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13.エルミーVSエクリード

3/16までにアップした分の再編集版です。


最新話は3/23(日)朝6時アップ予定

 少しだけ時を遡りたい。


 ユリナとユーシャが出会って3日ほど経った日のことである。


 魔界の空にゴゴゴゴゴと、空気を切り裂く音が響く。町行く人々が空を見あげると、何やら巨大な鳥の様な物が凄まじい速さで飛んでいった。


「何だありゃあ!悪魔け〜?」

「か〜!これだから田舎もんは何んも知らんべな。ありゃあ帝国のプレーンちゅうやつだべ。ああいう空飛ぶ乗り物が、今は国内じゃあビュンビュン飛び回ってんだっぺよ〜」

「帝国ぅ?じゃあまた帝国の連中が攻めてくるんけ〜?」

「いやーありゃ飛んでるだけだべ。お隣の国にでも行くときに通ったんでねえか?」


 そんな町人の会話があったか無かったかはわからないが、この当時プレーンを運用しているのはイングラス帝国だけであり、帝国周辺はまだしも、浅瀬でも少し深めに入ると、まだプレーンの存在は一般的には知られていなかった。


 そんなプレーンに乗る一組の男女。

 まっ白いパンツスタイルの服を着こなす美しい長い髪の少女は、プレーンの操縦席で、真剣な表情で進行方向を見つめながらドーナツをほおばっている。

「シュレー!この辺で良い!町も無いから少し下げてくれ!」

 後ろにいた男は大声を張り上げる。機体の中も空気を切り裂く音が響いており、こうでもしないと聞こえないのだ。


 機体がガクンと下がり始めた。

 窓から下を見つめていた男は、高度が下がってくると徐ろにドアを開けた。

「よし、行ってくる。」

「うん、気をつけてね、エクル!」

 先端にいる少女、シュレーことシュレイアに声をかけ、エクルこと、エクリードは外へ飛び出した。


 大空に投げ出されるエクリード。凄まじい風を受けながら地面に向かって落下していく。

 思ったより速ぇな!

 想像以上の落下速度に若干不安になった。だがそれでも、エクリードは大きく息を吸い込み、近づいてくる地面に向けて両手を広げて突き出した。

「カッ!」

 エクリードが叫ぶと両掌から炎が飛び出した。炎は凄まじい勢いで進み地面に到達すると、今度はその勢いを持ってエクリードを押し返し始めた。

 徐々に減速していく。大分地面に近づいたころにはほとんど落下速度もなくなっており、エクリードは炎を止め、地面へと着地した。


 知り合いに勧められてこの着陸方法を取ったわけだが、思ったよりも速くて緊張した。とは言え、無事に魔界に着いた。一先ずは胸を撫で下ろす。


 改めて彼について紹介しよう。

 イングラス帝国皇帝親衛騎士団エグゼスナイツに所属する騎士であるエクリード。


 背はスラッと高くて体格も良い。

 黒ずくめのロングコートを身にまとい、手に装着したアームガードは指一つ一つも覆っており元の手の大きさの倍ほどもあるガントレットスタイルである。

 赤みがかった髪色は彼の手から放たれる炎を連想せずにはいられないが、一方で黙っていれば穏やかな表情の好青年。

 しかしそんなことよりも特筆すべきは彼自身ではなく彼の背中に括り付けられた大剣である。胴体と同じ程もありそうな刀身、彼の肩から地面にまで届きそうな長さの、豪快な片刃である。

 魔界の剣士は各々様々なスタイルの武器を使いこなすが、これほどの大きさの剣はなかなかお目にかかれ無い。鞘に収まりきらないので、刃のところだけ危なくないように保護されただけで、背中に剣のまま括り付けられている。

 どんなに彼が愛想を振りまこうとも、この剣を見て警戒しない者はいなかろう。


 そんな国家騎士である彼が何故魔界にいるのか?その謎はおいおいわかることであろうが、一つお伝えしなければならないことがある。この物語の主人公は彼ではない。


「ぶっつけ本番は流石に緊張感あったね。」

「ああ、だけど無事に着陸出来て良かっ……」


 エクリードは驚いて辺りを見回した。

 誰もいない。

 東西南北上下左右を見回しても魔界の荒野に彼一人。


 今の声は……

 今度はバタバタと自分のコートを叩き始めた。すると、右ポケットの中から「いてっ」という声がした。

 慌ててポケットの中を覗くと、何かがポーンと飛び出した。


 それは人だ。体長5センチ程度の小人。それがポケットから飛び出すと地面に着地した。

エクリードが唖然とする目の前で、小人はムクムクと大きくなり、一人の少女の姿になった。


「イェーイ!魔界潜入成功!」

 両手を上げて歓喜の雄たけびを上げる少女。

 小柄な、まだ子供と言う様な体格である。セミショートに揃えられた髪はエクリードと同じく赤みがかった色をしており、黒基調の服装も形は異なるがエクリードとお揃いだ。腰には細身の剣をぶら下げているが、アームガードは無し。


