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第42話

「人のこと罵倒しておいて自分はだんまりは卑怯だろ」

 昔をよく知る間柄とはいえ、礼儀はあってしかるべき。昔通りの真面目さをまだ持ち合わせているなら罪悪感につけ込むような言い方は効果的だと、進は考えて言葉を発していた。

 案の定、

「……どう思った?」

 か細くとも会話を続ける意思は見せていた。

 しかし不鮮明な質問である。

「何が?」

「克樹のこと」

 これもまだ不鮮明だ。質問とはえてして望む回答を用意したうえでなされるものだが、その真意が進には見えていない。

「どうって……昔みたいだとしか」

「だよね!」

 食い気味に真喜子が言う。もはや叫びに近い。

 急上昇したテンションに進はあっけにとられたまぬけ面をさらしていた。てっきり愚痴のひとつやふたつ、いや十や二十と機関銃のように撃ち続けられることを覚悟していたのだが、雰囲気が予想から横道に外れ始めていた。

「えっと……どういうこと?」

「あの人、トロンボーンが好きなのよ」

「知ってる」

「昔から変わらないのよね。人のことよりいつも楽器を優先して。たぶん子供を抱いていた時間よりトロンボーン持っていた時間のほうが長いんじゃないかしら」

「はぁ……」

 愚痴である。ただし進が職場でよく聞くような態度とはほど遠い。

 機微の違いがあることはわかっているが、詳しくは理解していないため、返答に悩んだ末、

「あいつもしょうがない奴だよな」

「は?」

 ただ同意しただけなのに威圧されていた。

 どうやらよくない返答をしたらしいということだけは理解したが、その原因は未だ不明である。ミラーリングという、相手の模倣をして親近感を増す、唯一の武器を取り上げられてしまい、進は苦境に立たされていた。

 どうすればと心の内で頭を抱えていると、

「……嫌われたかなぁ」

 誰に向けられたものか曖昧な独白が車の中から漏れ出ていた。

 嫌われた、とは。話の流れから判断して克樹のことだと察した進は首を横に振る。

「なことないって。あいつ、未練たらたらだし」

 でなければ出ていく真喜子を引き止めようとなどしないし、子供の野球も見に行かないだろう。些細なきっかけで離婚したのだからまた些細なきっかけで付き合い始めても変な話ではない。

 優しい男、それが進の抱える克樹の印象だった。どこまでも人に優しいせいで、見ている方が不安になる。反面進は自分勝手がすぎると注意されるのが常だった。足して半分にすればいい塩梅になると何度も言われていた。

「まぁ、気にすんなよ。お互い新しい恋でも見つけて忘れてもいいんじゃないか? あいつも引く手がないわけじゃないみたいだし」

「……そう、だよね。紀美とかのほうがお似合いなのかも」

「いや、中学生」

「中学生!?」

 進の発言に真喜子は驚き。

「――中学生!?」

「なんで二回言ったんだよ」

「だって犯罪じゃん! 駄目でしょありえないしロリコンだったの?」

 息継ぎなしで感情を爆発させるが、逐一言葉が進にも突き刺さる。大人の正論は誰も救わないのだ。

 反論するわけにもいかず――といっても翼との関係が真喜子に露呈するのは時間の問題なのだが――愛想笑いを浮かべていた進は、どうにかしてこの話題を切り抜けようと頭をめぐらせていた。身から出た錆なのだから自分で回収する、当たり前のことがとても高いハードルとしてそびえ立つ。

「克樹はそんな本気じゃないと思うから」

「相手の子は本気ってこと?」

「……どーなんすかね? まだ恋愛が何かもわかってない、年頃って奴だと思います」

 自分も最近まではわかっていなかったくせによく言う奴である。

 真喜子は目を閉じて深く呼吸する。まるで眠るかのように気持ちを整理してから、

「……どうすればいいと思う?」

 難題を突きつけていた。

「何が?」

「わかるでしょ」

 わかるもんか、と反射的に口を開きそうになって、進は固く口を閉じる。突発的な発言はだいたい良くない結果をもたらすと学習したからだ。

 結局何が言いたいのか、読み解くには勉強と経験と考える時間が必要で、そのどれもが欠けている進は必然的にひとつの答えに辿り着いていた。

「……やりたいようになるしかないだろ。やらねえ後悔よりやる後悔、謳歌した人生こそ花道ってもんだ」

 よくわかっていないからこその肯定である。これで駄目ならお手上げだった。

 聞いて、真喜子はうんうんと二度頷き、

「――そうだね。そうだったよね。よし、私も覚悟決めるかぁ」

「おう、その意気だ」

 久しぶりに険のない笑顔を見せていた。女性に限った話ではないが、やはり笑っている方がいいと進は再認識する。ただ、その拳が意気込み以上に固く握られている理由については見て見ぬ振りをしていた。




 さて、色々あった週末を終えての火曜日のことである。

 一応でも約束したことを蔑ろにするような大人は教育上よろしくない、という信念の元、進は行動に移すことを決意していた。

 始業前、タイミングが合わず断念。

 昼、業務で外に出ていたため不可。

 業務後、いつの間にか見失う。

 進も帰りの支度をしながらふと気付く。

 まるで避けられているかのように、目的の人物に出会えないのだ。いや幽霊ではないから存在は把握している、業務と関係ない話だからと後回しにした結果が今に至っていた。

 たまたま、そう片付けることは簡単だ。しかし昨日に続いて二日、これで明日もとなれば偶然ですまされることだろうか。何日までなら偶然であり、いつから必然に変わるのか、誰にも分からない証明に足の力を失いかけていた時だった。

「あ、お疲れっす」

「……お、え、あー」

「どうしたんすか? オットセイの真似でもしてるんです?」

 急に現れた男性に進はまともな返しを忘れていた。意味のない言葉だけが口から溢れ、当然笑われる。

 会社の後輩である。まだギリギリ二十代で、社会人としてはなかなかに軽い言動が目立つ。それでも仕事は不可なくこなし、何より、

「はぁ……あ、お前独身だよな」

「え、まぁ」

「彼女は?」

「なんすか? 急っすね」

「合コン企画させられてんの、行けるかどうか聞いてんだよ」

 別に隠すことでもないと、全部をさらけ出していた。

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