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第29話

「美味い!」

「何言ってんだか、普通の味でしょ」

「だとしても、愛情に勝る調味料はないってこと。一人暮らしだと食事じゃなくて栄養摂取になるからこうやって誰かの顔を見ながら食べるってだけで味わいかたも変わるってもんだ」

「へぇ……それなら私じゃなくてもいいってこと?」

「そ、そんなことないって」

 小悪魔的な笑みを浮かべて翼はからかう。二十も下だというのにもう手玉に取られているようだ。

 二人だけの空間が作られていたが、本当に二人だけで食べているわけではなく余りに余っている空き教室で女子四人と進が机を突き合わせての昼食だ。いつもの状況に進が邪魔しているとも言える。

 だから、

「……ほんと鬱陶しい。もうちょっと落ち着いて食べられないの?」

 今時小学生でもやらないような惚気を見せられて、雪緒の箸は遅々として進まない。それもそのはず、親子のような年齢差でやたらと距離の近い二人がただいちゃついているところを至近距離で見せられているのだ、目を背けても耳は否応なしに言葉を拾うせいで無視する訳にもいかず、笑えないやり取りに我慢の限界だった。

 ただ誤算は翼が小言を聞いて反省するような、殊勝な心構えのある人ではなかったことだ。

「鬱陶しいのはそっちじゃん。あのバツイチおじさんを誘えなかったからって不機嫌になってさ、それでこっちにあたるなんてみっともない真似するなっての」

「はぁ!? そんなことしてないし、それにバツイチっていうのはやめなさいよ」

「事実じゃん」

 それはその通り、同じ成人男性として進は愛想笑いしていた。世の中事実陳列罪などないのだから翼を咎めることなど出来はしないのだ。

 バツイチ云々に関しては一生付きまとうもので離れていくもののない、貧乏神だとして、これ以上の問答は不毛だと翼は話題を変える。

「――で、まうみはどうしたの?」

 その目線は一人の少女に向けられていた。いつも明るく元気満点、いつも話題の中心にいる人物が萎れた花のようにしていれば、鈍感な進ですら異変に気づいていた。なにか事情があるのだろう、同級生同士で共有しているならわざわざ大人が首を突っ込む事でもないと様子見していたが状況は想定よりもずっと閉鎖的だった。

「……なんでもないよ」

 返答とは裏腹に表情は深夜二時の山林のように暗い。当然その言葉を信じるものはなく、

「なんでもないならなんでもない顔してよ。辛気臭い」

「翼、やめなよ」

「ゆきはそれでいいわけ?」

「いいも悪いもないわ。人に言えない事のひとつくらい誰だって持ってる、言えるときまで待つのも友達でしょ」

 信頼しているのだろう、しかしその顔は岩のように硬く見えていた。傍からすれば鬼か悪魔にしか感じないことだろう。

 怒りが一周してむしろ冷静になっていると進はお弁当に箸をつけながら考えていた。よく紀美がなる状況である、こういう時は静かにしているのが正解だと経験が語っていた。


「唐澤さん」

 珍しい呼ばれ方に進は振り返る。職場と病院以外ではここ最近珍しくなったことに生活が変わったことを意識させられていた。

 時は夕方、部活終わりである。とある計画のため進が一人車に向かっているところを雪緒に呼び止められていた。まだ片付けの最中であるはずの彼女が何故ここにいるのか、というより何用かと進は疑問を抱く。

 何しろ接点がないのだ、ある意味では一番警戒心が高いのは雪緒である。まぁ知らずのうちに同級生を一人手篭めにしているのだ、警戒しても仕方がないとも言える。

「どうした?」

「ご相談したいことがあるんです」

「……翼のこと?」

 唯一と言っていい心当たりを口にしても雪緒は首を横に振っていた。

 ならばもうお手上げである。心当たりがないので進は雪緒の口が開くのをただ待つしかなかった。

「……まうみのことです」

 意を決して言われたことに進は頭をひねる。

「人選間違ってないか?」

 素直な感想だった。問題を抱えていることは認識しているが、頼るべきは同級生、ないしは紀美がいる。技術に関してなら克樹が対応できると、進が出しゃばる隙はないように思えていた。