「エルミー!お前、どうやって!?」

「昨日からプレーンに隠れてたんだ。それで、エクル達が乗ってくる直前に小人化して、ポケットに潜んでいたってわけ。って……?」

 エクリードはエルミーの話も聞かずに手元で自動霊子変形の通信端末をいじっている。

「何してんの?」

「シュレーに迎えに来てもらう。お前は帰れ。」

「何でよ。折角はるばるここまで来たのに。」

「馬鹿野郎!遊びじゃないんだぞ!タダでさえ危険な任務に、お前みたいな子供連れていけるか!」

 エルミーの方を向かずに叱りつけるエクリード。


 しかし、アレ、これで良いんだっけ、クソッ、これだから、などとブツブツと呟いて、なかなか通信は始まりそうにないでいる。

「そうかい、わかったよ。確かにエクルの言う通り、ボクが浅はかだった。大人しく帰るよ。貸して、使い方教えてあげる。」

「おお、そうか、スマンな……」

 そう言いながらエクリードから端末を受け取るエルミー。なにやら端末を操作すると、

「駄目だ壊れてる。」

「何?」

「不具合だね。自動霊子変形機構がうまく動いてない。本国に戻って解析しないと直らないよ。」

「えぇ……そうなのか、じゃあどうしたら……」


 テンパるエクリードを横目にエルミーは左手を耳にあて、右掌を開いて前に突き出した。

 すると、目の前に杖をついた小柄な老人の姿が宙に浮かんで現れた。

「どうしたんじゃエルミー、オヤツの時間かえ?」

 老人の顔がすぐに青ざめる。

「んなっ!エクリード!?まさかエルミー、魔界におるのか!?」

「エクルの事が心配で一応ついてきたんだよ。予感は的中。通信端末が不調で使い物にならない。自動霊子変形装置はまだ信頼性が低いね。こういう大事な任務に投入できる代物じゃないよ。」

「そ、そうじゃったのか、ワシは機械の事はサッパリで……」

「本国に戻っている暇はない。ボクがこのまま通信技師としてエクルに帯同する。いいね?」

「いや、しかし、魔界は危ないから……」

「頼むよデン爺ちゃん。エクルだって15歳で魔界に来るだろう?ボクだって世の中を見てみたいんだ。いざとなったらエクルもいるしさ。」

「むぅ、そうか……わかった。許可しよう。」

「ヤッター!おじいちゃん大好き!」

 エルミーが言うと、デン爺と呼ばれた老人はヘラっと笑った。

「エクリード!くれぐれもエルミーを危険な目に合わせるなよ!」

「おい待て、おかしいだろ!」

「オッケー、以上通信終了!」

 エクリードの会話が始まらぬまま、老人の姿は消えた。


「よし!デン爺の許可も取り付けたし、これで文句ないよね。」

「あぁそうだな……ってなるかぁ!いくらなんでもやって良いことと悪いことがあるぞ!」

 怒りを露わにするエクリードに構わず、エルミーは辺りを見回した。


「これが魔界かー!」

 荒れ道と廃虚の跡が続く魔界の荒野。

 人も悪魔も姿は見えない。

 しかしエルミーの目には映る。

 魔界に漂う多種多様な霊子が織りなす神秘の輝き。


「すごい、城の中や、地獄門ともわけが違う。生きた霊子達の営みが世界を形作っているんだ。」

「おい、聞けよ……」

 エクリードはエルミーの肩が震えているのに気付いた。

「本当に、ボクが、今、生きて立っている。魔界に。夢みたいだ、信じられない……」

 震えるその最後の言葉はあまりにも小さく、風の音にかき消された。エクリードに背中を向けたまま、エルミーは服の袖で目元を拭った。


 とその時、エルミーの膝がガクリと折れる。慌てて駆け寄り支えるエクリード。

「大丈夫か?」

「平気、少し目眩しただけだから……」

 霊子酔いだ。霊幹が発達した人間が初めて大量の霊子を吸い込むと、五感が鋭敏になりすぎて脳の処理が追いつかなくなるのだ。

 エルミーの霊幹は明らかに特殊だ。魔界の霊子に晒されたら、一体どうなってしまうのか……


 本当に大丈夫なのかよ……

 来て早々これでは先が思いやられる。とは言え、彼女が魔界を夢見る気持ちは子供の頃から飽きるほど聞かされてきた。


 エクリードは深くため息をついた。

「任務の邪魔はするなよ。あと勝手な行動は取るな。俺の言うことに従え。」

 エルミーが目を見開いた。その顔には満面の笑みが浮かんでいた。

「ありがとう!エクル兄ちゃん!」

 いかにもなあざとさにイラッともしたが、妹分に言われてまんざらではなかった。


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