32.カイヲ・シシュウ
本作は全49話で、3/28に完結予定です。
本日4話更新予定の 3/4
4話目は22:00アップ
「え?」
「あの車椅子の男だよ。生まれつき体が弱くて車椅子で移動していた、恐怖の霊子を操って人々や魔族の精神を縛り、魔王キケンタイをも従えた、魔カイ連合帝国神聖皇帝カイヲ・シシュウだ。」
魔界の大まかな歴史については述べたがおさらいすると、カイヲ・シシュウはこの時代から120ほど前、魔王キケンタイ登場後に魔族を操り魔界を支配した男である。
真顔で言うユーシャに、エクリードが手を、ブンブン振って応えた。
「いやいやいやいや、ありえないだろ。カイヲ・シシュウって、100年以上前の人間だぞ……」
「イングラス帝国のあんたらがそれ言う?サマ・イングラスオンだって100年以上生きてるじゃない。」
「そうは言っても、奴は陛下達が倒したハズだ。」
「いや、実際にはカイヲ・シシュウの死体は見つかってはおらん。当時、魔カイ連合帝国は内部分裂を起こし、魔族同士でも衝突があった。その衝突の最中にカイヲも命を落としたと言うが、我々がキケンタイを倒した時には既に奴の姿は無かった。真相は分からん……」
「じゃあ、その時運良く生き延びたカイヲ・シシュウが、陛下と同じ力か、似た力で、今日まで生きながらえてきたということ?」
サマ・イングラスオンの力についてはあまり知られていない。地獄の穴を塞ぐ力ではあるが、その正体は「再生」、破壊されたものや傷ついた体を治す力が彼にはあった。その力を使い、地獄の穴を穴が開く前の状態に直すのだ。
「サマ・イングラスオンの力とは違うと思う。」
ユーシャが口を挟む。
「ポイントはあの魔族の霊子変形だ。あいつはセイランさんが胸を貫いた後に復活したんだけど、その時に首が取れて、その下に新しい体が出来上がっていた。」
「それがどうしたんだよ。魔族だったら首だけで動くことなんてザラに……」
「いやユーシャの疑問はもっともだ。陛下の力では『戻す』ことは出来ても、『新たに作る』ことは出来ない。剣の稽古の時にエクルの手首が取れちゃった時も、新しい手を生やすのではなく、繋がっている状態に戻していたでしょう。」
エクリードは嫌そうな顔をした。
「親父にやられた、アレか……」
エルミーがハッとなる。
「つまり、その力を使って、あの魔族が、カイヲ・シシュウを、作った……?」
「おそらくそういうことだ。厳密に言えばカイヲ・シシュウ本人とは言えないのかも知れない。だが恐怖を操るあの力はいずれにせよ、本人と同等と考えるべきだ。」
「確かに、あれほどの魔族が理由も無くわざわざ人間と協力するとも思えない。もしあの車椅子の男がカイヲ・シシュウなのだとしたら、かつて魔王を操ったと言われる恐怖の力を使って、魔族を手懐けていることも説明がつく。」
「だとしたら、カイヲ・シシュウと魔族の目的は、魔王キケンタイの復活ってことか?」
「いつらの動きに呼応してキケンタイも活動を再開した。間違い無いだろう。さらに地獄の穴を開ける力に気付いたからには、魔界で力をつけて帝国に攻め入り、地獄門を再び開けようと思ったとしても不思議じゃない。」
ユリナが俯いた。
「私が、地獄の穴を開けたばっかりに、世界が危機に陥っている……」
「ユリナのせいじゃないよ。あいつらは地獄の穴とは関係なく、魔界の町を破壊していた。魔界にとって悪であることには変わりはない。」
「ユリナ様はこれ以上、地獄の穴を開けないことだけを考えて下され。シュレイアは陛下の迎えに寄越したのですぐには行けませぬ。再会はもう少し先となりますが、どうかご無事で。エクリード、エルミー、命に変えてもユリナ様をお守りしろ!」
そう言うとデンエシンの通信は切れた。
「ミューズ、大丈夫かな……」
「心配しなくて良い。ミューズは本当はめちゃ強いから。眠っているキケンタイくらい目じゃないよ。それより、ボク達の方針も決まったね。敵がカイヲ・シシュウだっていうなら話は早い。おびき寄せてぶっ倒そう。」
エルミーがサラリと言う。
「いやいや、なんでいきなりそうなるんだよ!」
「カイヲ・シシュウはエクゼスナイツにとって昔から最優先排除対象だろう。」
「だからっていきなり倒すって話にはならないだろ。まずは帝国に帰って、他のメンバーとも協議を……」
「奴は陛下に対して強い執着を持っていたと言われる。もしユリナが皇女だと分かれば何が何でも接触をしようとしてくるはずだよ。」
「だから一刻も早く帝国に帰る算段を……」
「叩くなら早い方が良い。」
ユーシャが口を挟む。
「あの魔族は霊子を吸って大きくなった。放っておけばさらに強大な力を手に入れかねない。」
ユーシャの言葉には説得力があった。
「エクルも見ただろう。アイツが町を破壊する様を。あんな奴らが目の前で平和を脅かそうとしているのに、見過ごして帰ることなんてボクには出来ない。逃げたくないんだ。今この状況に立ち向かえるのはボク達だけなんだから、今出来ることを精一杯やりたいんだよ。」
エクリードは頭を抱えて唸った。
脳裏にあの、魔族が光を放った瞬間が浮かぶ。凄まじい破壊力だった。もし地獄の穴の力を狙ってなりふり構わず町を破壊するような事があれば、甚大な被害を及ぼすだろう。
「勝算は、あるのか……?」
エルミーに笑顔が浮かぶ。
「任せておいて。エクルとセイランがコンビを組めば、倒せない悪魔はいない。」




