16.エルミーVSお人好しと魔界のしたたかな農家達
3/16までにアップした分の再編集版です。
最新話は3/23(日)朝6時アップ予定
畑仕事って最の高!
お日様から降り注ぐポカポカな陽気を浴びながら、土の柔らかさを裸足で感じて、草木や、水や、空気の匂いに包まれていると、自然の一員なんだって凄く感じる。
自分で育てたお野菜や果物の味は勿論格別。だけどそれよりもっと大切なことはたくさんの人に喜んでもらうこと!
体はクタクタ、お洋服は汗でビッチョビチョ。あー、これ、ちゃんとお洗濯しないと汗臭くなっちゃう。それでも良いの。こうやって土を耕し、種をまいて実る野菜を収穫する。そうすることで世の中の役に立ってるって実感できるんだってな感じでエクリードは理不尽な現実から逃げた。
「ねぇー、早く次の街に行こうよぅ。」
エルミーの声に応えずエクリードが鍬を振り上げる。フゥーと、深く息を吸い込むと、
「おりゃあ!」
一気に振り下ろす鍬!
さらに後退しながら超高速で振り上げては振り下ろし、土を掘り返していく。流石は世界最強クラスの騎士団に所属するエリートだ。凄まじい鍬さばきにより、ただの魔界の荒野があっという間に立派な畝へと変貌を遂げたではないか。
おおーと、観ていた農家から上がる歓声と拍手、惜しみない称賛。
「さっすが、剣士様は力が強ぇなあ。隣の土地も出来っかい?」
「お安い御用だ。」
二つ返事のエクリード。
「は?まだやる気?」
「ちょっと待ってろ。すぐ終わるから。」
そう言って再び繰り出される驚愕の鍬技。
「日が暮れる前に次の町に行こうって言ったのはエクルじゃん……」
小一時間ほどして畑仕事を終えたエクリードの表情は晴れやかそのもの。額に溜まる汗もまた尊い。
「あんがとな〜、ちょっと飯でも食っていかんかね?」
「え、本当!ヤッター!おばちゃんありが」
スッと手で制するエクリード。
「すまないが、先を急ぐ身でね。お気持ちだけありがたく頂くよ。」
「え、うそ、マジで言ってんの」
唖然とするエルミーを意に介さずエクリードは剣とコートを持って歩き出す。
とある山の山頂付近にある洞窟の前で、エルミーは眉間に皺を寄せて唸っていた。
「おーい、エルミー、何か分かったか?」
少し下の方からエクリードが声をかけてくる。その背中に背負った籠の中にはこの地方名産のキノコが山盛りだ。
「何にもないよー。さっきから言ってんじゃん……」
先日までここに地獄の穴があり、悪魔も出てきていたという。しかし今はただの小さな洞窟だし、変な霊子があるわけでもない。
「そうか、ちょっと俺は一回降りてキノコを置いてくる。もう一周するから、もうちょっと調べてみてくれ。」
「はぁ!?まだやる気?キノコ狩り?」
「むこうにたくさん生えてる所があったんだ。早く取らないと腐っちまう。地獄の穴の件は頼んだぞ。」
そう言って、ポーンとジャンプして山を降りていくエクリード。
小一時間ほどしてキノコを採り尽くして麓の地主の家へ。
「あんれまぁ、こげにたくさん取ってきてくれて、大変だったべ。」
エクリードが取ったキノコは五籠にも及ぶ。これは普段のキノコ狩り客達がシーズンを通して採る総量に匹敵するという。
量もさることながら、的確にキノコを見つけるその洞察力は流石、世界最強クラスの騎士団に所属するエリートといったところか。
「悪魔が出るっちゅうて、今年はだんれもきてくれねがったけんども、あんたたちがこげに取ってくれてよがったなぁ。」
エルミーは大量のキノコのなかから一際大きい物を一つ取り出した。エルミーの腕くらいの太さがある特大のマカイタケだ。
「これとか美味しそう〜!こんなの国内で食べたらウン十万だよ。」
「良がっだら食ってみっかい?」
「え、良いの!ヤッター!おばちゃんありが」
スッと手で 制するエクリード。
「悪いが先を急いでいる身でね。お気持ちだけありがたく頂くよ。」
「おいこいつマジか」
思わず声に出た。
「採れたてが一番うめぇから。食ってけよう。」
「ほら、おばちゃんもこう言ってくれてるし。こんな上物、滅多に食べられないよ。」
「高級なものならなおさらだ。俺達なんかに食べさせず、ちゃんと生活のために町で売ったほうが良い。魔界の人たちの生活に俺達が介入するべきじゃないんだ。」
「魔界不可侵の原則」という。詳細は省くが、国内の人間は魔界の土地を勝手に占領したり、経済活動を妨げたりしてはいけないというお約束なのである。(これはよくテストに出る)
とは言えバリバリに介入しているくせに、もしかしてこの一瞬で記憶を失ったのか?という若干の恐怖すら覚えるエルミーを意に介さず、エクリードは清々しい表情で歩き出す。
剣を構えるエクリード。
対峙するは魔界の魔物。
丸々と太った体はゴワゴワした体毛に覆われており、毛で覆われていない露出した顔の額には小さな角。口をモグモグと動かしながら、虚ろな瞳でエクリードを見つめている。
エクリードが踏み出す。魔物も気付き逃げようとする。が、遅い!
