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18.エルミーVS魔界不可侵の原則

3/16までにアップした分の再編集版です。

最新話は3/23(日)朝6時アップ予定

 夜の闇が迫る中、エルミーは飛び回り、上空から魔界を見下ろした。点在する魔界の町の灯りが点々とつき始めていた。


 そんななかで、町から離れたところに、控え目に明かりを灯す、大きな建物が見えた。大きい割に窓もなく、無機質な印象を受ける箱の様な建物。何よりその建物全体から、何か残酷な感情を表す霊子が立ち上っているのが、遠目からでもわかった。


「あそこだ!」

 飛んでいくエルミー、建物上空に着くと急降下し、門の前に着地した。 

 見張りと思しき男の二人組が、ギョッとしてエルミーを見た。


「内臓工場ってのはここかい?」

「あぁん?ここは関係者以外立ち入り禁止だ。失せな。」

「関係無くないね。お前らの悪事を暴きに来たのさ。」

「このガキ、何いってんだ?」

「おい」

 男達が二人で話し始める。

「こいつも、良いんじゃねえか、中に入れちまえば。」

「あ、ああ、そうだな……」

 そう言うと二人は剣を抜いた。


「悪く思うなよ。これも商売だから。」

 エルミーも剣に手をかける。


 二人同時に斬り掛かってくる男達。

 エルミーは冷静に交わし、一人目の手の甲を切り裂く。

 ぐわっと悲鳴を上げ、男が剣を落とした。

 続いてもう一人と再び対峙すると、今度はエルミーから仕掛ける。

 相手に反応する隙も与えぬ高速の突きで右肩辺りを突き刺した。

 二人は呻きながら、その場で蹲った。


「投降するなら命だけは奪わないでおいてやる。帝国の牢屋で一生過ごすんだな。」

「こいつ、帝国の騎士か!?」

「そうだ!どんなに魔界が自由だろうと帝国は貴様らの様な悪を許さない。大人しく観音しろ!」

 一人に剣を突き付けるエルミー。


 だがそこで、急に力が抜けた。  


 えっ、うそ


 剣を地面に突き刺し、エルミーが膝を付く。立ち上がろうにも、頭の中がまるで悲鳴を上げているようで、いくら頭で考えても体を動かすことが出来ない。


 霊幹が回らない……

 「飛行で使いすぎた……!?」


 誰しも霊幹を回せばそれなりに疲れる。それでも体が動かなくなることはない。

 しかしエルミーの場合、元々弱い体を補うために常に霊子変形による肉体強化の補助が行われている。

 普段は使わぬ飛行の模擬霊子変形を長時間使えば、霊幹も疲弊し、霊幹が回らなくなれば体の動きも止まってしまうのだ。


「なんだこいつ、いきなり動かなくなったぞ……」

 男達がエルミーの異変に気付く。

「よくわからねえが、サッサとやっちまおう。」

「おい、中に連れてくんじゃねえのか。」

「構いやしねえよ。どうせ中に入れたらすぐにバラバラにしちまうんだ。また暴れられても面倒だ。」

「それもそうだな。」

 一人が再び剣を持つ。もう一人は、エルミーの肩を抑えた。


 エルミーはまだ動けない。立ち上がるどころか、剣に寄りかかって膝をつくのがやっとだ。

 辛うじて顔を上げる。

 剣を振り上げる男と目があった。

 その瞬間だ。


 いきなり男の顔がなくなった。

 何が起きたのか一瞬分からぬまま、後ろの男も力を失い、倒れていった。

 その後にドンっと、なにやら大きい玉のようなものが落ちてきた。


 それは頭だ。

 エルミーと対峙していた2人の男の頭。 

 さっきまで体の一部として言葉を発していたその頭が、今は二つとも単体で転がっているのだ。


「エルミー!無事か!」

 エクリードの声がする。なんでここにエクルがいるんだろう。エルミーは男達の首を眺めながらそう思った。

 エクリードがエルミーを抱きかかえた。

「動けないのか?怪我は?何もされてないな?」

「うん、ちょっと、疲れただけ……」

「そうか……」

 エクリードからはホッとした霊子が出ていた。


「これ、エクルがやったの…?」

 男達の頭を眺めて言う。エクリードは応えない。

 その時、建物の中が騒がしくなってきた。屋上に人がいて、何やら叫んでいる。

 エクリードはチッと舌打ちすると

「お前はここで待ってろ。俺が行ってくる。」

 そしてエルミーをその場に置き、再び剣を取った。

「待って、ボクも一緒に……」

「来るんじゃねえ!」


 エルミーは恐怖した。いつにないエクリードの激しい怒声。それだけでなく、建物に向かうその背中からは殺意の籠もった霊子が溢れ出ていた。

