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第26話

 中学生の本分とは。勉強であることは言わずもがな、あとは部活動、そして集団生活における規範を学ぶこと、特に上下関係についてだろう。

 ではそれだけでよいのかと問われれば、流石に息が詰まるというものである。大人ですら週に五日六日、日に八時間しか仕事をしないように、子供だって、否、子供だからこそ息抜きが必要なのだ。型にはまった生活では得られないものも多く、進の持論ではないが、他に大事な用があれば学校などいくらか休んでも構わない。中学生から世界で活躍するプレイヤーなどがその最たる例だった。

 では現役中学生の吹奏楽部の面々がどのように余暇を過ごしているか。それは朝から始まっていた。




 早朝のことである。

 時刻は六時、空は既に柔らかい青で染まっている。朝露で湿気る空気は清々しい重さがあり、鳥のさえずりに混じって風の走る音が耳に心地よい。

 そこには一つの家屋があった。周囲を田んぼと山肌に囲まれた、緑の中に瓦屋根の灰色がぽつんと目立つ。

 二階建て、プレハブ工法で作られた現代的な家屋は特筆するほどの特徴はない。市街地に出れば似たような建物などいくらも見つかることだろう。見た目よりも値段が決め手になった、そんな印象を受ける。

 別にそれが悪い訳ではない、よくある理由であり、家など雨風しのげて帰って寝るだけの場所と思っているのなら十分に立派である。どうせ十年も経てばあちらこちらにガタがきはじめ、内部も汚れ家電も古くなる。それならば初めから何か足りない程度のほうが愛着も湧くというものだ。

 その二階、バルコニーには物干し竿が立っている。まだ洗濯には早い時間だというのに、人の姿があった。

 まうみである。

 彼女は学校から借りているトランペットを手にしていた。その先端には黒い弱音器(マフラー)を取り付け騒音対策は万全、あとは息を吹き込むだけだ。

 山おろしの冷たい空気を肺に入れ、一息つく。教わったことを今一度反芻して、イメージ。頭の中でちゃんと形になってからでないと、練習の意味がない。

 ……よし。

 朝靄の中、稲葉が揺れる。青いさざなみを見つめながら、日課の朝練が始まっていた。





「おはよー」

「おはよ」

 教室の戸が開き、入ってきたまうみが挨拶する。ここ最近朝練がなくなった男子含め全員に向けたものだ。

 これで七人全員がそろっていた。本来四十人程度が入る教室にたったそれだけの人数、お互いの距離を十分に空けたとしてもスペースがまだ半分も埋まっていないとなればどこか物悲しい。三年も経って当人たちはもう気にしてないとはいえ、ぽっかりと空いた穴はもう埋まることはなかった。

 Wを何度も書いたように前後して机が並んでいる、その真ん中にある席へまうみが座ると、女子生徒が集まっていた。

 距離の関係で一番遠いまうみが必然的に最後の登校者になる。何しろ自転車で一時間はゆうにかかるのだ、早く出た分だけ早くつくとはいえ、自主練に朝食、登校の準備と何かにつけて時間は過ぎていくもの、雨の日など合羽を来て猛ダッシュする姿は苦労がよく分かるだろう。

 さて、女子が集まるのももはや恒例行事、朝のホームルームが始まるまで予習するなんて花の女子中学生はやらない訳で、いつも他愛ない話しで盛り上がる。だいたいテレビや雑誌で仕入れた知識をひけらかすのだが、ここ最近はめっきりある少女の話題で持ち切りとなっていた。

「で、その後はどう?」

 まうみが聞く先は当然翼である。彼女はやや面倒くさそうに、しかしどこか嬉しそうな一面を顔に覗かせていた。周りと比べ一歩大人の階段を登ったという優越感は隠しても隠し切れるものではなく、連日話題になっているとはいえいくらも飽きないのであった。

「そんな面白いことなんてないから。溜まってた仕事が忙しくて残業続きらしいし、そもそも会って話してないしさ」

「でも毎日チャットはしているんでしょ?」

「そりゃね。それくらいしか話出来ないし」

 愛されてるわね、と雪緒が茶化せば、翼はやめてよと不貞腐れる。まだ胸を張って自慢できるほどすれてはいないようだった。

 これでも相当進歩した方なのだ、そもそも連絡不精の進がここまでマメに返信すること自体天変地異と言ってもいい、病欠している間に溜まった仕事を何とかして取り返すため日々残業している間も、時間を見つけては翼との時間を設けていた。アラフォーの童貞が浮き足立っているようにもみえるが、彼なりの誠意と多少無理をすることで変わろうとする決意の現れだった。

