30.エルミーノータリン
本作は全49話で、3/28に完結予定です。
本日4話更新予定の 1/4
「おい、お前、エルミーが嘘をついてるって言いたいのか?」
「そうじゃない。霊子は光を反射しないし変形でもしないかぎり発光もしないから、視覚じゃ捉えられないでしょって言ってるだけ。」
「そんな常識で囚われないでもらいたいな。エルミーは実際に霊子が見えているし、それで俺達には分からないような事まで霊子を通じて調べる事ができるんだ。」
「霊子を認知する能力を疑ってはいないよ。さっきから言ってるけど視覚で捉えているわけではないだろうから、それはどういう風に認知しているのか、その感じ方が気になるだけ。そもそも本当に霊子が目で見えているなら空気中の霊子に遮られてほとんど何も見えないよ。もし空気中の酸素や窒素に赤とか青とか色がついてたらどうなる?僕らだって常に霧みたいなのに囲まれて視界なんてゼロになるよ。」
「こいつ、屁理屈ばっかり言いやがって……」
「彼の言う通りだ。」
「なに?」
エクリードはそう言うエルミーの表情を見てギョッとした。
エルミーは、頬を僅かに赤らめ、潤んだ瞳でユーシャを見つめていた。
「凄い、こんなにボクのこと分かってくれる人、初めてだ……」
「ちょ、ちょっと待て。お前いつも霊子が見えるって……」
「言ってない。言ったのはエクルだ。」
「俺ぇ!?」
昔、体の弱かったエルミーは死の淵にいたとき、地獄門から溢れ出る霊子を取り入れて奇跡的に一命を取り留め、急回復した。
死んだと思われていた彼女が目を開け、立ち上がったとき、彼女は周りにたくさんの何かがあるのに気付き、自然とそれを追った。
「その時にエクルが言ったんだよ。『霊子が見えるのか?』って。僕も言葉で上手く説明できなかったし、周りの皆も霊子が見えるって言葉で興奮しちゃって否定するのも変だったし、そのまま見えるっていうことにしてただけ。」
「えぇ、そうなのか……じゃあもっと早く教えてくれよ……」
「安易な言語化は霊子の正確な理解を妨げる。程度が低いなエクゼスナイツ。」
「いや、まったく。」
ユーシャの言葉に頷くエルミー。
「何なんだよこいつ!大人に対して礼儀ってもんを知らねぇのか!」
しかし周りがジトッとした目つきで見るのでエクリードは居心地の悪さを感じた。
「凄いね君、霊子を良く理解している。どこかで霊子について勉強したの?」
ユーシャは一瞬間を置いて、
「まぁ、ちょっとね。」
とだけ言った。
「じゃあそんな霊子博士の君にもう一つ聞いてもらいたいことがある。」
そう言うとエルミーは掌を上に向け、息を吸った。すると彼女の右手の上に炎が、左手の上には氷が、それぞれ生まれたのである。
「これ、どう見る?」
「霊子形状が二つあるっていうこと?」
「いや、不定なんだ。」
普通は霊子形状は一人につき一つ。人間は一種類の霊子変形しか出来ない。
「頭の中で霊子の形を思い浮かべるとさ、そのとおりに変形するんだ。」
「どんな霊子変形でも出来るの?」
「具体的な形を思い浮かべる必要があるから、複雑な霊子変形は出来ないことも多い。それに他の人と比べて集中が必要だから時間もかかるし、霊幹への負担も大きい。」
「霊子の形がわかるからこその特殊能力だ。」
二人の話を聞くセイランは先程の戦いを思い出していた。
魔界で剣士稼業をやる上で、相手の霊子形状を知ること重要だ。それが把握できなければ、ユリナの様に、相手を圧倒していても奥の手で巻き返される。
だからセイランとの戦いでエルミーが、炎、土いじり、飛行と、様々な霊子変形を駆使した時には困惑もした。
不定と言われて謎は解けるが、しかしにわかには信じがたい。
霊子が見えるとか、不定とか、わけわかんない。頭おかしくなりそう……
「そう。ただなんでこんな事が出来るのかは自分でも分からない。普通の人は、形を思い浮かべたりすることもなく霊子変形するんだろう?」
エルミーがセイランをチラリと見た。
セイランはドキッとしながらも、「まぁ」とだけ答えた。
「この力について、君の見解を聞きたいな。何故ボクにこんな力があるのか。」
ユーシャは暫く黙って考え込んだ。
「ちょっと失礼かも知れないけども、良い?」
「良いよ。」
「脳みそが足りてないんだ。」
エルミー以外の三人ドン引き。
「ユ、ユーシャ君、それどういう意味で……」
「お前、少しは言葉を選べよ……」
