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41.新たなる地獄門

 首筋を伝う血の生ぬるい感触。

 痛みはない。既に感覚すらも失われてしまったらしい。ユリナは死んだ。

 と思っていた。

 しかし彼女は生きていた。痛みが無いだけで、他の感覚は全て働き彼女に生の実感を蘇らせた。

「なんで……」

 静かに目を開けるユリナ。

 そこには、刃を握りしめるユーシャの姿。

「ユーシャ君!」

 ユリナは思わず剣を離す。握力の失われたユーシャの手から剣が落ちていった。

「ハ、ハ、ハ、コレは良い。姫を守るために僕の恐怖にも抗って動きやがった!凄いぞ!とんだナイト君じゃないか!そこにいるエクゼスナイツ共よりよほど優秀だ!」

 嬉しそうに笑うカイヲ。

「そう、そうなんだよ、動けるんだ、コレなら……」

 ユリナはユーシャの手を取った。

 掌と指の肉が大きくえぐれて、出血が止まらない。

「なんで、なんでこんな……」

「ごめん」

 俯いたまま、ユーシャが言う。

「僕がいけなかったんだ。僕は思い出していた。でも出来なかった。上手くできるか不安で、皆にも言い出せなかった。僕が意気地なしだから、ユリナや、皆を傷つけてしまったんだ。」

「何を言っているの……」

「でもユリナとも約束したんだ。二人で魔王を倒そうって。だから覚悟を決めた。」

 ユーシャは空いた手をユリナの手に重ねた。そして顔を上げ、

「開けちゃおう、デッカイ穴をさ。」

まっすぐにユリナを見つめ、そう言い放った。

「開けちゃおうって、そんな、駄目だよ……そんな事をしたら魔王が……」

「ユリナは、僕が魔王や魔騎士〈クレバディア〉の話をしたときでも、僕を信じてくれた。だから今度も、僕を信じて欲しい。」

 ユリナの目に涙が浮かぶ。

「本当に?本当に良いの?」

「大丈夫。それに言ったでしょう。ユリナが開けた穴は、必ず僕が塞ぐって。」

 そう言ってユーシャは微笑みかけた。

「分かった。」

 ユリナも、ユーシャと手を重ねた。

「私、ユーシャ君のこと……」

 信じるよ


 体と心が軽くなる。頭のなかで霊幹が殻を破り、無限に広がっていくような感触があった。あんなにも恐れていたのに、今は不思議と何も恐怖を感じず、ただただ己の解放の心地よさに身を委ねた。


 そして、地獄の穴が開く。


 ユリナの足元で黒く輝く地獄の穴は、急激にその輝きを強め、広がっていった。カイヲも、ジンセも、蹲るエクリードやエルミーにセイランの下も通り過ぎ、はるか彼方の町、森、廃墟も包み込み、地平線の彼方まで無限に広がっていく。だけでなく、その頭上にある空までもが、黒く輝き、地獄の穴と化した。



「ミューズ、大丈夫か……」

 キエンシンは王城の庭で一人佇んでいた。

 既に地獄門へと続く階段は開けてある。

 音は何も聞こえない。いつもと変わらぬ城の景色。しかしこの下では、ミューズと魔王キケンタイとの霊子欠乏をかけた攻防が続いているのだ。

 「この老いぼれには何も出来ぬ……」

 キエンシンは俯き、ただただ静かに待つことしか出来なかった。

 その時、急に空が暗くなった。

「雨か……?」

 しかし雲はない。夜の闇とも違う。空の青が別の色に変わってしまったかの如く、黒い輝きを放っている。

「この色は……」

 空を見上げるキエンシンの頭に通信の音が鳴る。

「御老公!帝国内全土で異変発生!各地で地獄の穴が、開いたとの報告あり!」

「なんじゃと!?」

「魔界から広がる地獄の穴が、帝国内にまで広がっている模様!ほぼ全ての土地が黒く輝く地獄の穴に変貌し、一部で悪魔の出現も見られます!」

「エクゼスナイツは全員出払っておる。ミューズはキケンタイを抑えつけるのでいっぱいじゃ。ヨーケン、国内の鎮圧はイングラス帝国軍に任す!」

「承知!全国民に屋内待機を指示します!」

 通信が切れる。

「何が起きている……」

 ふと王城の方を眺めると、黒く染まる地面がコチラに迫ってきて、キエンシンの周りの地面までをも覆い尽くした。

 キエンシンはハッとした。この地獄の穴が、地下にまで広がっているのだとしたら……

「ミューズ!」

 キエンシンは階段を駆け下り、地獄門へ向かった。


 地獄門ではミューズとキエンシンの攻防が続いていた。元は一部の霊子の変形に失敗する程度であったが、徐々にキケンタイが力を取り戻し、今はお互いが影響する霊子量はほぼ互角。多くの霊子がミューズを攻撃するために牙を向いてくる。最早紅茶に変えるだけでは霊子削減に繋がらないが、ミューズはキケンタイ寄りの霊子の猛攻を防ぐのに精一杯であった。

「魔騎士〈クレバディア〉よ……」

 ハッキリとしたキケンタイの声が聞こえた。

「何故我が復活を拒む……魔族のために戦うのが貴様の使命だ……」

「いいえ違います。魔騎士クレバディアは魔族の代弁者として人間との架け橋となる者。貴方達魔王軍が人間との戦いを望むのなら、私はそれを食い止めます。」

「戦いを望んだのは人間達だ……安息を求める我らの同胞の多くが人間達によって殺された……」

「この世界に悪魔を放ち、人間達の生活を破壊したのは貴方達です。滅びの運命から逃れるためとは言え、許されるものではありません。」

「最早一刻の猶予も無い……

 ジンセが目覚めたというのなら、今こそ魔王の霊幹をとりもどす……

そして魔族達の安息のために人間を滅ぼし、この地を我らのものとする……」

「人間を滅ぼす必要はありません!この世界で、魔族だって人間と共存できるはずです!」

「甘いのだ魔騎士クレバディアよ……人間を見くびるな……異質なものを全て排除しようとするのが奴らの性だ……安息だけを求める我ら魔族が、同族同士で争いを続ける奴等との共存など不可能だ……」

「自分のことを棚に上げて、このわからず屋!」

 さらに激化する攻防。

 しかしその時だ。地獄門を塞ぐこの広い洞窟全体が、急に黒く輝き出した。

 黒い輝きは元の地獄門とも混ざり合い、部屋全体が大きな地獄の穴となった。

「コレは、地獄の穴!?」

 それと同時にキケンタイが動き出した。

 突き出した腕を一気にミューズに向けて振り下ろしてくる。すんでのところで避けるミューズだが、あまりの衝撃に壁まで吹っ飛んだ。


「ウオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 キケンタイの咆哮が洞窟に響き渡った! 


「霊子だ!この時を100年待ったぞ!今こそジンセを打ち倒しこのキケンタイが真の魔王として魔族を救う!」



 

 




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