19.エクリードVS魔界の白い目
3/16までにアップした分の再編集版です。
最新話は3/23(日)朝6時アップ予定
「おい」
魔界の町中で並んで談笑していた町人のグループは、いきなり一人の男にそう声をかけられた。
「セイラン・トレディについて知ってることを教えろ。」
「セイラン?あの賞金稼ぎの?知らねぇな。」
町人が答えると、男はチッと舌打ちして離れていった。
「なんだあの野郎……」
男はまた別のゴロツキ、町人、旅人に声をかけ回った。しかしあまりに不遜な態度に、誰も彼もまともに答えようとはしなかった。
「おい、てめぇ。」
逆に声をかけられる男。いかにもゴロツキ風な集団が、男を囲んでいた。
「人様に物を聞く時の態度ってもんがあるだろうが。」
「セイラン・トレディを知ってるのか?」
「そういう話をしてるんじゃねえ。」
「セイラン・トレディとどんな話をしたんだ??」
「知らねぇって言ってんだろ。」
「セイラン・トレディと話をしたことを忘れたということか???」
「その態度が気に食わねぇって言ってんだろうが!」
「セイラン・トレディが嫌いなのか????」
あまりにも成立しない会話に、ゴロツキ達は、僅かに恐怖した。
「コイツ、話が通じてねぇのか……」
「もういい。やっちまえ。」
ゴロツキの一人が、持っていた棍棒を振り上げ、そして男にいきなり殴りかかった。
男は避けもせず、頭に棍棒が直撃する。
しかし男の頭に当たった瞬間、棍棒の方が砕け散った。
「なんだコイツ、なんつう石頭だ……」
男は意に介する様子もなく、
「なんだ、知らないのか。」
そうつまらなそうに呟くと、右手の拳を握った。
男の拳に光が集まってくる。
恐怖するゴロツキ達。
「じゃあ用は無いな。」
そして男が掌を開いた瞬間、轟音とともに街全体が光に包まれ、消滅した。
「またかよ、なんですぐ爆発させるんだ、あの馬鹿野郎……」
その様子を町の外から苦々しい表情で見ていたのは、車椅子に乗った一人の男だった。
……
「セイラン・トレディを見なかったか?そうか……
あんたは?セイラン・トレディだよ。ほら緑の髪の、ああ、知らない……
あんた達はどうだい?え?いや俺はそんな、一緒に遊んでる暇は無いんだって……」
食堂でなりふり構わず人に声をかけまくるエクリードの事をエルミーは絶望的な表情で見つめていた。
「魔界人全員に声かけるまでやる気?イカれてるよ……」
その常軌を逸した行動もさることながら、容易に身バレしそうな方法を取る思慮の浅さにもイラついた。
セイラン・トレディの足跡を追っていた二人。いくつか彼女が塞いだという穴の痕跡を探ったものの、ある時からその痕跡が途絶えた。
何があったかわからぬが、いきなりやる気を無くしたかのような急変ぶり。手がかりを失った二人はとりあえず色んな町で話を聞いて歩き回るしかなかったのである。
「駄目だ。さっぱり痕跡がなくなっちまった。」
「あんなんじゃすぐ国家騎士だってバレちゃうじゃん。魔界不可侵の原則はどこ行ったんだよ。偉そうに……」
「しょうがないだろ。手がかりが無いんだから、知ってそうな人に聞くしか無いんだよ。」
「エクルはすぐしょうがないって言うよね。思考停止してるんだよ。この前の件だってそうだ。」
工場の件を叱責された気がしてカチンと来るエクリード。
「お前なあ、アレだけ言ったのにまだわからないのか?魔界不可侵の原則は何が何でも守ってることにしなきゃいけないんだよ。」
「それはいいよ。問題は手段の方だ。どんな理由であれ人が人を殺すことを正当化しちゃいけない。別の手段を考えるべきだったんだよ。」
「俺がやらなかったらお前も死んでいたかも知れないんだぞ!」