 翼もそれを悪くは思っていなかった。むしろちゃんと愛情が存在していることに喜びすら感じていた。物事斜に構えていても年相応な一面はあるわけで、こちらの方こそ浮かれていた。

「いいなぁ。私もそういう経験してみたい」

 惚気話にまうみが感想をこぼす。それを聞いて心中穏やかでないのは他の女子ではなく、その更に周り、聞きたくなくとも耳に入ってしまう男子であった。野球部最後の試合も終わり、あとは高校受験に向けて勉強漬けの日々、ようやく長い期間の禁欲生活も終わりを迎え、そろそろ違う青春も経験したくなる頃合いでそんなこと言われたなら落ち着いてなどいられるものか。

「そう簡単にはいかないわよ。まうみは騙されそうだもの、もし告白でもされたら私に言いなさい、代わりにちゃんと審査してあげるから」

 そこへ雪緒が釘を刺す。七人とはいえ三年間クラス委員長、名目上生徒会長も勤める彼女の存在は、見た目通り鉄の女として畏怖されている。そんな彼女が姑の如く審査すると言うのだから、男子の気勢は底辺まで削がれていた。

「えー、大丈夫だもん」

「大丈夫じゃないから言ってるの。昔告白されてすぐキスされてたじゃない」

「幼稚園の頃の話でしょ、それは」

 幼少期の頃の話をあげつらわれて、まうみも気分はよくない。ふくれっ面を見せるところは年相応に可愛らしいと言えるだろう。

 しかしよく知る仲であるということはお互い様でもあるのだ、まうみは思い出したように笑みを浮かべると、含みのある目で雪緒を見つめていた。

「ゆきはどうなの? しれっと連絡先交換してたじゃん」

「なっ!? ……なんで知ってるのよ!」

「あ、やっぱり交換してたんだ。ソワソワしてるからそうじゃないかって思ってたんだよ」

 したたかに幼馴染を嵌めるくらい造作もないというようにまうみの目が光る。

 先日の土曜、部活終わりの帰り際、誰もいないところを見計らっての犯行だった。わざわざ外に出てから忘れ物をしたと戻るあたり、本気度が伺える。

 意趣返しされ、目を細める。それも直ぐに横へ流れて、ばつ悪そうな顔をして翼に向いていた。

「なにさ」

「……別に」

「……あー、趣味悪いって言ったこと? 気にするくらいなら諦めれば?」

 肘をつき、手のひらに顎を乗せた翼が冷たく言い放つ。一歩も二歩も先を行く余裕が格の違いを見せつけていた。

 翼とてイジワルで言った訳ではない。まだ恋に恋するお年頃、頼りになる大人への憧憬との違いも分かっておらず、バツイチという地雷への忌避感も拭えない耳年増な部分が競り合うくらいなら素直に同世代の子か時期を選ぶべきであるという親切心に他ならない。なにひとつ瑕疵のない人間などいないのだとしてもまだ理想を胸に抱き、現実に打ちひしがれるには若すぎた。

 雪緒は唇を噛み締めていた。それでも声を荒らげることなく、本当に小さな声で、「……考えとく」と、負け惜しみのように言う。

「あー、さくらはどう?」

「えっ!?」

 よくない雰囲気を察したのだろう、まうみが話を変えるが、それはキラーパスもいいところ、完全に油断しきっていたさくらは素っ頓狂な声を上げていた。

 注目が集まる、童顔でありながら女性らしい身体付きと、その手の趣味に刺さるような魅力があるのだから、本人が望む望まないに関わらず引く手があることだろう。

 気が早いような気もするが話に混じっているのだから仕方ない。他の二人も止める気はないようで、興味深めに耳を立てていた。

「えっと……私はまだいいかな。こうやって皆といる方が楽しいし」

「月並み」

「さくららしいって言いなさいよ」

 一人どこまでも赤裸々に打ち明けた翼は当然の不満顔、雪緒も横槍を入れるが案の定半分、もう少し話題がないかと不服が半分といったところ。

 その時、教室のドアが開き気の抜けた男性が入ってくる。

「おはよう、ホームルーム始めるから席つけー」

 正しく鶴の一声、男性が教卓につくころには、生徒たちは自分の席へと戻っていた。

 よかったと誰にも聞こえないように独りごちたさくらをまうみは不思議そうな顔をして見つめていた。

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