しかしそんな周囲に反して、
「アハハハ!」
エルミーは声を上げて笑った。
「ごめんごめん、君の言うことが面白すぎたから、つい。続けて。もっと聞きたい。」
「脳が欠損してるんだよ。本来の機能が賄えてない。だから霊幹が脳みそを補うために神経のコントロールに介入してるんだ。
おそらく皆、霊幹が特殊だと思っているんだろうけど、特殊なのは脳との結びつき方だ。一般人なら脳の指示にあわせて霊幹が回るが、エルミーさんの場合は先に霊幹が回って、霊幹が感じたことを脳に伝えるという構造になっている。だから感覚器に触れた霊子達が霊幹を通る時に、どんな霊子かを把握して脳に伝えるというアクションが発生している。で、おそらくそれは霊子に限らず、本来五感で感じるもの全てがそうなっているハズ。」
「つまりボクは、五感で感じるのではなく、霊子が感じとった内容を霊幹を通じて把握しているということ?」
「そう。さっき霊子は目で見えないと言ったが、正しくは五感全ての複合で捉えているんだと思う。もし子供の時にそのファイヤーさんが『霊子の味が分かるのか?』って言ってたら、今でも形ではなく霊子の味で判断していたと思うよ。」
「ファイヤーさんって、俺のことかよ!」
「エクル、邪魔しないで。」
エクリードはエルミーを見る。ユーシャのことをまっすぐに見つめて話を聞くエルミーは、僅かに笑みも浮かべており、心底楽しそうであった。
「脳が足りないと言ったのは、逆に言えば一部は残っているんだ。それが思考回路で、物を考える時は脳が使われている。でも、それを基に体を動かしたりしようとするときに神経伝達ができないから、霊子がその意思を横取りして体を動かしている。その一環として、霊子をこういう形にしたいっていう風に頭の中で思い浮かべると、霊幹がその通りに回るんだよ。普段から何をするにしても霊幹が脳の指示を受ける仕組みになっているから、霊子変形も霊幹が能動的に行うように進化したんだ。
とは言え、霊子はどんな形にもなるっていうことを頭で理解してても、そこまでは出来ない。普通の人が同じ状況になっても、結局は定型の霊子変形に固定されるだろう。エルミーさんの霊子変形が不定なのは後天的なもので、何か霊子が自由に変形するのを経験してきたんじゃないかな。」
エルミーはミューズのことを思い浮かべた。地獄門にいるとき、霊子はいつも彼女とのお喋りを通じて自由自在に振る舞った。幼い時はそれが当たり前で、霊子変形とはそういう物だと思っていた。
改めて、自分がここにいられるのはミューズのおかげなのだと実感する。
「凄い、凄すぎるよ。君ともっとお話がしたい。君のことも、もっと聞かせてほしいな。ユリナに会う前は何していたの?なんで地獄の穴が塞げるの?年上と年下ならどっちが好み?」
興奮して畳み掛けようとするエルミーだったが、徐ろに左耳に手を当てた。
「うわ、良いところだったのにデン爺だ。ユリナ、元気な顔見せてあげなよ。」
そう言ってエルミーが右手を前にかざすと、床の上に現れる映像デンエシン。
「エクリード、エルミー、大変じゃ!む?なんか人が多いな……」
面子を見回すデンエシンが驚きの表情に。
「ユ、ユリナ様!」
「デン爺、久しぶり。」
ユリナの声を聞いたデンエシンは、あぁ〜と安堵と感激の籠もったため息を漏らす。
「良くぞご無事で!この爺もユリナ様が心配で毎日夜も眠れず……」
「もしかして、テレコム・デンエシンさん……?」
ユーシャが震える声で言った。
「いかにも、儂が大地の剣豪デンエシンじゃ。」
「凄い!本物のデンエシンさんだ!」
「え、ユーシャ君、デン爺の事知ってるの?」
「何いってんの!エクゼスナイツの伝説の通信技師デンエシンさんを知らないオタクはいないよ!空間変調型暗号による無差別一斉送信方式とシナプス横取り擬似肉体再現を伴う立体撮像投影方式の産みの親!彼が生まれる前と後ではこの世界の通信技術は天と地程の差があってひいては通信技術発達による情報伝達の爆速化は昨今の急速な文明発達の礎とも言うべき人類史上類を見ないような偉業を」
「デン爺、良いから用件を言って。」
オタク特有の早口をエルミーが容赦なく遮る。
「エルミーの能力には大して驚かなかったのに、こいつの興奮ポイント良くわかんねぇな……」
ニヤけていたデンエシンは我に返った。
「そうじゃ、大変なんじゃ!キケンタイが目覚めおった!」