「わかってる。エクルのやったことを責めるつもりはないんだよ。でも、それをしょうがなかったで済ませちゃいけないんだ。ボク達は大国の一員として暴力以外で解決する方法を見つけなきゃいけないんだよ。」
エルミーの声が震えていた。
「エクルにだって、後悔してほしいんだよ。あんなことしちゃいけなかったんだって。次同じことがあったら誰も死なずに済む方法を考えなきゃって、そう思ってほしいんだよ。感覚麻痺してしょうがないとか、言ってほしくないんだよ。ボクは……」
うつむき、鼻をすするエルミー。
「子どもが知ったような口聞くんじゃねえよ……」
エクリードも分からないではなかった。
エルミーの言う理想が実現できたらどんなに良いだろう。だが現実はそう簡単にはいかない。剣士として自分には剣を振ることしかできないという諦めもあった。それを思考停止と言われるのかも知れない。だがこの魔界においては誰かがやらねばならぬ事とも思う。たとえ非難されたとしても、いや非難されるようなことだからこそ、妹達ではなくこの自分がその泥水を被る。そう言って自分を言い聞かせていた。
その時、店に新しい客が入ってくるのが見えた。汚い身なりをした、疲労困憊といった様子のゴロツキ風な男が、フラフラと店に入り、席についた。
「新しい客だな。あの人にも聞いて見よう。」
「いや、やめときなよ。絶対あんな人知らないって。」
エルミーの制止も効かず、エクリードは立ち上がった。
「ちょっといいか?もし、セイラン・トレディについて知ってることがあったら聞きたいんだが。」
エクリードがそう話しかけた瞬間、男はイキナリガタガタと震えだした。
男の体の周りで霊子が恐怖を訴えている。エルミーも気になり、近寄った。
「知らねぇ、俺は何も、セイラン・トレディなんて知らねぇ……」
「この人、凄く怯えてる……何かあったの?」
「知らねぇ!本当に何も知らねえんだ!勘弁してくれ、死にたくねえ……」
男は机に突っ伏し、うぅと唸って泣き出した。
「セイラン・トレディに何かされたってことなのか……」
「いや、そういう事をする人間では……」
二人が疑問に思っていた時、
「おい」
急に声をかけられた。見れば、エクリードよりも背が高く、体格の良い男がこちらを見下ろしていた。
「セイラン・トレディの事を聞き回っていたな?」
「え、いや……」
口籠るエクリード。チラリとエルミーを見ると、ほれ見たことかと言わんばかりにコチラを睨んでいる。
「セイラン・トレディの居場所を知っているのか?」
「いや、知らない。別に、探しているってわけでもないんだ。」
白々しい嘘を付くエクリード。しかし男は意外にも、
「そうなのか。」
と、アッサリ納得した様子を見せた。
しかしエルミーには見えた。
表情は何も変わらぬ男。その体中の表面に霊子が集まってくる。さらにその霊子が表す男の感情は、明らかに、殺気―
「じゃあ用はないな。」
男が徐ろに手を上げる
「エクル避けて!」
「なにっ!?」
男の手刀が飛ぶ。
のけぞって避けるエクリード。顔面の上スレスレを男の手刀が通過する。その直後に、後ろのカウンターにあった皿や酒瓶がバリバリと音を立てて割れた。
「手刀で霊子斬り!?踏み込み無しで!」
男の拳がエクリードの腹めがけて飛んでくる。両手のアームガードで防いだが、腹に直接衝撃を受けた。後ろのカウンターまでふっ飛ぶエクリード。
「これも霊子攻撃かよ!」
男の背中にグサグサと大きな棘が刺さる。エルミーが放った霊子変形だ。
普通の人間であれば致命傷。しかし男は気にする様子もなくエルミーの方を振り向いた。
「エクル、こいつ魔族だ!」
「そうか!なら遠慮は要らねぇな!」
言いながらもエクリードが掌を向けてかざすと、男が炎に包まれて燃え上がった。




