2.ユリナVS魔界のならず者
3/16までにアップした分の再編集版です。
最新話は3/23(日)朝6時アップ予定
悪魔とならず者がはびこる無法の地、魔界と言えども町はある。
かつて悪魔の大量出現により国が滅び、多くの人々が生まれ育った土地を離れていくことになった。悪魔がいなくなると残された廃墟に今度は国家を追われたならず者たちが住みつくようになる。
法に縛られたくないならず者たちとは言え、同じような境遇の者が集まればそれなりに気も遣うし、最低限のルールや秩序も生まれていく。そうやって誰が作るでもないが自然発生的に形成された町が、魔界には無数と存在し、町の食堂で振る舞われる名物料理は、多くの旅人のお腹と心を満たしてくれるのだ。
「どう?やる気になった?」
無言で昼食を食べ終えたユーシャに、待ってましたとばかりにユリナは声をかけた。
「悪いけど、僕は君と一緒に行く気は無いよ。」
「なんでよ、ご飯おごってあげたじゃん。」
ユーシャが食べていたのはこの店の看板メニュー、河マグロのソテーである。高級料理(といっても大衆食堂のちょっと良いヤツという程度だが……)に舌鼓を打てば、ユーシャも気を良くして言うことを聞くだろうという魂胆だった。
「ご飯の事は有り難いけど、それとこれとは話が別。出会って5分でいきなり告白してくる様な、貞操観念の欠如した人種の誘いに乗るとか、正気の沙汰じゃないよ。」
「だーかーらー、別に恋人になってほしいってんじゃなくて、ちょっと私んちまでついてきてくれればそれで良いんだって。」
「見ず知らずの男をいきなり家に連れ込もうってのも、イカれてるって……」
頑ななユーシャの態度に思わずため息が出る。
「あなたの力を必要としている人がいるのよ。あなたの力は多くの人を悪魔の脅威から救うことが出来るの。」
地獄の穴を塞ぐ力。
全世界が熱望すると言っても良い。この魔界において脅威である、悪魔の発生源を封じ込める唯一の手段であるその力を、この少年ユーシャは持っている。
真剣な眼差しで情に訴えるユリナだが、ユーシャの表情は変わらない。
「自分で言うのもおこがましいんだけど、僕の力を必要としている人なんて、ごまんといるわけよ。そんなの僕が一番よくわかってる。中にはこの力で金儲けしようとか、逆に人を苦しめるのに使おうとか、とにかく物珍しいもの見ると、それで自分だけ得しようってヤツが必ず現れるわけ。君がそうじゃないっていう証拠もない。」
「そんなことするわけ無いじゃない。」
「分かるものか。今朝出会ったばかりなんだから。正直君の前で力を使ったことは迂闊だった。僕の失敗だよ。でも君も僕と今日会わなかったら、地獄の穴を塞げるかもなんて考えに至って私欲に走ることなくこれまでどおりに生活出来ていたわけ。だから僕のことは忘れて日常生活に戻るんだな。」
「あなたには、世のため人のために自分の力を役立てようっていう良心は無いわけ?」
そんな話をしていると、隣の席の客の会話が耳に入ってきた。
「聞いたか?地獄の穴の話。また新しい穴が見つかったって。」
「穴のせいか、町の近くで悪魔を見たっていう奴もいたぞ。」
「このあたりもそろそろ潮時か……」
聞き耳を立てていたら、ユーシャが小声で話かけてきた。
「ほら、この辺りで異変が起きているんだ。まずそれをなんとかするのが、世のため人のためだと僕は思うけどね。君が何をさせたいかは知らないけど。」
「じゃあ、もし異変が解決したら、ついてきてくれるってことね?」
「いや、そういうことじゃ……」
「よし、決まりね。私がその異変を解決してあげる。そしたら私のウチまで一緒についてきて。」
そうと決まれば話は早い。
ユリナは席を立ち、ユーシャを連れてサッサと出ていこうとした。
しかし、立ち上がったところで、店にいた男たちに行く手を阻まれた。
「お嬢ちゃん、見ねぇ顔だな。」
いかにもならず者と言った風貌の三人組。
ニタニタと笑みを浮かべながら、頭一つ小さいユリナのことを、品定めするように見下ろしている。
若い女を見かけたら声をかけ、あわよくば強引にイケないことをやろうという輩がこういう盛り場にはつきものなのだ。こういうところが魔界である。
「私達、急いでいるの。どいてくれないかしら。」
「まあそう言わず、俺達とちょっと遊んでくれよ。」
そう言って後ろにいた一人がユリナの肩をポンと触った。悪寒が全身を駆け巡ると同時に反射的に手が出た。
ユリナの裏拳が後ろの男の顔面に炸裂。男は声も上げずにその場に崩れ落ちる。
「何しやがる!」
後ろにいたもう一人が声を荒げる。今度は後ろの男の胸に向けて肘鉄。男は後ろの客席まで吹っ飛んでいった。
「てめえこの野郎!」
正面にいたリーダー格に腕を掴まれる。それなりに力はあるが、発達した霊幹を持つ覚醒者たるユリナの敵ではない。(筆者注:霊幹が発達して身体能力にまで影響を及ぼしている人のことを覚醒者と呼ぶ風潮がある。)
余裕で払って反撃をと思った矢先、リーダー格が「おうっ!」と、変な声を上げて飛び上がった。見れば、いつの間にか後ろに回ったユーシャの足が、リーダー格の足と足のちょうど中間、つまり股間にめり込んでいた。
声にならない声を上げて倒れ込む男。
「ナイス」
ユリナの称賛に、ユーシャは無表情ながら親指を立てて応えた。
「なんだ、このガキ…」
悪態をつきながら顔を上げるリーダー格。ユリナは剣を抜き、その喉元に切っ先を突きつけた。
「動いたら切るわよ。」
完全に戦意を無くした様子の男達。
ユリナが周りを見回すと、客達は皆食事の手を止め呆気に取られている。
き、気持ち良い〜……
ユリナの予想外の実力に誰も彼も驚いているのだろう。
しかしカウンターの奥にいた店主だけは、つまらなそうに皿を磨いている。
「おじさん、お店散らかしてしまって、ごめんなさい。」
「店の事は良い、こんなことは日常茶飯事だ。だがあんまり派手にやりすぎないほうが良いぜ。本当に強えヤツほど、こういうとき静かにしてるもんだ。」
「忠告ありがとう。でも、私これでも腕には自信があるの。そんじょそこらのチンピラに負けるつもりはないわ。」
「だったらなおさら気をつけな。自信がある時ほど、足元すくわれ……」
そこで店主の言葉が止まる。目を丸くし、急に顔が青ざめた。ユリナも振り向くと、店主の視線の先、店の入口に女が腕を組んでもたれかかっていた。