係も何もなく、

「ただの中学の……クラスメイト?」

「なんで疑問形なのよ」

 進が首をかしげながら見ると、ひとり哀愁を漂わせていた紀美が突っ込む。その顔はすでに赤く染まりつつあった。

 話題に入れない鬱憤を飲んで晴らそうとしているのだろうか、誰よりも早いペースに大丈夫かと心配になりながら、

「他に説明のしようがないだろ」

「そんなことないでしょ。一緒に苦楽を共にしてきた仲じゃん」

「……?」

 そうだったか、と思い返してみても、ぴんとこず、進は後輩の男性を見る。見られたほうもただ困ってしまうが、その表情が面白くて笑いながら、

「いやー、忘れた」

「最低!」

 紀美は吐き捨てるように言う。

 仕方ない部分もあるのだ、進に部活で苦労した経験はあまりなく、あったとしてもそれは当時の顧問による無茶ぶりである。親の離婚に伴う生活の変化など、印象の強い出来事があったせいで部活動の記憶などたいして残っていなかった。

 今更紀美から何と思われようがどうでもよく、酒が入りだんだんと気持ちが大きくなっていた進は、声を出さずに笑っていた。心労さえなければただの笑い上戸なのだ、特に何も考えていない顔でジョッキに口をつける。

「ったく、こいつは昔っから……」

「仲良いんですね」

「腐れ縁なだけよ」

 悦に浸る進を、紀美は汚物を見るように睨む。その後ろで含みのある視線が取り巻いていた。

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