 しかし雪緒の中では違うようだ。

「いえ、多分家族のことなので。あんまり近い人には相談できないんだと思います」

「それで俺に白羽の矢が立ったと。まぁ出来る限りは――」

 頑張らせてもらう、と言いかけて言葉が止まる。

 それは逃げの言葉、駄目だったとしてもやるだけやったという、在り来りで常識的な対応である。

 ……かっこ悪い真似は出来ねえよな。

 進の脳内には前日の翼の台詞があった。別に強要された訳でもなくこの場にいない彼女へ配慮する必要はないのだが、それでも翼が誇れるような存在でありたかった。

「――よし、じゃあ今からやったるか」

「今から、ですか?」

「一週間も身が入らないと支障があるだろ? こういうのは気持ち早いくらいでちょうどいいんだよ」

 実体験である、悩みなんて抱え込んで良くなることはないのだ。


「すまんな、帰り遅くして」

「あ……いえ……」

 翼に車の鍵を預けた進は、雪緒に呼び出してもらったまうみと空き教室にいた。他に誰の姿もない。

 状況は二者面談の体裁である、一つの机を挟んで椅子に座る、まうみは呼び出された理由がわかっていないように居心地悪く肩をすぼめていた。

「で、時間もないから言うけど最近様子がおかしいじゃん?」

 はばかることなく進は告げる。

 誰がどう見ても、なのだ。それでもまうみは、

「……おかしくないです」

 頑として認めようとしない。

 ここで強引に話を聞こうとしても意固地になるだけなことを進は知っていた。だから、

「悩みはないのか?」

「ありません」

「そっか。ちなみにだが俺はあるぞ。翼のこともあるし仕事のこと、母親の老後に、あっそろそろ朝飯がパンケーキなのも飽きてきたってのもあるな」

 つらつらと書き連ねるように述べる進の悩み事は、その表情から見て取れるように恐ろしく軽い。それでも悩みは悩みである、ひとつもないと公言したまうみよりは苦悩していると言えた。

 で、納得するのは余程聞き分けのいい人だろう。

「バカにしてるんですか!?」

「バカになんかしてないって。誰だって大なり小なり悩みは抱えてるんだ、一つや二つ吐き出したところで関係が壊れるような友達付き合いしてないだろってこと」

 荒れ狂うまうみへ進は冷静に答えていた。

 結局進は外様なのだ、状況も立場も知らず助言なんて出来ない、親身になって解決へと導いてくれるのは近しい人間である。もちろん進とて頼まれた以上全力を尽くす所存ではあるが、敵わないところというのはどうしても存在していた。

 ただ、まうみの悩み事というものは案外拍子抜けする内容だった。

「……引越しするんです」

「どこに?」

「沖縄です」

「へぇ、羨ましい」

 なんとなくイメージだけで進は感想を口にする。本島の人間からすれば沖縄というのはわざわざ観光で行くリゾートという印象があるがゆえの言葉なのだが、前情報で悩んでいるという事実をしっかり忘れた発言にまうみは怒る気力すら失われていた。

「羨ましいなら変わってください。皆と離れ離れになるんですよ」

「あ、そっか」

「ほんとにもう……」

 そりゃもう呆れられていた。めげることを知らなかった今までならいざ知らず、今の進には堪えるものがある。

 人間そうそう変わらないということで、ごめんと頭を下げてもまうみの溜飲は下がる気配を見せない。ここでなんでもするといえば翼の二の舞であるし、彼女にも不誠実、解決策は一つしか残されていなかった。

「……まぁうん。すまん、助言は出来ん」

「きっぱり言うんですね」

「仕方ないだろ、高校入ってから音信不通になった立場だ、何言ってもお前が言うなで終わっちまうよ」

 本当ならずばっと悩みを解決出来れば最良だった、しかし進はその答えを持ち合わせていない。適当に話を合わせることも出来たが、そこに誠意はなかった。

 引越し、それも県外。明らかに親の仕事か介護など、子供ではどうしようもないことである。あと三年経てば大学生、一人暮らしとしてこちらに残っても問題ないだろうが、高校生、親もなかなか許可しずらい。

 ふと、進は考える。翼は気にするだろうか……なんとも読めないところである。あれでいて情に厚いところもあるのでショックを受けそうにも思えるが、仕方ないとも言いそう。

 そう、仕方ないのだ。恐らく決定事項、変えようのない事を誰がなんと言おうと無駄だった。

 今の時代、どれだけ遠方にいようとも会話はできる。しかし共に青春を謳歌することだけは出来ないのだ。

 ……どうしようかなぁ。

 正直お手上げ、進ですらそうなのだからまうみは言わずもがな。

「……悩むなぁ」

「それは私の台詞なんですけど」

 話は暗雲立ち込めたまま結局解決の糸口は掴めずに解散となっていた。

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