5.ユリナVS魔界の剣士③
3/16までにアップした分の再編集版です。
最新話は3/23(日)朝6時アップ予定
目覚めた瞬間混乱した。
全く覚えのない部屋のベッドでユリナは寝ていた。
「目、覚めた?」
傍らにいたのはユーシャだ。ユリナが目を開けると、顔を覗き込んできた。
「ここ、どこ……」
体を起こそうとすると腹部にズキッと痛みが走った。唸りながら腹を抑えるユリナ。
「まだ起きないほうが良いよ。医者の話だと 普通だったらとっくに死んでたけど、霊子量が多かったから治癒能力が活性化されて内臓は早く治ったみたい。ただ完治したわけじゃないから、安静にしといたら。」
自分でも、あの大怪我を負って生きていられた事が信じられなかった。
「そうだ、地獄の穴は……」
「塞いだよ。悪魔がでてきたけど、それもセイランさんが倒してくれたんだ。」
ユリナはゾッとした。セイランの名を聞き、腹を刺された時の邪悪な笑みが頭にフラッシュバック。腹の傷が疼き、体が震えた。
その時、部屋の扉が開いて人が入ってきた。
「ねえ聞いて!朝ごはんもタダでもらっちゃった!あなたは町を救った英雄だから、ですって!うふふ、たまに人助けなんかしちゃうと良い事あるわねー。」
褐色の肌に緑の髪、まではいい。しかし鼻歌交じりに弾けるような光り輝く笑顔を振りまくこの女性は……
「あなた、セイラン……?」
「あらー、あんた起きられたの?生きてて良かったわね。昨日のことならもう良いわよ。私も気にしてないから。今更あんたをどうこうしようってつもりはないわ。」
「気にしてないって……!?」
ユリナに構わず貰ってきた朝食を脇の丸テーブルに広げるセイラン。ユーシャも加わり漬物を手で持ってポリポリ食べ始める。セイランは味噌汁をすすって「しみる〜!」と、恍惚の表情。
昨日自分を刺した人間とはとても思えない。何故かちゃっかりユーシャがなついているのも気に入らず、ユリナは不満を露わにして二人の食事を眺めた。
「何怖い顔してるのよ。まさか昨日ボコボコにされたの、まだ根に持ってるの?もう忘れなさいよ。ほら、ついやりすぎちゃうことってあるじゃない。なでるつもりが殺しちゃった、みたいな。昨日もそういうアレよ。だから気にしないほうが良いわ。分かったらあんたも食べたら?」
おにぎりを一つ差し出されて受け取ると、腹が鳴った。ケガはしてても腹は減る。一口かじると元気が出て、悔しさがこみ上げてきた。
「もう一回勝負して。」
「はあ?」
「昨日は油断しただけだもん。霊子変形するなんて知らなかっただけ。最初から知ってたら全部防げたし。むしろやらせなかったし。」
「呆れた、そんな負け惜しみ言って恥ずかしくないの?剣士の誇り?みたいなやつ?どこ行ったのよ。」
「剣士だからこそ、負けたままじゃいられないのよ!実力だけなら負けてない!情けなんてかけずに最後まで戦っていれば私が勝ってた!それとも今度は負けるのが怖いんじゃないの!?卑怯者!」
セイランはユリナを見ずにおにぎりを頬張り、あー美味しいと呟いた。
「やめなよ。みっともないって。」
「うるさいうるさい!この人は私の剣を防ぐのに精一杯だった!私のほうが勝ってた!絶対に次は負けない!」
「全部防がれたって思わないといけないんだよ。そもそも必殺の霊子斬りを片手で軽く弾かれてるのに格の違いを理解できない時点で剣士失格。終わりだよ。」
「〜〜〜!」
言葉に詰まるユリナ。セイランはユリナの方を向きもしない。
「あんた、人斬ったことないでしょう。だから本当は防ぐ必要すらないわけ。当てる気が無いんだから。人が見てるし少しは盛り上げようと思って決闘らしくしてあげたけどさ、そういうのも無しだったら、私本当にいきなりあんた斬ってすぐ終わりにするしかなくなっちゃうけど、どうする?」
見透かされていた。もしセイランが防がなくても、ユリナの剣が彼女に到達することは無かっただろう。最初から本当にセイランを斬る覚悟なんてなかったのだ。