魔物が動き出す前にエクリードは一気に距離を詰め、駆け抜けざまに目にも止まらぬ速さで何度も魔物を切りつける。
そして魔物が動きを始めたときには、時すでに遅し。魔物の毛は全て刈られ、丸裸の皮膚が顕になった。
おおーと、歓声と拍手、そして惜しみない称賛。
巨大な剣を繊細に動かし、これほどの速さで傷一つつけずに羊の毛刈りを完遂するという芸当、世界最強クラスの国家騎士団に所属するエリートでなければ到底出来まい。
「ねぇー、呑気に毛刈りしてる場合じゃないでしょ。早くセイラン・トレディを追おうよ。」
「羊の毛刈りの人出が足りないっていうんだから、しょうがないだろ。早く終わるようにお前も手伝えよ。」
「魔界の人々の生活に介入しちゃいけないんじゃなかったの……」
エクリードにはエルミーの言葉は届かなかった様で、毛刈りを着実に遂行した。
丘の上の方には地獄の穴が見えた。
エルミーが近づいて見ていると、新たな羊魔物が出てきて、呑気に草を食べ始めた。
「たまに別の悪魔も出てくっから、気をつけろよー」
農夫が通りすがりにそう言った。地獄の穴から出てくる霊子が農夫の体にまとわりつき、消えていった。
ああ、そういうことか。
エクリードの毛刈りショーは続く。エルミーも他の農夫と一緒に、ボーっとその光景を眺めた。
「この毛は、町に売りに行くの?」
「んだ。町の人もいっぺー買ってくれるんだ。オラ達の売る毛で作る服はあったけーって、皆喜んでくれる。」
「町の人は優しい?」
「皆、優しい人ばっかよ。オラ達が町さ行っても、嫌な顔一つしねぇ。」
「そっか、魔界人も捨てたもんじゃないね。」
農夫はニカッと笑って応えた。
「あー疲れた。エクルが寄り道ばっかりするから、全然セイラン・トレディに会えないじゃん。」
魔界に来て三日、エルミーとエクリードはセイランの足跡を追うも、未だ目立った成果は得られていなかった。
今日いるこの町も本来ならばもっと早く来れたはずだが、畑やらキノコの山やら牧場やらで寄り道したせいで、結局夜中にようやくたどり着いたのである。
「まあそう言うなよ。魔界っていうところはさ、助け合いが大事なんだ。過酷な環境を共に生き抜いていくためにも、困っている人は助けるのが、魔界での生き方なんだよ。」
「助け合いって、都合よく使われているだけじゃん……
でも、魔界では魔族と人間もああやって共存しているんだね。それが分かっただけでも、ボクも良かったよ。」
「そうだな、魔族にも助け合いが……
なんだって?」
「だから魔族だよ。今日の牧場の人達。人間は口呼吸でしか霊子を吸収できないけど、あの人達は皮膚から吸収してた。魔族の特徴だよ。」
「お前、それを早く言えよ!」
エクリードが声を荒げて立ち上がった。
「どうする、今からでも戻るか……」
「ちょっと、どうする気?」
「討伐するんだよ。魔族を放ってはいけないだろう。」
「はあ?なんでさ?あの人達が何したっていうの?」
「何したとかじゃないんだよ。魔族を放っておいたら結局悪魔引き連れてやってきて町ごと滅ぼされたなんて話だってあるんだ。犠牲者が出る前に対処しなければ……」
「そんなのおかしいよ。魔族だから人間の脅威になるなんて、そんなの決めつけだ!」
「人間と魔族は昔から相容れないんだよ。お前もキケンタイを知ってるから分かるだろう。魔族どもはいつかキケンタイが復活するって信じて待ってやがるんだよ。
もし地獄の穴がまた開いて、キケンタイが復活するようなことがあれば、魔族どもはまた人間を襲うんだ。そうならないように少しでも魔族を減らすことだって、俺達エクゼスナイツの仕事だろう。」
「じゃあミューズも殺すの?」
明らかに狼狽えるエクリード。
「な、なんでミューズが出てくるんだよ……」
「わからない?自分の霊子変形で出した紅茶だけを飲んで生き続けられる人間なんていない。地獄門の霊子を吸って生きてる彼女は魔族の一員だ。
でも彼女は一度死んだボクを地獄門に連れ出してくれた。生きるために霊子の扱い方を教えてくれた命の恩人であり、かけがえのない親友だ。人間だとか魔族だとか、そんなの関係ないんだよ。」
エクリードは黙り込んだ。
「今日の人達だってそう。悪意も殺意もない。人間と一緒に生きていくことを選んだ魔界の住人だ。
ボクにはわかる。ボクは自分が見たものしか信じない。昔がどうとか、そんなのどうでも良い。関係無い。
今生きている人間は、今考えなきゃいけないんだ。大事なことは何で、何が正しいのか、自分で判断しなきゃいけないんだよ。」
「うーん……」
エクリードが唸る。
「何、まだ文句あんの。」
「いや、違う、そうじゃない。そうじゃないんだ。お前の言う通りだと思って。そうだよな、そこらの人間のチンピラよりも余程まともというか……」
エクリードは座って、ため息をついた。
「あの羊毛、暖かそうだったな……」
「帰るときにお土産に買っていこう。デン爺喜ぶよ。」