「来ないでくれ、頼む。俺が、何とかするから……」

 エクリードはゆっくりと建物に入っていった。



 それから何分経ったろう。

 建物からは時々人の叫び声が響いたが、いつしか何も聞こえなくなった。

 何が起きているのかはわからない。いや本当は知っている。建物全体から凶行を示唆する霊子を感じる。


 空を見上げた。

 とばりの降りた魔界の夜空。

 明かりの少ない荒野では星が一段と輝いて見える。


 星の輝きは変わらない。

 人間が何をしようともこの世界は何も変わらないというのか。

 それほどまでにボク達は、この世界にとってどうでも良い存在なのか。


 その星々の美しき輝きがエルミーをさらに戦慄させる。



 程なくして再びドアが開く。

 エルミーが固唾をのんで見守る中、エクリードがゆっくり戻ってきた。

 剣と、顔にも血が付いていた。

「思ったより汚れちまったよ。」

 そう言ってエクリードは布巾を出し、顔と剣を拭き始めた。


 エルミーはその様子にさらなる恐怖を覚えた。

 エクリードの霊子は落ち着いていた。

 畑仕事を終えたときと同じ、仕事をやりきったあとの休憩の如き様子で座っていた。


「残念ながら、生存者はいなかった。」

 胸が締め付けられる思いだった。さらわれた人達も皆、既に犠牲となっていたのだ。

「敵は、どうなったの……」

「生存者はいない。」

 エクリードは淡々とそれだけ言った。


 どれだけ敵がいたはわからない。

 しかし何人だろうが、普通ならば人を殺めれば暫くは興奮と緊張、後悔が続く。

 それがない。

 子供の頃から共に過ごしてきた兄同然の幼なじみが、まるで別人の様にエルミーの恐怖を掻き立てる。

「俺達みたいなのが魔界にいるとさ、」

 エクリードは普段と変わらぬ様子で話し始めた。

「騒ぐ奴らがいるんだ。やれ帝国の侵略だ、魔界の自由への冒涜だってな。善い事とか悪い事とか、そういうの関係無いんだ。ただちょっと魔界で活動しただけで、介入だ何だって大騒ぎして、魔界の連中かき集めて暴動みたいなことだってやってくる。

 魔界だけじゃない。他の国だってここぞとばかりに帝国叩きに走ってきやがる。俺達が活動していることを匂わせる様な事はしちゃいけないんだ。」

 エクリードが剣を拭き終えた。


「だから、俺達がいた痕跡は消さなくちゃならない。

 跡形も無く、何もかも。

 最初から俺たちなんていなかった。

 国家は魔界に介入なんてしていない。

 それが、『魔界不可侵の原則』」


 何故こんな浅瀬に内臓工場などと言う施設が出来るのか。

 国内の人間が買うからだ。

 国家は魔界の活動に介入してはならない。だが現実は魔界で行われる犯罪行為の大半は国内組織によるものだ。国家ぐるみで関わっている物すらあるとさえ言われている。

 国家は魔界の自由を尊重する。そんな綺麗事を信じる者は誰もいない。


 なにが魔界不可侵の原則だ!

 そんなものは嘘っぱちだ!

 国家共が平和のためと称して作り上げた虚構だ!


 秩序の失われた自由の大地、魔界。

 国家による脱法行為の受け皿。 

 無法である事を求められ続ける混沌の世界。

 世界平和と国家繁栄のために犠牲となることを運命付けられた、この世界に生まれた矛盾の中心点。


 その原則を守ることが必要なのではない。

 たとえ魔界の混沌を増長させたとしても魔界不可侵の原則という嘘を貫き通す。

 それがこの時代の魔界に生きる、彼ら国家騎士の本当の使命だ。


「報告はするな。これは俺一人でやったことだ。お前も忘れろ。」

 エクリードは立ち上がると、息を大きく吸いこみ、両手を前に突き出した。

「すまない、誰も助けられなかった。せめて安らかに眠れ…」

 建物に火がつき、瞬く間に建物全体が大きく燃え上がった。


 魔界の荒野に火が灯る。

 星々の輝きをも飲み込んで、炎は魔界の闇を照らす。

 命が燃えるその炎を、エルミーは目に焼き付けた。


(筆者注:後年、エクゼスナイツ及イングラス帝国軍統合総団長兼皇帝補佐役魔界方面政策全権大使としてエルミーは魔界の自治独立を維持したまま文化経済的地方分割を基にした魔界圏における法治国家の設立承認を各国と合意し、自由と秩序の両立を軸とした魔界の和平化実現を果たすこととなる。

 この日より30年後のことである。)

 


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