自分でも内心は気付いていた。もし力量差があったとしても構わず斬りつけてくるような相手だったら、ユリナの剣は止まり、代わりに斬り捨てられていたのではないか……
「じゃあ、斬ってよ…」
セイランが咳き込んだ。
「なに?」
「生かすも殺すも自由なんでしょ。敵に情けなんてかけず、切り捨てればいいじゃない。」
「馬鹿じゃないの。折角助けてあげたんだから、命大事になさいな。」
「負けた相手に情けまでかけられて生きていたくない!私は剣士よ!汚名を背負って生きていくくらいなら、潔く死を選ぶ…」
ユリナがそういうと、セイランは徐ろに立ち上がった。
「そう、じゃあ、そういうことなら。」
そして眼前でユリナを睨みつけた。
昨日と同じ、人を殺すことになんの躊躇も無い人間の顔だった。まっすぐに見つめられたユリナは怖くなり体が震えた。
セイランが手を振り上げた。そして、
パンッ
と、乾いた音が響く。セイランがユリナの頬を平手で張ったのだ。
「痛い…」
呆気に取られるユリナ。セイランは今度は、両手でユリナの顔をつかみ、自分の顔がくっつきそうな程に寄せた。
「今ビビったでしょう。本当に殺されるかもってビビったわよね。」
ユリナは目を逸らすことも出来ない。
「ホッとしたわよね。叩かれただけで済んで。ホントに殺されなくて良かったって、思ったわよね。」
体がガタガタと震えてきた。
「その程度の覚悟で殺せとか言ってんじゃねぇよ!」
セイランの突然の怒声に思わず震え上がった。
「魔界じゃ人も悪魔も命を狙って来る。今日は平和でも明日はいきなり死ぬなんて当たり前。命の保証なんでどこにもない。だけどねぇ!皆それでも、土食って草食って、必死にもがいて生きてんのよ!どんなに希望がなくなったって、死ぬまで必死で生きてんの!何が殺してだよ!あんたのどこに覚悟があるってんだよ!魔界で生きてく覚悟、見せてみろよ!」
ユリナの目から涙が溢れる。それでも顔をそらすことが出来ない。ユリナの号泣する顔を睨みながら、セイランは手を離した。
「あんたに魔界は無理。わかったら国に帰りな。」
「ヤダ、ヤダヤダヤダ……」
泣き喚くユリナを無視してセイランは出ていこうと身支度を始めた。
「セイランさんについて行ったら良いんじゃないかな。」
黙っていたユーシャからの突然の提案。
「え?」「はあ?」
思わず二人の声が重なる。
「この先も旅を続けて行くなら、魔界に詳しい人について行って、色々教えて貰ったほうが良いと思うんだ。その点、セイランさんは優しいじゃない。」
「優しい…?」
「剣の腕もそうだけど、魔界での生活一つとったってさ、セイランさんはその筋の人じゃん?なんだかんだ言って安全だと思うんだよね。」
「どの筋よ……」
優しいかどうかはわからないが一理ある。上目遣いでセイランを見つめるユリナ。
セイランは眉を上げて不満をあらわにした。
「勝手に決めないでくれる?あんたらみたいな足手まといを二人も抱えてフラつく馬鹿いないわよ。」
「まあそう言わずにさ。これでも少しは役に立ちますよ。」
「何の役に立つって…」
そこでセイランの言葉が止まる。目を細めてユーシャを見つめた。
「君、地獄の穴を塞いでいたわよね?」
「はい。」
「ふーん……」
そしてブツクサと独り言を始める。やがて決意したようにセイランは言った。
「よし、ユーシャ君だっけ、君は連れて行ってあげる。私のために地獄の穴を塞ぎなさい!」
「はい、わかりました。」
即答のユーシャ。ユリナは焦った。
「ちょっと待って!なんで!?私との約束は!?」
「あんたはどうするの?一緒に来たいならさっさとしな。置いてくよ。」
セイランはそう言ってサッサと出ていってしまった。ユーシャも立ち上がり行ってしまった。
「待って!置いてかないでよ!」
ユリナは大慌てで着替えて後を追う。腹の傷は痛んだが、不思議と心は軽かった。