15.エルミーVS魔界の寿司職人 魔界サワーをお供に
3/16までにアップした分の再編集版です。
最新話は3/23(日)朝6時アップ予定
「コーラを一つ。」
町の中に地獄の穴が開くという真昼の衝撃から3日ほど経ったこの日―
崩れた家を直す人々の憩いの場として大いに繁盛していた件の食堂でカウンターに立つ一人の男を店主は横目で見た。
一見魔界の剣士の様な装いだが、服の生地は高級で清潔感もあり手入が行き届いている。表情は穏やかでこちらの警戒を解こうという意思が感じられるが、背中に背負った大剣が目に入ると只者ではない事がわかって会話を楽しもうという気にならない。
こういう仕事をしているとわかる。国内の人間だ。
「魔界侵略の下調べかい?」
盛大にコーラを吹き出す男、エクリード。
「は、はは、親父さん人が悪いな。そんな冗談、やめてくれよ。」
明らかに動揺するエクリード。
「地獄の穴について聞きたいんだ。」
そんなエクリードの横でカウンター下からヒョッコリ顔を出すエルミー。店主はぎょっとしつつ、眉を潜めた。
見つめ合う二人。エルミーは店主の意思を感じとった。
「その、魔界サワーってやつを頂戴。あと河マグロの握り5貫ってやつ。」
壁に貼られたメニューを指差すエルミー。
表情は変わらぬも、店主から歓迎ムードの霊子が滲み出たことをエルミーは見逃さなかった。
「俺は酒なんて飲まないぞ。」
「ボクが飲むから。」
「はあ!?駄目に決まってるだろ!子供が酒なんて!」
「なんで?魔界には法律ないんでしょ?ピーフさんだって10歳から飲んでたって言ってたし。」
程なくして魔界サワーが置かれる。
エルミーが美味しー!と声を上げると店主はニヤリと笑いつつ、エクリードだけに聞こえるように「ノンアルコールだ。」と、ボソッと言った。
続いて河マグロのサクを職人の手つきで手早く切り分け、握っていく。
「地獄の穴が開いたらしいじゃん。何か変わったことはなかった?」
「変わったこと……ココじゃ喧嘩や殺し合いは日常茶飯事だからなあ……」
話しながらも手を止めぬ職人。あっという間に5貫を握り終えてお客さまへ提供する。これもウマい。エルミーは言葉が出ない。
「そうだ、セイラン・トレディだ。」
「え、セイラン?」
エクリードが少し上ずった声を上げる。
「そう、あの賞金稼ぎの。なんでこんな浅瀬に来たのか知らねぇが、ウチの客に喧嘩ふっかけてよ。やりあってる間に地獄の穴が開いたんだ。」
「その客って、どんな客だ?」
「女の子だよ。子どもだけど大した腕だった。」
「その子はどうした?」
「セイランが連れて行ったって話だぜ。あのアウトローがどういうつもりか知らねぇが……」
「なに、何の話してんの?」
エルミーが割り込んでくる。
「いや、あくまで地獄の穴の話で……って、おまえ!?」
エクリード驚愕。
エルミーは顔を真っ赤にし、座った目でエクリードを眺めていた。
「酔っ払ってんじゃねえかよ!」
店主を詰めるエクリード。青ざめる店主。
「誓って酒は入れてねぇ!いや、もしかして霊子酔いする子か?隠し味に入れてた悪魔の死骸の粉末がキマっちまったか……」
「そんな物騒なもん入れんなよ……」
エルミーはエクリードの服を掴んでくっついてくる。
「ほってらんかはいよ。ほれより、ほのへーらんれひろ、ひりはいはわへ」
呂律が回っておらず何を言ってるのか分からない。(正しくは、「酔ってなんかないよ。そのセイランって人、知り合いな訳」)
「らんかはくしてるでひょ!へんられいしでてう 。(なんか隠してるでしょ、変な霊子出てる)」
「やめろ!霊子を見るな!」
辛うじて霊子という単語だけ聞き取れたエクリードは頭の上をブンブンと手で払った。(体の周りの霊子を追い払うつもりらしいが、効果は無い。)
「もうやめろ。はい、終わり。」
エクリードがエルミーの手からグラスを取り上げようとしたら、
「ボクの酒が飲めないってかー!」
いきなりエルミーが叫び、エクリードの襟を片手で掴んで持ち上げた。
言ってることが支離滅裂で会話になっていない。いやそれより、このとき手を伸ばすエルミーによってエクリードの体は僅かだが宙に浮いていた。
こいつ、こんなに力強かったか!?
エルミーの手を解こうとするも、エクリードの力をもってしてもビクともしない。剣術や霊子を扱う技術については確かに鍛錬によって上達したとは思っていたが、体がここまで強くなっているハズは無い。
これも魔界のせいなのかよ!
「はんとかひーらはいよ、じゃないと……」
そこまで言った所でいきなりエルミーの腕の力が抜ける。そしてガクッと膝を突き床に倒れこんだ。
「おい、嬢ちゃん大丈夫か!?水飲め水!」
慌てる店主。
ザワつく客たち。
下手な喧嘩よりも余程騒然となる店内。
「頭痛いー……気持ち悪ぃー……」
宿が一室空いていて運が良かった。
顔を腕で覆い、時折えずきつつ荒く呼吸をしながらベッドに横たわるエルミーを見つめるエクリードの顔は死んでいた。
俺は一体、何をやらされているんだろう。
地獄の穴が開くという異変を解決する。
世界を平和にするための第一歩とも言うべき大事な大事な任務にあたり決意新たに高揚していたあの頃が、もう遠い昔のよう。
「げぇー、デン爺から通信だ。エクルお願い。」
エルミーが手をかざすと、手のひらサイズのデンエシンの映像が机の上に浮かんだ。
「首尾はどうじゃエルミー……エルミー!?どうしたんじゃ!?何かあったのか!」
「大きな声出さないで。何でもないから……」
「だからワシは反対したんじゃ、エルミーが魔界に行くなんて……」
デンエシンは傍らにいたエクリードを睨みつけた。
「エクリード!貴様!エルミーを危険な目に遭わすなと言っておいたのになんじゃこの体たらくは!恥を知れ!
もしエルミーに何かあったら二度と帝国の土を踏めると思うなよ!」
かつて大地の剣豪と称されその名を轟かせた元エクゼスナイツ副団長デンエシンによるド迫力の理不尽すぎる叱責を前にしてエクリードの心は一時的に失われた。
「で、何か進展はあったか?」
「セイラン・トレディって人が地獄の穴に関係しているらしい。とりあえずその人を追うよ。」
「そうかそうか、あいわかった。くれぐれも気をつけるんじゃぞ。あ、そうそう今日はミューズとエルミーの事を話しておったんじゃ。エルミーはお馬さんが好きだったじゃろう?だから」
「ごめんもう無理。」
いきなり消える曾孫馬鹿爺さん。
エルミーは激しくえずいた後、そのまま寝息を立てて寝た。
ベッド一つしか無い部屋の中で、椅子に座ったまま魔界最初の朝を迎えたエクリードの心は無であった。




